042 聖人の子
映像が白くなった。これで終わりかな?と思ったら再び何かが見えてくる。
今度の部屋は寝室のようだ。大きなベッドが部屋の中央に鎮座し、周りには僅かながら家具が見える。
ベッドの横には抱き合う女男。2人とも、白いガウンを羽織っている。
男は、短い黒髪で身長はボクと同じか少し低い程度。平均的なウェリス人の男。
それに対して牝は、男よりも少し背が高く、肩にかかる髪はやや茶色味がかった赤毛。ガウンを着ているので判りにくいけれど、身体も細身に見える。見かけだけでもウェリス人の女とはまったく違う。
そして何より、ガウンを少し捲って出ている触手が、ウェリス人との明確な違いとなっている。体格は小柄な女もいないわけじゃないし、髪や肌も染めたとか化粧でと言い張れば、ウェリス人と言えなくもない。でも、本人の意思で自由に蠢く触手だけは、言い繕いのしようがない。
抱き合った2人は唇を重ね、貪り合っている。触手は牝のガウンの下から伸びて、男のガウンの内側へと下から潜り込み、見える部分はウネウネと蠢いている。
しばらくベッド傍で抱き合っていた2人は、
やがてゆっくりと身体を離し、ガウンを脱ぎ捨ててベッドに上がった。2人は激しく身体を重ね、男は歓喜の表情で何度も達した。
映像から女男が消えて、再びスカーレットが映し出された。
『見てもらったように、エタニア人とウェリス人との性行為はウェリス人同士のそれよりも遥かに大きい快楽を齎すのじゃ。
エタニア人とウェリス人が滅ぶといっても、数世代は先になろう。それを実感できないのはもっともじゃ。
しかし、エタニア人との性行為は、ここソーセスに来れば確実に体験できることじゃ。まずは目先の快楽のため、それと思う者はソーセスに集え。妾らは、ソーセスでウェリス人を待っておる』
淫獣の姿だけを見せられたら、アレとの性行為なんて御免だ、という女がほとんどだろう。でも、この映像を見せられたら、興味を示す女もそれなりの数は出てくる気がする。
これで終わりかと思ったら、映像の中のスカーレットが再び口を開いた。
『さて、妾らがウェリス大陸に来た目的の1つは、エタニア人とウェリス人の交配、ひいては雌雄の入れ替えによる、両人種の存続じゃ。
それとは別にもう1つ、目的がある。いや、妾らの未来とも関係するから、完全に別とは言えぬがの。
もう1つの目的、それはウェリス人の聖人と妾との婚姻じゃ』
ふぇっ!?
ボクは映像を注視する。スカーレットの姿が小さくなり、空いたスペースにボクの顔と全身像が映し出された。ご丁寧に、名前や身長、身体の特徴の注釈まで入っている。
『エタニア人の牡は、牝やウェリス人に比べて知能が低いからの、ウェリス人の女と新しい社会を作ったとて、女が主導すればさしたる混乱は起こるまい。今でもウェリス人の社会は女が主導権を握っておると聞き及ぶ。ならば男がエタニア人の牡と代わったところで、今までとそう変わらない社会を築くことは難しくなかろう。
しかし、エタニア人の牝とウェリス人の男の社会は、似たような知能レベルであるし、体力差もウェリス人同士より小さくなるからの、色々と軋轢も生まれよう。牝が主導するにしても、今まで以上に男にも社会参加をしてもらわねばならん。
そこで、エタニア人の象徴たる聖女と、ウェリス人の象徴たる聖人、この2人の間にもうけた御子であれば、新しい人類の歴史の新しい象徴となり、人々を上手く治めていくこともできよう。
ついては、聖人たるセリエスには、然るべく速やかにソーセスへ迎え入れ、妾との婚姻を結ぼうと考えておる。しかし、現在のところ、聖人セリエスの行方は判っておらん。これについては、ウェリス人の皆からの情報提供を求めたいのじゃ。よろしく頼む。
セリエスよ、これを見ていたら、すぐにもソーセスを、妾の元を訪れて欲しい。人類の未来を明るいものにするためには、其方の力が必要なのじゃ』
スカーレットの姿が消え、今度こそ映像は終わった。
「この映像の扱いについてだが」司令が話し始めた。「ソーセス都市圏については一先ず秘匿する。現状、ソーセス都市圏に関しては我々が通信網を握っているので、秘匿は難しくない。しかし、他の都市にすでに広まっているので、秘匿も限界がある。エスタやソウトの都市圏との流通を妨げるわけにはいかないからな。
しかし、放っておくわけにもいかない。ソーセスが敵対勢力に占拠されたことはすでに全都市に通達しているが、今の放送を見てその気になった市民がソーセスを目指さないとも限らない。
エタニア人の女、牝か、あれはまだしも、淫獣との共存は不可能だ。それを考えれば、ソーセスへの流入は防がねばならん」
淫獣とは共存できない。何しろ、淫獣は男を見れば本能的に弑しにかかってくるし、男も淫獣を見ると、抑えようのない敵意が湧いてくる。女と淫獣、男とエタニア人の牝、それにウェリス人の女とエタニア人の牝なら、共存は可能かも知れないけれど、男と淫獣はどうしても共存できない。
もっとも、男が淫獣に敵意を覚えるというのは、サンプルがボク1人だけれど。淫獣の方は何体もサンプルがあるし、スカーレットも今の映像の中で述べていたから、それだけでも共存は無理だ。
「そこでセリエスに質問なのだが、聖人はエタニア人となら子を成すことができると思うか?」
司令の質問に、ハイダ様が目をピクッと反応させた。
聖人は、絶倫でありながら子を成すことができない、とされている。それは、過去の記録に聖人の子の記述が皆無であることからの類推だけど。それでも、確度は高いと思う。
けれど、さっきの映像でスカーレットは、聖人、つまりボクとの子を作る意思を示した。だからこその疑問だろう。
「正直、判りません」ボクは正直に答えた。「向こうでも、何人もの女……牝とヤらされましたが、妊娠したという話は一度もありませんでしたし。それほど長い期間でなかったので、たまたま運が悪かっただけ、かも知れませんけど。ただ……」
ボクは言葉を切った。直感でしかないものを言うべきかどうか迷って。でも、結局は言うことにした。情報は多い方がいいだろうし。
「さっきの聖女、スカーレットとヤらされそうになった時、ヤバいっ、って予感がしました。ヤってしまったら、一発で孕ませてしまいそうな、そんな予感です。根拠も何もないんですけど。
聖女に犯される直前で、ハイダ様が助けに来てくれたので、本当に孕ませられるかどうかは判りません」
「……ヘルミナ、どう思う?」
司令はヘルミナさんに意見を求めた。
「そうですね。セリエスが、ほかのエタニア人牝とのセックスでは何も感じることはなかったのに、聖女の時だけそう感じたのならば、妊娠させる可能性はありそうです。あるいは、聖女も淫獣相手では妊娠することなく、聖人とだけ妊娠できるような機構が遺伝子に組み込まれているのかも知れません。データが少なすぎて、確実なことは言えませんが」
聖人も聖女も、普通の女や牡が相手では子を作れないけれど、聖人と聖女同士なら子を作れる可能性、か。あるかも知れない。けれどそうなると、ウェリス人とエタニア人の雌雄が入れ替わっている可能性が高くなるのかな?
「あの」
ボクはおずおずと手を上げた。司令に促されて、ヘルミナさんに質問する。
「聖女との間に子を成せるなら、それを目の前にして、ボクはどうして危機感を持ったんでしょう? 喜びなら解るんですけど」
ハイダ様は以前、ボクとの間に子ができなくても気にしない、と言ってくれたけれど、ボクは多分、無意識の内に気にしている。子供ができるなら、返って喜びそうな気がする。
「推測しかできないけれど、理由はいくつか考えられるわね。主姐との間に子を成せないのに別人との間に子を作ることの罪悪感、もっと単純に愛してもいない相手と子を成すことの忌避感、彼女の姿に対する嫌悪感」
ヘルミナさんは、指折り推測を上げていった。
「嫌悪感はなかったと思いますけど……」
触手は、初めこそちょっと気味が悪かったけど、スカーレットに襲われそうになるまでに何度もほかの牝とヤらされまくって慣れていたし。1本が2本になったくらいでは、受ける感覚がそう変わるとも思えない。
「そう? 心の内は、自分でもなかなか解らないものよ。それは置くとして、ほかの可能性としては、聖人の能力で種の危機を感じ取った可能性もあるわね」
「種の危機?」
「ええ。ウェリス人とエタニア人の雌雄が入れ替わっている、という聖女の主張は、彼女の言葉だけで根拠は何もないわ。一応、女男の出生率の変化を根拠に上げていたけれど、寿命の変化や栄養バランスの変化で出生率が変わっている可能性も否定できない。と言うより、そう考えた方が自然よ。
そして彼女の主張が誤りだと仮定すると、ウェリス人に聖女の血が混じることによって、例えばウェリス人が不能になってしまう、それを感じてセリエスは悪い予感を感じた、とか」
そんなことがあるのかな? 種族の危機を感じ取った、なんて。
「確かなことは判らないが、聖人は聖女との間に子を成せる、その結果は我々ウェリス人にとってマイナスになる、と想定した上で今後の行動を検討することとする」
司令が重々しく宣言した。つまりは、最悪を想定して今後の行動を決める、ということだね。




