041 聖女の親征
淫獣、いや、エタニア人たちの次のアクションは思いの外、早かった。というか、ボクたちウェリス人に対してこんなアクションを取ってくるとは思わなかったよ。
ボクがそれを聞いたのは、基地に帰ってから翌々日のこと。そろそろ夕御飯の支度をしないとな、と思っている頃に、セルフブレスに通知があった。呼び出し元は、個人ではなく基地司令部。すぐに来て欲しい、迎えを待つように、ハイダ様にも連絡はしてある、と言われて、ボクは外出の支度をした。
支度が終わる前に玄関のチャイムが鳴ったので、ジャケットに袖を通しながら玄関に出ると、迎えに来たのはボリーさんとカルボネさんの二人だった。
挨拶もそこそこに、彼女たちに連れられて行ったのは、基地の中でも一番大きい建物。入口でセルフブレスの提示を求められて中に入り、廊下を何度も曲がり、辿り着いたドアでも確認を求められて入ったのは、会議室らしい部屋。
「セリエス。久し振りね。こっちに座って」
最初にボクに声を掛けたのは、ヘルミナさんだった。良かった、彼女もソーセスを脱出できたんだ。
彼女に言われるまま、ボクは椅子に座った。ボリーさんとカルボネさんもボクの右側の席に座る。
他には、軍司令と参謀長と、何人かの軍人。副司令はいないけど、逃げ出せなかったのか、別の仕事があるのか、ここにはいないのか。そういえば、ハイダ様もいない。この会議には出席しないのかな。
そう思っていたら、ドアが開いてもう1人入って来た。ハイダ様だ。ハイダ様はボクの姿を認めて視線で頷くと、空いている席に座った。
「揃ったな」司令が徐に話し始めた。「これからこの部屋で見聞きした情報については、当面の間、口外無用だ。いつかは知られざるを得ないが、しばらくはソーセス都市圏の市民には隠しておく」
司令は言葉を切って、居並ぶ人たちを見渡した。誰も何も言わない。
ボクが聞いちゃっていい内容なのかな?と思ったけど、聞いて駄目なら最初から呼ばれないだろうと考えて、余計な口を挟まない。
「集まってもらったのは、本日ソーセス時間で17:〇〇からおよそ2時間に渡り、ソーセスを除く7つすべての都市とその都市圏で放送電波がインターセプトされ、これから見せる映像が流れた。これについて意見を聞きたい」
「質問」
ハイダ様が発言を求めた。司令の許可を得て、口を開く。
「全都市の放送電波のインターセプトなど俄かには信じられないのですが、事実ですか? もう一つ、それが事実ならソーセス都市圏はなぜ乗っ取られなかったのでしょう?」
「先にそれを説明するか」
ハイダ様の質問に、司令は参謀長に視線を送った。参謀長は頷いて、説明を始めた。
「各都市には、緊急時に全市民に一斉通報するためのシステムがある。それは各都市圏の街や集落にも及ぶ。今回の放送乗っ取りは、このシステムに介入したものと思われる。受信したソーセスからの電波を、各都市で乗っ取った緊急通報システムに乗せたと推測される。
ソーセスは、淫獣に襲われた時に市民に避難指示を出した後、そのシステムを破壊した。だからソーセスの都市圏には流れていない。ソーセス内と、それにフロンテスでは放送されていると報告があったが、それ以外、ソーセス圏内の街や集落には流れていない」
ソーセスやフロンテスからの報告というのは、この前ハイダ様も言っていた諜報員からの報告なんだろうな。
そういえば、今はソーセスとの通信は途絶しているはずだけど、どうやって連絡をやり取りしているのかな? まあ、軍専用の秘密の通信方法が色々とあるんだろう。
「それはつまり、ソーセスだけでなく他の7つの都市にもエタニア人の間諜が入り込んでいる、そういうことですか」
「彼女らの最大の目的を考えれば、潜り込んだのがソーセスだけとは考えにくい。当然だろう」
ハイダ様の疑問には司令が答えた。
彼女たち……エタニア人がウェリス大陸に諜報員を送り込む最大の目的。それはどう考えても、ボク、聖人だよね。そして一度は成功した。ハイダ様のお陰で、無事に帰って来られたのは何よりだった。ボク一人じゃ、逃げ出すこともできなかった。
「確かに、そうですね」
「ただ、人数はそう多くないと思われる。ソーセスに侵入していたのが、推測ではあるが20~30人程度、他の都市に侵入している数もそう変わらないと思われる」
いつから都市に入り込んでいるのかは判らないけど、随分と少ない気はする。でも、諜報員として忍び込むには触手を切り落とす必要がある。それだけの覚悟を持つのは難しいのかも知れない。
「疑問は他にもあるだろうが、いったん放映された映像を見てもらおう」
司令が合図すると、隣の兵士が頷いて手元のパネルを操作した。兵士じゃなくて、秘書官とかかな? ボクにはあまり関係ないけど。
テーブルの中央に、立体映像が浮かび上がる。
(あ)
ボクは零れそうになる声を呑み込んだ。映し出されたのは、深紅の長い髪を背中に流した、細身の美女。聖女と呼ばれていた女、スカーレットだ。エタニア大陸で見たのとは違う、白いローブのような服に身を包み、向こうでも見た長い杖を右手に持っている。
彼女はエタニア人にとって重要人物のはずだけど、いきなりウェリス大陸に乗り込んで来たんだろうか。それとも、記録した映像だけ持ってきたか中継でもしたんだろうか。いや、あの服装は実際にこっちに来ているんだろう。エタニア人のやたら涼しそうな服は、あっちの気候に合わせたものだろうし。
『ウィリス大陸の民よ』映像の中で、スカーレットが話し始めた。『妾はスカーレット、エタニア人の聖女じゃ。現在、其方らがソーセスと呼ぶ都市を拠点にしておる。
妾らがエタニア大陸から来たのは、妾らエタニア人と、其方らウェリス人の未来のためじゃ。ウェリス大陸では知っている者も少ないようであるから、そこから説明しよう』
そうして始まったスカーレットの演説は、誘拐されていた時にボクが聞いたものと同じだった。
『エタニア人は、ウェリス人と同じように牝と牡の2性から成る。しかし、その姿はウェリス人とは異なっておる。牝はあまり違いは無いように見えるかも知れんが、この通り、臀部から尾が生えておる。妾は聖女ゆえ、この通り2本あるがの、一般的な牝は1本じゃ。
そして牡は、ウェリス人が“淫獣”と呼ぶ生物じゃ』
映像の中でスカーレットの姿が隅に小さくなり、中央にエタニア人の女──牝──と、淫獣──牡──が映し出される。
『このように姿こそ異なっておるが、エタニア人もウェリス人と同じく、まごうことなき人間じゃ。その証拠に、エタニア人とウェリス人とでも問題なく子を成せる。
ウェリス人にとってエタニア人、特に牡の姿は忌避されるものらしいがの、牡との性行為はこの上ない快楽を齎すのじゃ。牡は16本の触手を持っておるからの、統制の取れた16本のペニスに責められる様を想像してみよ。得も言われぬ快楽を得られるのじゃ』
これを見た何万人もの女たちの生唾が聞こえた気がした。
『牝との性行為も然りじゃ。妾らには先も言った通り、尾が生えておる。これで前立腺を刺激されながらの性行為、互いに互いを責め立てる、まさに互いが一体化するようなまぐわい、最高と思わんかの?』
今度は男たちの生唾を幻聴した。
『前置きが長くなったの。妾らエタニア人と、ウェリス人の未来の話じゃったの。
近年、ウェリス人の牡……男の出生率が低下していることが問題となっておろう。その問題がどの程度周知されておるかまでは把握しておらんがの、2〜3世代後には退っ引きならない問題として広まっておるはずじゃ。
そして、妾らエタニア人も同じ問題に直面しておる。エタニア人の牝の出生率が低下しておるのじゃ。
何故このような問題が起きておるのか。調査の結果、エタニア人とウェリス人が入れ替わっておる事実が判明したのじゃ。つまり、本来ならエタニア人の牝とウェリス人の男が、エタニア人の牡とウェリス人の女が、それぞれ1つの種として生きることが、正しい姿なのじゃ』
ボクが聞くのは2度目だけど、これは本当に正しいのだろうか? そもそも、どうして逆になったのかは、以前も今も、スカーレットは語っていない。これから話すのかな?
『ここまで話せば妾らの目的も理解できよう。その通り、歪んだ人間の組み合わせを入れ替えることが目的じゃ。
しかし、いきなり元に戻そうと言っても、其方らも受け入れ難いじゃろう。
そこで、妾らが手にしたこの都市、ソーセスをそのモデルケースとするのじゃ。ソーセスに来れば、女たちは牡と、男たちは牝と、極上の性行為を体験できよう。
ただ、エタニア人の牡はウェリス人の男と相性が悪くての、ウェリス人の男がソーセスを訪れる時にはルートを制限させてもらおう。具体的にはここじゃ』
映像に、ソーセスとその都市圏の地図が映る。ソーセスの南と北東に、男用の経路を用意するみたいだ。
『正しい人間関係を取り戻し、エタニア人、ウェリス人双方の未来を守る意思を持つ者たちよ。ソーセスに集え。妾らは、ウェリス人が正しく判断することを信じておる。
さて、妾らの目的はもう1つあるのじゃが、その前に、これまでの言葉だけではエタニア人との性行為が至高の快楽であると信じられない者もおろう。もう1つの目的を話す前に、これを見てもらおう』
スカーレットの姿が消え、代わりにどこかの家のリビングルームらしき室内に変わった。
そこへのっそりと現れる1体の淫獣。
そして、全裸の女が現れる。白い肌や逞しく大柄な体躯、逞しい筋肉、淡いクリーム色の髪、どれもウェリス人の女のものだ。肌や髪の色は誤魔化せても、筋骨隆々でありながら豊満な胸という体形を真似ることはできないだろう。もちろん、触手も生えていない。
映像の中で、女と淫獣が交わる。無数の触手に絡め取られ、女はこの上なく幸せそうに悦びの声を上げた。




