040 緊急帰還
連絡を受けたハイダ様は、説明もそこそこに、すぐにボクを連れて帰途に就いた。あまりにも急なことに、アルクスたちも気落ちしていたけど、それも仕方がない。今後の予定も有耶無耶になってしまったので、また考え直さないといけない。
「すまんな」
疾走するヴィークルのハンドルを握ったまま、ハイダ様はボクに言った。
「気にしないでください。でも、何があったんですか? 『侵攻』と言ってましたけど。また淫獣が?」
アルクスたちには『政府から発表があるまでは黙っていろ』と“侵攻”について口止めしていたけど、ボクだけなら話してくれるんじゃないかな、と聞いてみる。
「いや、違う。いや、ある意味ではそうかもな。少し前に、セレスタ地峡から大量の車輛がウェスタ大陸に入ったらしい。それを守るように、淫獣も一緒だ。車輛の数はおよそ2000、淫獣は1000だというから、先日の大群に比べれば大したことはない。しかし……」
「今度は淫獣だけでなく、エタニア人も参加している、ってことですね。むしろ、エタニア人の方が主力ですね」
「だろうな。武力の面では淫獣が主力だろうが、統治のためにあの女たちが来たんだろう」
統治か。確かに、淫獣じゃ人間の都市を治めることはできないだろうし。何より、言葉が通じない。……ん?
「今、ソーセスやフロンテスって、どうなっているか判ります?」
周辺を淫獣が徘徊していて都市への出入りができないことは、ボリーさんからも聞いたけど、都市の中はどうなっているんだろう? 軍も情報を持っていないだろうか?
「潜入している諜報員からの情報では、ソーセスもフロンテスも、残った政府や軍の関係者は捕らえられ、少数の女たちが都市をまとめているようだ。モレノのような、エタニア人のスパイだろうな。尤も、それだけで都市を動かすのは不可能だからな。政府関係者の何人かは籠絡されて、協力しているようだ」
ハイダ様は苦々し気に言った。
「あの、男はどうなっているんです?」
淫獣は、男を見たら本能的に息の根を止めに来る。そして男には淫獣に抗うような力はない。
「男は都市の中心寄りに集められているようだ。淫獣は都市郊外にいて、基本的に都市部には入らないらしい。男と淫獣の接触を避けているようだな」
誘拐されていた時に聖女スカーレットから聞いた話では、男と淫獣を入れ替えての種の保存が目的のようだから、男はなるべく生かしておきたいんだろうな。
あれ? ってことは。
「エタニア人の目的は、ウェリス大陸の都市の乗っ取り、でしょうか?」
そもそも、ボクを誘拐して聖女との仔を作って、そのあとはどうする計画だったんだろう?
「さあな。その辺は戦略分析班に任せるさ。私は淫獣をぶちのめすだけだ」
うん、そうだよね。莫迦の考え休むに似たり、って言うし、専門外のことに頭を悩ませるのは時間の無駄にしかならないから、やめよう。
ハイダ様の操縦で、ヴィークルは荒野の道を疾走する。
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基地に帰り着いた時には、まだ陽は高かった。行くときは12時間くらいかけた道のりを、7時間程度で走り抜けたことになる。事故に遭わなくて良かった。
ハイダ様はボクを宿舎に送り届けると、すぐにどこかに出掛けて行った。今後の対策を話し合う……のか、それとも命令を受けるんだろう。
しばらく手持ち無沙汰にしていたら、セルフブレスで呼び出された。相手は、ボクがソーセスで勤めていた研究所の副所長。彼女も無事にソーセスを脱出できたようだ。
すぐに来て欲しい、ということで、ボクはハイダ様にメッセージを送ってから宿舎を出た。セルフブレスで表示した地図を頼りに、呼び出された場所に向かう。
着いた場所は、研究施設だった。都市にあったような独立した建物ではなくて、軍施設の建物の一角が割り当てられているだけだけど。
それなりに整えられた研究室を割り当ててもらったボクは、ソーセスに住んでいた時と同じように、淫獣の生態研究を行うことを求められた。生体研究していた同僚は何人かいるけど、生態研究をしていたのはボク1人だったから、滞っているらしい。ボクも、大した成果は挙げられてなかったけど。
しかし今は、ソーセス周辺の淫獣に地上から近付いて撮影した映像や、ドローンで空撮した映像があるので、少しは研究の進展に期待を持てる。
元々やっていた仕事だし、潜伏中にもそうできないかな、と思っていたことなので、ボクとしても望むところ。
ボクは、椅子に座ると、机に備え付けられた端末で淫獣の映像を呼び出した。
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夜。ボクは全裸でハイダ様と一緒にベッドにいた。
「アルクスたちに悪い気がします。本当なら今夜も3人がハイダ様と寝るはずだったのに」
ボクはハイダ様の豊かな乳房に手を這わせながら言った。予定では、帰って来るのは明日の夜のはずだったから。
「緊急事態だからな。明日からは私も巡回に出る。1日置きには帰れるはずだが、状況如何でどうなるかわからない」
「大丈夫です。ボクもやることができましたから」
「悪いな。本当なら明後日からのはずだったのに」
「それはハイダ様も同じじゃないですか」
「そうだな。いつ状況が変わるかも判らない。今夜はじっくりとヤろう」
「はいっ」
20回くらい膣内射精をして、ハイダ様とボクはようやく満足した。ベッドに起き上がって、冷たい水で水分を補給しながら火照った肉体を冷ます。
「セリエスは、淫獣の生態研究を再開したんだな。何か判ったか? いや、今日の今日じゃ無理か」
ハイダ様は身体の汗を拭き取りながら言った。
「まだ調べ始めたばかりですからね。でも、気付いたことはありました」
「本当か? さすがは専門家だな」
ハイダ様の言葉に、思わず頬が緩む。でも、大したことじゃないんだけどね。
「明日か明後日には最初の報告を出すつもりですけど、淫獣はしっかりと統率されているみたいですね」
「それは、当然なんじゃないか? 曲がりなりにも、ソーセスを陥とし占拠しようという意思の元に動いているわけだから」
ハイダ様が苦々し気に言った。
「それはそうなんですけど、何て言えばいいかな。えっと、エタニア大陸で見た淫獣は、それぞれの個体がみんな好き勝手に生活しているように見えたんです。集団行動なんて皆無って感じで。
でも、ウェリス大陸に居座っている淫獣は、数体どころか全体がまとまって、群体として行動しているように見えるんですよね。それこそ、フロンテスからソーセスまで、すべての淫獣が。淫獣の知能は人間の10歳から12歳程度と言われてますけど、それくらいの子供10万人以上を完全に統率なんてできるのかなって」
「なるほどな。軍事行動ではなく淫獣の生態、本能に則った行動の可能性か。しかし、どうしてエタニア大陸にいた時と行動が変わったんだ?」
「それは、これからの研究課題の1つですよ。それに、群体として行動しているなら、個体間に何かしらの連絡手段があるはずなんですよね。それがないと、纏まった行動は不可能ですし」
「それこそ、不可能じゃないのか? フロンテスからソーセスまで、何万平方キロもあるんだ。その全体で連絡を取り合うなんて、通信機でも使わないと無理じゃないのか?」
「えっと、生物が群体のように行動するのに、全体で通信する必要はないんです。そもそも、自分以外の全個体と通信してたら、すぐにキャパオーバーになっちゃうし」
「通信帯域も有限だから、まあそうだな」
「それで、群体のように行動するには近くの数個体とだけ、交信できれば事足ります。それと、その群体の目的を知っていればいい。それだけで、外から見たら群体のように活動できるんです」
「そういうものか?」
ハイダ様は首を傾げた。知らないと、解りにくいだろうな。
「例えば極端な話、人間の身体も細胞の群体と言えるわけです。でも、足の先の細胞が頭の細胞と通信しているわけじゃないですよね。それぞれの細胞が、遺伝子という人間の身体の設計図を持っていて、なおかつ隣接する細胞と連絡を取り合うことで、人間の肉体を構成して保っているわけです」
「ふうむ。なるほど」
ハイダ様は自分の手を見て、掌を握ったり広げたりした。
「話を淫獣に戻すと、ウェリス大陸に来た淫獣は数体が集まって小集団を作って、その上でほかの小集団と連携して、全体として纏まっているように見えるんですよね。小集団の中なら連絡手段はどうとでもなるけど、隣接する小集団との連絡手段がわからないんですよね。まあ、調べ始めたばかりだからこれからだし、生体班とも共同研究になるかも知れませんけど」
「確かに、巡回で遭遇する淫獣は2~3体から5~6体程度だな。それ以上になることは滅多にない」
「そこに何か淫獣の、なのかエタニア人のなのかは判りませんけど、何かしらの機能があると思うんですよね。まあ、これから調べていきます。
それより、そろそろ次、いいですか?」
「なんだ、いつもより積極的じゃないか?」
「昨日のハイダ様とみんなの行為を見てたら、滾っちゃって……」
「仕方のない奴だな。朝までは無理だからな、さっさと始めよう」
「はいっ」
ボクはハイダ様に飛びかかるように抱きついた。ハイダ様は笑みを浮かべたまま、ボクに押し倒されてくれた。




