038 主姐との再会
林業を主産業としているこの街に腰を落ち着けてから、間も無く1ヶ月が経とうとしている。ボリーさん、カルボネさん、ニトラさんの三人は、相変わらず交代で、日雇い労働と情報収集とボクの護衛をしている。
ボクはといえば家事をする以外には特にやることもなく、かといって何もしないのも手持ち無沙汰なので、護衛をしてくれている女と一緒に外に出て、林で昆虫の生態調査をしたりした。
こういうところは、研究者としての気質が出ちゃうのかな。昆虫は専門ではないんだけど、ついつい生物の生態を調べたくなっちゃうの。
専門といえば、今なら淫獣の生態も調べやすいかも知れない。エタニア大陸まで調査に行くのは無謀だけど、今なら目と鼻の先、ソーセス周辺を我が物顔でのし歩いているらしいから。
そうは言っても、淫獣に直接触れられるようなところまでは近付きたくはない。アレは男の敵だ。ボクの本能がそう訴えている。きっと淫獣の方でもそう思っているだろうけど。
だから、淫獣の生態調査といっても直接出向くのではなく、ドローンを使って遠隔から調べられないかと考えている。今は無理だけど、ハイダ様と合流できたら、軍にそれをお願いして見ようかな。いや、すでにそういう情報収集はしているかな。目的は違うとしても。
ほかにボクがこの街でやったことといえば、重傷者の治療。最初にクマを相手に男たちを守って怪我した女と合わせて2人だけだけど。
重傷者なんてそうそう出ることはないんだけど、稀にはある。ボクがここで治療した2人目の女は、崩れた丸太に足を潰されて、普通なら切断しなければならないような重傷だった。
さすがにこれは無理じゃない?と思ったんだけど、ボクの精液を呑ませ、精液を足にぶっかけてからの膣内射精10回で、綺麗に治った。本当、聖人の脳力って限界がないね。いや、疾病には効かないとか古傷は時間がかかるとか男は癒せないとか、色々な限界はあるんだけど。
そんな日々を送るボクの元に、ある日、朗報が齎された。
「それじゃ、基地は完成したんですね?」
「まだ建設は続いていますが、軍事施設としての機能は整い、すでに稼働しています。前線に配備されていたエクスペルアーマー部隊も、基地の整備工場で交代での整備が始まっています」
「じゃ、ハイダ様に会えるんですねっ」
この日、情報収集に出ていたボリーさんからの報告に、ボクの心は踊った。
「慌てないでください。すぐに移動というわけにはいきませんから」
「え? でも、基地が出来たら、そこに保護してもらうんですよね?」
「はい、そうですが、速やかに入るためにも準備が必要ですから」
いきなりボクたち4人が押し掛けても、不審者扱いされて揉めるのがオチだ、と3人は口を揃えた。軍人のボリーさんたちがセルフブレスで本人の証明をすれば問題ないんじゃないの?と思ったけど、3人が諜報部隊という特殊な部隊に所属していることが、事をややこしくしている。
諜報部隊の軍人は、軍人登録されていないらしい。厳密にいうと登録されているんだけど、それにアクセスできる人間が限られているんだそう。だから、基地を警備している守衛に身分を示したところで、門前払いを喰らうのならいい方で、悪ければ数日間は拘留される可能性があるらしい。
「ですので、まずは私たちが基地とコンタクトを取り、渡りを付けます。その後、ここを引き払い、全員で基地に入ります」
「どれくらいかかります?」
目の前に餌をぶら下げられて、また1ヶ月とか待たされたら嫌だなぁ、と思いつつボクは聞いた。
「数日、一週間はかからないでしょう。もうしばらくの辛抱ですよ」
「はいっ」
ボリーさんの言葉に、ボクは子供のように返事をした。
ハイダ様に会えれば、アルクスたちの状況も判る。少なくとも、無事かどうかくらいは判るはず。ハイダ様にも会いたいし、従仕仲間にも会いたい。
その日から、ボクは基地に行ける日を指折り数えて待つようになった。
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それから5日後の深夜、ボクたちはボリーさんの言葉通り、突貫工事で建てられた基地に入った。ボリーさんの根回しのお陰で、ボクたちは誰何されることもなく、書類を一枚提出しただけで門を通ることができた。
「3人ともご苦労。よくぞ聖人を守り切ってくれた」
「「「はっ」」」
通された司令室で、この1ヶ月ボクを匿ってくれた3人に司令が労いの言葉をかけ、3人にはその場で1週間の特別休暇が与えられた。褒賞はないのかな?と思ったけど、聖人として協力し保護されてるとはいえボクは部外者なので、口を挟むことは差し控えた。そもそも、今の状況では軍も政府も予算が十分とは言えないだろうし。
「セリエス、無事で何よりだった」
3人への言葉が終わると、司令はボクに言った。
「はい。ボリーさんとカルボネさんとニトラさんのお陰です。3人がいなかったら、ボク1人じゃどうにもなりませんでした」
そう言ったものの、こんなこと、言わずもがなだよね。女ならともかく、男が1人、都市の外に放り出されたら、近くの街や集落にも辿り着けずにのたれ死んでしまうのは火を見るより明らかだもの。
「数日は、ゆっくり休むといい。……」
「セリエスっ」
司令が言葉を切ってさらに続けようとした時、部屋の扉が開いて女が1人、飛び込んで来た。その忘れられない声。
「ハイダ様っ」
ボクは振り返って、待ち焦がれていた主姐の腕に抱かれた。
「ハイダ様、無事で良かった」
「セリエスこそ、心配したぞ。ボリーたちがついていることは解っていたが、それでも」
ボクたちは、人目も憚ることなく抱き合った。
「……申し訳ありません、止めたのですが」
ドアのところで、兵士が言った。部屋に入る時に見た警備の人だ。ハイダ様は、彼女たちを振り切ってドアを押し通ったみたい。無理するなぁ、と思うと同時に、それだけボクに会いたがっていたんだと思うと、喜びが心の奥底から込み上がってくる。
司令が何か合図したんだろう、警備の兵士たちが部屋を出て、扉が閉まった。
「2人とも、今日はもういい。後日、作戦会議に参加するように。それからハイダ、解っているな?」
「はっ、心得ています」
ハイダ様は、ボクを片腕で抱き締めたまま、顔を司令に向けて敬礼した。
「それでは、失礼します」
「さっさと行け」
もう退出していいみたい。ボクは慌ててハイダ様の腕から逃れ、司令と残っている3人に頭を下げた。司令は苦笑いを浮かべていたから、別に怒っているわけではなさそう。さっきの口調がキツかったから、ハイダ様を怒っているのかと思っちゃった。
「セリエス、行くぞ」
「え、ハイダ様、ちょっとっ」
ボクはハイダ様に抱きかかえられて、司令室を後にした。
ハイダ様に連れられて着いたのは、ハイダ様に割り当てられている部屋だった。当然戸建てのわけもなく、基地の宿舎の一室だ。それでも、リビングルームとベッドルーム、簡易キッチン、シャワールーム、トイレと生活に必要なものは揃っている。
ハイダ様は、食事は基本的に基地の食堂で摂っているそうで、簡易キッチンはお茶を淹れるくらいにしか使っていないみたい。シャワーもだいたいは基地で済ませて来てしまい、ここのは休日にしか使ってないらしい。仕事柄、男がいないとそうなっちゃうのかな。
そのハイダ様の部屋で、ボクは久し振りにハイダ様と身体を重ねた。潜伏期間中も諜報部隊の3人とシていたけど、やっぱりハイダ様が一番いい。
しばらく熱い時間を過ごした後、ハイダ様とボクはベッドに座り、フルーツジュースで喉を潤した。
「じゃ、アルクスたちは無事なんですね?」
「ああ。会ってはいないが、定期的に連絡は取っている。明日から3日間は休みだ。一緒に会いに行こう」
良かった。アルクスたちは無事なんだ。逃げそびれていたらどうしようかと思っていたんだよね。けれど……。
「ハイダ様、会っていないってどういうことですか? 連絡は取れていて、明日会いに行けるってことは場所もご存知なんですよね? それなら、週に一度くらいは会いに行けば良かったのに」
みんなだってハイダ様に会いたいはずだ。そもそも、ハイダ様がボクを救出してソーセスに辿り着いた後、家に帰る前に淫獣の襲撃があったから、2ヶ月以上はハイダ様に会えていないんじゃないかな。
「セリエスの行方が知れなかったからな。会う時は、みんな揃ってと思って」
「駄目ですよ。みんなだってボクと同じようにハイダ様を恋しがってます。それを放置したら駄目じゃないですか。それに、ハイダ様だって溜まってたんですよね。ガッつき具合からして。だったら、たまにはみんなと会って発散した方が、仕事だって生活だって上手くいくはずですよ。ボクのことを気にしてくれていたのは嬉しいですけど、みんなのことも考えてあげてください」
ハイダ様はボクの長広舌を聞いているうちに項垂れてきて、ボクが口を噤んだ後、少し時間をおいて「すまん」と言った。
「すまん、自分のことだけで、無事を確認できた従仕のことまで考えていなかった」
「いえ、いいんですよ。ボクが出て来れなかったのも悪いんですから。でも、誰か1人に何かあっても、他の従仕のことも忘れないでください。みんな等しく、ハイダ様の従仕なんですから。それに今はエイトもいますし」
「そうだな。セリエスの言う通りだ。これから気をつける」
「お願いします。それと、偉そうなこと言っちゃってすみません」
「いや、いい。主姐の誤りを指摘してくれるのが、本当の従仕だ」
ハイダ様は柔らかく微笑んだ。
「それじゃ明日は、みんなを甘えさせてくださいね。もう、2ヶ月以上も会ってないんですよね?」
「考えてみると、そんなになるか。解った、そうしよう。セリエスはいいのか?」
「ボクは今、ハイダ様を独り占めしてますから、明日はエイトと遊んでますよ。ボクのこと、忘れてないといいんですけど」
最後に見た時は、まだ授乳期だったから、むしろ覚えている方が奇跡かな。
「忘れてられていたら、これから覚えてもらえばいいさ」
「それもそうですね」
「それじゃ、今夜は思う存分、セリエスと堪能しよう」
「はいっ」
ボクたちは再び、肉体を重ねた。




