037 ベルリーネ:仮設陣地での生活
「出撃だっ。リチル、ベルリーネ、行くぞっ」
「「はいっ」」
小隊長の号令に、椅子から立ち上がったリチルとワタシの声が揃った。コネクトスーツで待機中だったワタシたちは、即座にヘッドギアを装着し、エクスペルアーマーの格納庫へと繋がる扉を抜ける。
格納庫といっても仮設のそこに、大した設備はないのよね。でも、ソーセスもフロンテスも淫獣に陥ちた今、どこに行っても状態は大して変わらない。エクスペルアーマーを保持している都市はソーセスだけだから。
装備を付けたまま待機状態のエクスペルアーマーに飛び乗り、すぐさま起動。素早くチェックを済ませて、ハイダ小隊長に続いて格納庫を出る。
モニターに表示された目標地点は、東南東へ40キロメートルほど。南東の都市と最前線の小都市を占拠した淫獣どもは、都市から概ね30キロほどしか離れない。けれど時々、そのラインを超えて軍の定めた警戒ラインに引っ掛かる淫獣がいる。今回の任務は、その淫獣の退治ね。
今の乙女戦士の任務は、ソーセス近郊の淫獣への攻撃(まあ、嫌がらせね)、警戒ラインの巡回、そして今回のような、警戒ラインに接近した淫獣に対する緊急出動の3種類。巡回はエクスペルアーマーの舞台だけでは足らず、ヴィークルやドローンも使っているから、近くを巡回中のエクスペルアーマー小隊がいなければ、こうして仮設基地に待機中の小隊に出撃指令が下る。
小隊長が先頭に立ち、リチルがやや左後方の位置に付き、ワタシは小隊長の右後方。周囲を警戒しつつ、草原を滑るように走る。
完全な整備は期待できない仮設基地だけれど、エクスペルアーマーに新しく装備されたものがある。それが、両足に2個ずつ、合計4個装着されたローラーだ。これで、脚を動かさずともヴィークルのように車輪走行できるようになった。
このささやかな新装備の目的は、現着までに無駄な体力を使わないようにすることと、高速機動で淫獣を翻弄することにある。
小隊長が、誘拐されたセリエスの救出のためにエタニア大陸に赴いた折、その行程のほとんどは特殊ヴィークルのお陰で淫獣の目を誤魔化すことができたそうだけれど、一時、無数の淫獣に囲まれたそう。それだけの淫獣を相手にしたら、通常なら無事ではすまない。
小隊長は、地上と水上をノンストップで疾走する特殊ヴィークルの甲板に立ち、淫獣の息の根を止めることには拘泥せず、向かってくる触手をオシレイトブレードで斬り伏せるだけで、淫獣の群を突っ切ったらしい。
淫獣を倒すことに拘らず足を止めなければ、生存率が上がることがそれで証明された。それを元に装備されたのがローラーというわけね。何しろソーセスに近付けば、十数匹の淫獣と遭遇することが常態になっているから、1匹1匹を相手になんてしていられない。致命傷を与えられずとも、オシレイトブレードで撫でれば傷を負わせることはできるのだから、ソーセス周辺の淫獣の間引きには、専らその戦法が取られている。
今日の任務はそれとは違う。ソーセスからかなり離れた場所での少数の淫獣の駆除だから、確実にとどめを刺す必要がある。
『目標捕捉。中央は私が殺る。2人は左右の奴を』
「了解っ」
3匹の淫獣がセンサーに引っかかると同時に小隊長が指示を出し、リチルとワタシが答えた。
先頭を行く小隊長から、ワタシはやや右に離れるように移動しつつ、背中からオシレイトブレードを取り出す。緩いカーブを描いてエクスペルアーマーを淫獣に向ける。機体を前傾させることで加速して淫獣へと突っ込む。
正面から何本もの触手が迫り来る。オシレイトブレードを右に左に振って触手を斬り伏せつつ淫獣に近付き、すれ違いざまにその皮膚を切り裂く。
「ピギャアアっ」
エクスペルアーマーのセンサーが拾った淫獣の悲鳴が届く。致命傷には至っていないようね。すぐにエクスペルアーマーの向きを変え、すれ違った淫獣にもう一度向かう。
淫獣も、のたのたと身体の向きを変える。走るのは速いけれど、向きを変えるのは苦手なようで、ワタシが間合いに捉えた時には、まだ淫獣は横向きだった。
ローラーを止めて足を踏ん張り、淫獣に向かってジャンプ。落ちる勢いも利用しつつオシレイトブレードを振り下ろす。
「ピシャッ」
それだけ叫んで、淫獣は息絶えた。胴体を両断したのだから当然だ。
ワタシはすぐにオシレイトブレードを引き抜いて構え、周囲を警戒した。けれど、すでに戦闘は終わっていた。リチルも2撃で決着を付け、小隊長に至っては足を止めることなくすれ違いざまの1撃で命の火を刈り取ったらしい。やはり小隊長は、乙女戦士としてリチルやワタシよりも数段は上ね。ワタシももっと頑張らないとね。
その後、やって来た回収班が淫獣の死骸を回収するまで周囲を警戒してから、仮設基地へと戻り再び待機任務に戻った。
続く出撃命令が出ることなく、この日の待機任務は終わった。明日は1日休暇で、明後日は巡回任務ね。
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休日は、仮設基地から100キロ近く離れた比較的大きな街の借家へ、リチルを誘って帰る。
ワタシ1人なら仮設基地の仮宿舎で構わないけれど、ソーセスから脱出した2人の従仕のために、小さな家を借りた。2人を、いつ淫獣に襲われるかも判らない前線に置いておく気には、なれないもの。本当なら、エスタ都市圏にまで離れて避難して欲しいのだけれど、2人もワタシと離れ難いみたい。本音では、ワタシも2人と離れるなんて御免なので、これだけ離れれば十分だろうと思われるこの街に、2人を住まわせることにした。
リチルにも1人の従仕がいるけれど、彼はソーセスからの脱出が間に合わなかったみたい。淫獣と遭遇していないことを祈るのみ。
そんなリチルを借家に誘ったのはもちろん、彼女の性欲を発散させるため。リチルは遠慮したけど、溜まって任務に差し障ったら不味いからね。従仕が1人ならワタシも躊躇しただろうけれど、2人いればなんとかなると思う。
リチルは近くの町や村で男を見繕うことも考えたようだけど、普段は仮設陣地に詰めているから男を探す余裕もないのよね。
何度も絶頂を迎えたワタシの2人の従仕、エルノーとファランが意識を失って眠っているベッドに横たわっている様子を見ながら、ワタシはリチルと並んで裸身の汗を拭いている。以前は2人でワタシ1人の相手をしていたエルノーとファランには、女2人を同時に相手をするのはまだ荷が勝ちすぎるらしい。
「……それにしても、隊長は大丈夫かしら」
「そうね。セリエスの行方はまだ判らないけれど、ほかの3人の居場所は判っているんだよね」
「南の都市側の街にいるらしいわね」
「たまには会いに行けばいいのに」
小隊長には従仕が4人、仕えている。セリエスを除いた3人とは連絡がついた、と小隊長が言っていた。それならば休日には会いに行って性欲を満たして来ればいいのに、とワタシなどは思うのだけれど、残る1人セリエスの無事が確認できるまでは、と我慢している。
小隊長はセリエス救出の際には1ヶ月以上も男無しだったし、思い返してみると任務で1ヶ月ほど都市を離れている時も、リチルやワタシと違って、小隊長は現地の男を適当に見繕って欲求を発散することがなかった。小隊長は、リチルやワタシに比べて、忍耐力が強いらしい。
それにしても、セリエスはどこへ行ったのだろう? 淫獣の大群に襲われて戦線を押し込まれそうになった時点で、諜報部隊の隊員が脱出させたはず。けれど、その後、まったく音沙汰がない。
おそらく、聖人の所在を隠すために独自判断で身を潜めていると思われる。ようやく、建設中の基地を中心として政府や軍の機能が回復し始めたところで、今はまだ聖人を匿うには心許ない。
建設中の基地がとりあえずでも完成すれば連絡してくるだろうけれど、それまでは待つしかない。小隊長の従仕を道具として扱うようで申し訳ないけれど、彼がいれば負傷者を確実に減らせるのだから。
セリエスの行方と同時に、リチルの従仕の安否も心配の種になっている。ワタシは面識がある程度なのでそれほどでもないけれど、リチルは心配だろう。ワタシも、エルノーやファランの行方が知れなくなったら、気が気ではなくなってしまうことは想像に難くない。
リチルも平静を装っているけれど、内心では思うところもあるだろう、と言うか、ないわけがない。エルノーやファランと交わって、少しでも気が紛れるといいのだけれど。
「反撃はいつになるかしらね」
「淫獣の数が半端ないからねぇ。基地が完成して装備を整えて……年単位になるんじゃないかしら」
何しろ、今までの淫獣とは数が違うから。200騎程度のエクスペルアーマーだけではどうにもならない。戦力を増強するか、戦略を根本から見直すか。
あの数に対抗するのに必要な戦力なんて早々用意できるわけもないから、戦略の練り直しになるかな。その辺りは、上の人たちに任せよう。
「じゃ、2人を起こしてもう1発シてから寝ようか」
「大丈夫なの? 2人ともくたびれているんじゃない?」
「大丈夫大丈夫。2人ともそんなヤワじゃないから」
ワタシは立ち上がると、ベッドで寝ている2人の従仕の身体を揺さぶった。
==登場人物==
■エルノー/ファラン
乙女戦士・ベルリーネに仕える従仕。
※名前は、ハイダの従仕から続いて、
E→F
となっています。




