036 残された人:ウェリス大陸・南東の都市で
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「くっ、はっ、はうっ」
「はっ、はふっ、はっ」
寝室に、ワタシと2人の従仕の喘ぎ声が響き渡る。やがて、2人はほぼ同時に果てた。しかしワタシはそれだけでは満足できず、果てた従仕を復活させて、貪るように精を搾り取る。
2人は頑張ったものの、それほどの時間も経たない内に、完全に力尽き、意識を失った。それでもワタシの肉体は熱く滾ったまま、男たちを貪った。
しかし、イケない。イキたいのにイケない。気が狂いそうだ。
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ソーセスが淫獣の大群に襲われたあの日、ワタシは深夜に緊急の呼び出しを受けた。
非番にもかかわらず、従仕たちとの甘やかな夜を邪魔されたワタシは、それでもすぐに署に出頭した。そしてそこで、淫獣の大群が侵攻して来るという、恐るべき事態を聞いたわけだ。
市民を誘導するために街に出て配置に就くのと前後して、ソーセス全市に避難指示が出た。ワタシは避難誘導に出る前に従仕の2人に通話して、すぐにソーセスから出るよう言ったのだが、逃げる時はワタシと一緒だ、などと嬉しい事をほざいて避難しなかった。莫迦者どもが、と思ったものだ。
嬉しくはあったものの、それでももう一度厳しく避難するように言ってから、ワタシは持ち場へと向かった。
深夜の突然の避難は、当然のことながら混乱した。ワタシの担当は郊外に近い場所で人口は都市の中心部ほど多くはなかったものの、それでも混迷を極めた。最初のうちはそうでもなかったものの、東の空が明るくなる前には何台ものヴィークルが列を成した。避難するヴィークルの数があまりにも多く、都市交通管制システムの管制上限を超えたためだ。だからこそ、ワタシたち警官が避難誘導に当たったわけだが。
その最中、割合近くから騒ぎが起こった。その場を同僚に任せて大急ぎで急行した現場で、ワタシは初めて映像でない淫獣を目の当たりにした。
暗闇にもヌメヌメと光る、平べったい胴体。そこから生える、4本の逞しい足。グバッと開いた巨大な口から飛び出す、何本もの長い触手。
動けない車列から飛び出した市民たちが逃げ惑うが、女たちは淫獣の触手に絡め取られ、男たちは跳ね飛ばされていた。
ワタシは腰からレーザーガンを抜き、人々の前に出て触手に捕らえられている女に当たらない射線を取り、引金を引いた。しかし、前情報通り、淫獣にはまったく通用しなかった。その分厚い皮膚は、レーザー程度では貫けなかった。
レーザーが通用しないからといって、警棒で殴り掛かる気にはなれなかった。第一、警棒で殴ろうにも蠢く長い触手を掻い潜って本体に肉薄するのは無理があった。
口の中を狙おうにも、触手を吐いた後は口が閉じてしまい、中までは届きそうになかった。蠢く触手にも当てられないと判断したワタシは、口から出ている触手の根元を狙って引金を引いた。レーザーが触手に当たったものの、効果があったのかどうかも定かではなく、ワタシは無力にほぞを噛んだ。
せめて捕らわれた市民を助けようと、警棒で女の身体に絡み付く触手に殴り掛かった。弾力のある触手に弾かれながら何度も警棒を叩き付けるが、まったく効いている様子はなかった。
そうこうしている内に、焦るワタシも触手に捕らわれ、淫獣の口の中に引き込まれて犯された。あんな快楽は初めてだった。従仕相手では味わえない、肉体の内側と外側から満遍なく愛撫されるような、この上ない快感。
最初は抵抗していたワタシは、いつしか淫獣に与えられる愉悦に溺れていた。
気がつくと、ワタシは全裸で路上に倒れていた。そこここに愉悦の表情を浮かべた全裸の女や、男の遺体が転がっている。ヴィークルも乱雑に止められていた。
救急隊の制服を着た女たちが、救急ヴィークルに人々を運んでいた。状況からすると、救助活動は始まったばかりのようだった。
淫獣は1匹もいなくなっていた。何がどうなったのか、解らない。解らないまま、ワタシは救急隊員によって病院に搬送された。
それからだ。2人の従仕と激しくヤっても絶頂までイケなくなった。感じないわけじゃない。しかし、イケない。それまでは2人と交互にハメていたのを、同時にヤるようになったが、それでもイケない。性欲はあるのに発散できない。欲求不満だけが日に日に募って行く。
淫獣の襲撃によってソーセスの政府は壊滅した。政治家の半数ほどは、淫獣の大群が確認されると共に、東の都市や南の都市に現状の説明や救援要請に向かったようだが、その結果がどうなったのかの情報は入って来なかった。
政府中枢で何が起こったのか判らないが、今は“暫定政府”が組織され、都市を運営している。
暫定政府は都市中心部から淫獣を排除したものの、淫獣は都市郊外やその外に居座り、ソーセスの外に出ることは事実上不可能になった。
さらに、暫定政府は淫獣との共存を発表、安全のために男たちを都市中心部から出さないように通達し、郊外の家を接収して淫獣との逢引を自由に行えるようにした。
いったい、暫定政府は何を考えているのだろう?と思ったものの、欲求不満に身を焦がしているワタシは、淫獣に犯された時の快感を思って、さらに悶々としていた。
「どうしたの? 顔、酷いよ?」
あれから一度もイケず、郊外にも出掛けていないワタシは、1日の勤務を終えて着替えている時に同僚に心配されるほどに、欲求不満が外に漏れている。
「ごめん。最近さ、ちょっと欲求不満で」
気心の知れた相手なので、最近の悩みをさらりと打ち明ける。と言うか、気付いた時には口から出ていた。
「アンタもアレでしょ? 淫獣に犯された時の味が忘れられなくて、イケなくなったクチ」
同僚が声を潜めて言う。
「は? そんなことあるわけないでしょっ」
反射的に否定するが、そのことは頭の隅に常にあったように思う。従仕たちを差し置いて淫獣と交わるなど考えたくもない心が、そのことをずっと意識下に抑え込んでいただけだ。
「無理する必要ないんじゃないの? アタシもあの日、淫獣に犯されてから、従仕とヤっても満足できないし、あの快感が忘れられなくてさ」
同僚の言葉に、淫獣に犯された時の記憶が蘇り、股間がジュンッと濡れる。……いや、ちょっと待った。
「それにしてはあんた、欲求不満って感じじゃないわね」
「まあね」
「どうやって解消した?」
その方法を知りたい。どんな方法などでも、この下半身の疼きを抑えることができれば、従仕たちの精が尽きるまで搾る必要もなくなる。
「簡単よ。淫獣とヤればいいのよ」
「はい?」
ワタシはよほど間抜けな顔をしていたのだろう、同僚が面白そうに笑った。
しかし、この女、何を言った? 淫獣とヤる? あの、ヌメヌメした両生類のような獣と?
「最初が強姦みたいなものだったからね、躊躇うのは理解できるけど、最初からその気でヤれば、アレ以上の快楽はないよ。アタシも今日、これから郊外まで行くんだけど、一緒に行く?」
これから? 淫獣と交わるために? 本気?
しばらく逡巡したものの、ワタシは彼女と一緒に行くことにした。
郊外の、空家となった一軒の家。鍵の掛かっていないその家に勝手に入り込んだ同僚は、服を脱ぎ始めた。
「何してんのっ!?」
「これから淫獣とヤるんだから、服は邪魔でしょ? 溶けちゃうし」
言われてみると、淫獣に襲われた後、ワタシは裸だった。服は辺りに散らばっていたが残骸だけで、端は溶けていた。同僚の言葉でそのことを思い出したワタシも、服を脱いだ。
同僚と一緒に庭に出ると、同僚が外壁にあるボタンを押した。新しく取り付けられたもののようで、壁と意匠が合っていない。
「それは?」
「え? これを押すと淫獣が来るのよ。暫定政府から通達があったでしょ?」
その言葉に過去の記憶を思い返してみると、そんなことを聞いたように思う。
ワタシが同僚の言葉を思い返していると、荒れた植え込みがガサガサと鳴って、1匹の淫獣がのそりと現れた。思わず叫び声が喉から零れそうになるが、我慢する。淫獣とはいえ、これから身体を抱いてもらう相手だ。言葉が通じるのかどうかも判らないが、失礼なことは避けるべきだ。
淫獣の口からニュルリと触手が伸びてくる。襲われた時のような素早い動きではなく、ゆったりとした、艶かしい動きで。……こんな、両生類のような淫獣の触手を、艶かしいと思うとは。思った以上に、溜まっている。
男根に似た、いや、男根そのものの形の先端を持つ複数の触手が、ワタシと同僚の身体にゆっくりと絡み付き、愛撫する。ワタシも触手を撫で摩り、顔の前に来た触手と口付けを交わす。
触手を濡らす透明の粘液で、身体はすぐにドロドロになる。ワタシは夢中になって、触手に抱き着き愛撫し、舐め回した。
「あっ、あっ、はあっ」
ワタシは触手に絡め取られたまま、絶頂に達した。
その後も淫獣との淫らな行為は続き、久し振りのエクスタシーを何度も何度も味わった。




