031 今後の計画
道も整備されていない草原地帯の真ん中で、ヴィークルは止まった。何もない場所だけれど、平気なのかな? ソーセスからはかなり離れたから淫獣がここまで来ることはないだろうけれど、猛獣は出るかも知れない。まぁ、諜報部隊のボリーさんが問題ないと言うなら、大丈夫だろう。
ここのところ着けていなかったセルフブレスを返してもらっていたことを思い出し、時刻を確認すると午前4時を過ぎている。夜明けまでにはまだしばらくかかる。長い夜だ。
一緒に来ていた2輪ヴィークルの2人も下りて来た。1人はハイダ様・ボリーさんと一緒にボクを救出に来てくれたカルボネさんだった。もう1人は初めて見る人で、ニトラさんと名乗った。ボリーさん・カルボネさんと同じく、諜報部隊に所属しているそう。
「この後、ソーセスの都市圏の端に近い街を目指します。一旦、そこに腰を落ち着けようと考えています」
ボリーさんが、セルフブレスでこの辺りの地図を空中に投影させて言った。
「エスタの都市圏にも入らないんですか?」
ボクは、いただいたレーションをありがたく頂戴しながら、ボリーさんの説明に疑問を返した。
「はい。先ほどもお伝えしたように、セリエスの存在がエスタ側に勘付かれると、状況が悪い方向に変わる確率が高くなります。今現在、こちらに淫獣の来る気配がないことから考えて、ソーセス都市圏の端まで行けば、淫獣もしばらくは来ないでしょう。そこにしばらく滞在して、今後の計画を立てます」
ソーセス都市圏の端っていうと、ソーセスからは700~800キロメートルは離れているかな。それだけ離れれば、一先ずは落ち着けるのかな。
「街にはどういう名目で入るんですか?」
「ソーセスからの避難民、ですね。状況によっては旅行者を名乗るかも知れませんが」
その辺は、臨機応変ってことか。
「ただ、問題もあって、避難民にしても旅行者にしても、この人数構成が不自然なのです」
ニトラさんが言った。うーん、確かに。男の方の人数が多いなら、せめて同数なら、不自然には見えないけれど、女3人に男1人じゃ、どう見てもボクが守られている、って見えるよね。男で重要人物なんて少ないから、聖人と言うことがすぐにバレそう。所属が諜報部隊だからか、3人とも軍服じゃないのは返っていいのだけれど。
「わたしとニトラは、それぞれ1人で避難して、途中で合流したことにします。セリエスは、申し訳ありませんが、ボリーの従仕ということにしていただいて」
ええー。ボクの主姐はハイダ様だけなのに。けれど、状況がボクに我儘を許さない。ボクは、不承不承であることを表情に出さないように、神妙に頷いた。
でも、そういう設定にするのはいいとして、どうやってそれを周りに知らしめるのだろう? 知らなければ不自然な4人組にしか見えないし、聞かれもしないのに吹聴したら、余計に不自然だし。その辺は臨機応変にいくしかないかな。
「えっと、ボリーさんとボクが主姐と従仕を装うのはいいんですけど、大丈夫でしょうか? セルフブレスの情報を読まれたら判っちゃうから、公的機関を利用できない気がしますけど」
個人情報の公開レベルは持ち主の意思で自由に変えられるから、例えば商品購入時の支払いなんかは名前すら隠しておけるけれど、公共のサービスを使おうと思ったら、大抵の場合、名前と親子関係あるいは主従関係を示す必要がある。避難民としての生活がどんなものになるかは判らないけれど、避難民登録とか必要になるんじゃないのかな。
「それは、なんとかします。それぞれ主従とはぐれて仮の主従となった、と正直に話すなり、セルフブレスの情報を誤魔化すなり」
いやいや、前者も別に正直ではないし。それに後者は犯罪だよ。でも、この3人は諜報部隊だから、そういうノウハウも持っているのか。なら、その辺りは任せておこう。餅は餅屋と言うし。
方針と言うほどのものでもない方針を立てて休憩を終えて、ボクたちはまたヴィークルに乗り込んだ。ハイダ様やアルクスたちのことが気になるけれど、今は口に出しても仕方がない。ボクはボリーさんの後ろに大人しく座った。
座席はタンデムだけれど4輪のこのヴィークルは、跨ぐのでなはく普通に座る形。シートがすっぽりと身体を優しく包んでくれるので、緊張していたはずなのに、ボクはいつの間にかぐっすりと寝入ってしまった。シートの座り心地が良かったのか、一度休憩して緊張が解けたのか、何時間もずっと搾精され続けた疲れが出たのか、理由はいくらでも考えられる。むしろ、そのすべてが合わさった結果かも知れない。
ふと気付くと、すでに外は明るく、ヴィークルは田園の中の道を走っていた。ボクは口元を手で拭い、座席からずり落ちかけていた身体を元に戻した。カルボネさんとニトラさんのヴィークルは、前後を走っている。
「お目覚めですか?」
ボリーさんが前を見たまま言った。
「あ、はい。すみません、ボクだけ熟睡しちゃって」
都市の郊外までなら、自動運転の誘導エリアだから居眠りしていても大丈夫だけれど(ただし、警察に見つかったら怒られる)、ここはすでに誘導エリアから外れている。ボリーさんも、他の2人も、ずっと眠らずにヴィークルを運転していたはず。
「もう少しお待ちください。この先にある大きめの村で一泊します」
「はい。あの、ずっと運転していたんですか?」
「はい。あまり速度を出す必要もなかったので、安全運転で来ましたから」
やっぱり、ボリーさんたちは眠らずに運転していたらしい。みんなに休んでもらうためにも、村で休憩できるなら、した方がいいね。それに、ヴィークルの充電も必要だろうし。
周囲が田園なところから考えると、この村の産業は農業なのだろう。都市は巨大だけれど、都市圏にある他の居住地はこじんまりとしていて、それぞれに農業や畜産業、漁業、林業などを営んでいる。それらの村や街がなければ都市も立ちいかないことになり、都市圏全体で経済を回している。
ボリーさんが急ぐ必要がないと言ったのは、淫獣の速度がそこまで速くないからかな。淫獣は、地上では時速25キロメートルくらいしか出ないから、時速40~50キロメートル程度でずっと走っていれば、それなりに距離を取れたはず。
それに、淫獣がこっちに来るとは限らない。救護陣地で漏れ聞いた話では、フロンテスに向かわなかった淫獣はほとんどがソーセスに向けて殺到し、周囲に散ったのは数えるほどだったようだから、それらは巡回中のエクスペルアーマーが集まるついでに駆除しただろう。
そもそも、淫獣はどうしてこんな行動に出たんだろう? エタニア人の牡である淫獣の後ろにはスカーレットを頂点としたエタニア人の牝がいるわけで、この襲撃は彼女たちの意を汲んでのことだと思う。意を汲んだ、と言うより、彼女たちが命じたのか。
だとすると、淫獣の目的はボク? ……いや、それなら最初から、淫獣だけでなくエタニア人の牝も団体で来るはず。だって、淫獣ってウェリス人の男に対する殺意が半端ないから、生きたまま捕らえるように命じられていたとしても、勢い余って致命的な攻撃をし兼ねない。
だとすると何で……。
「セリエス、着きました」
ボリーさんの声にはっと頭を上げる。ヴィークルは駐車場のような場所に停まっていた。“ような”ではなく、まさに駐車場かな。隣に建っているのがホテルみたいだし。
ボクたちはヴィークルを降りて、玄関に回って中に入った。ホテルと言うより、旅館、いや、宿屋って言った方がしっくりくるね。造りは綺麗だけれど、木造だし。
受付で4人部屋を頼み、すぐに部屋に案内してもらった。本当なら、チェックイン……て、そぐわないな、入室手続きはもっと遅い時間なのだそうだけれど、部屋が空いていると言うことで、すぐに入れてもらえた。
「わたしは、情報を集めてきます」
部屋に入っていくらも経たずに、カルボネさんが出て行った。少しくらいは休んでからの方がいいと思うけど。
「聖人様、失礼します」
「はい?」
今度はニトラさんが言って、ズボンを脱ぎ出した。突然何を?と思ったら、右脚の脛に包帯が巻いてあり、しかも血が滲んでいる。え? この状態で2輪ヴィークルを運転してたの?
「ニトラさん、怪我してたんですかっ」
思わず声が大きくなってしまったのは、仕方のないことだと思う。
「問題ありません。擦り傷です」
そう言って、包帯を取るニトラさん。ボリーさんが、ヴィークルから持ってきた荷物から、救急キットを取り出した。多分軍用ヴィークルだから、サバイバル用具一式とか積んであったんだろう。
ボリーさんが、ニトラさんの傷を軽く消毒して、大き目のパッチを貼る。解いた包帯の下にはそれすらなかったから、ニトラさんが傷を負ったのは、まともな応急処置もできないほどに切迫した状況だったんだろう。
「ニトラさん、下を脱いでください」
ニトラさんに言って、ボク自身もズボンを脱ぐ。救護部隊から連れ出されてそのままなので、下着は穿いていない。ついでだから、上も脱いで全裸になる。
「聖人様? 何を」
「何をって、治療です。その傷、昨夜ついたんですよね? 2、3回、多くても5回くらい膣内射精すれば、完治しますから」
それに、ボクはそれくらいしか役に立てない。それに、今後のことを考えれば、彼女の怪我を治しておいた方がいい。
「しかし聖人様……」
「言い合っている時間はありません。早くして下さい。それと、その呼び方はやめて下さい。ボクのことが知られると、不味いんですよね?」
いつになく堂々と、ボクは言った。ボリーさんとカルボネさんは、エタニア大陸での逃避行の間に“セリエス”と呼ばせることに成功していたけれど、ボクを聖人と知っている他の軍人は、“聖人様”って呼ぶことが多いんだよね。
「は、はい、解りました」
一度決めたら、ニトラさんの行動は早かった。上を脱いで下着姿になり、すぐに下着もとって全裸になる。
「ベッドに乗って、脚を開いて下さい」
「はい」
ニトラさんの開いた脚の間に座って、下半身同士を近付け、合体させる。
「あっ、あっ、ああんっ」
ニトラさんの嬌声が、ホテルの室内に響き渡った。
==登場人物==
■ニトラ
諜報部隊に所属する軍人。ボリー、カルボネと共に、セリエスをソーセスから逃亡させ、警護する。
※名前の由来は、元素周期表の7番目、N(nitrogen)




