029 防衛戦の中で
淫獣の大群が出現したという報告に、軍も政府も素早く対応した。その情報が齎されたのが、たまたまボクの救出作戦成果報告の場で、軍と政府の上層部が集まっていたこともあり、連携を取りやすかったことが幸いした。
ソーセス都市圏の集落や村のうち、セレスタ地峡に近いそれらには、緊急避難指示が出され、軍も派遣されることになった。ただし、エクスペルアーマー部隊は出ない。各地に派遣中の部隊のみで防衛に当たる。
同時に、フロンテスにも民間人の避難指示が即時に出され、ソーセスでも避難の準備を進める。
淫獣の目的は判らないけれど、何しろ20万以上という大群だ。現在、ソーセスとその都市圏に配備されているエクスペルアーマーは192騎、それに予備が24騎、だったはず。もしかすると、非公開の騎体もあるかも知れないけれど、公式には。
たったそれだけのエクスペルアーマーで、20万もの淫獣を抑えるのは不可能だろう。
ボクを救出した時、ハイダ様は襲ってくる何十匹もの淫獣を斬り抜けたけれど、それはヴィークルで淫獣の群れを突っ切る前提だからできたことで、無数に襲って来る淫獣を留まったまま押し返すのは、数匹が限界だ。
それに、淫獣は見た目とは違ってそれなりに知能が発達している。人間の10~12歳程度だと見積もられているけれど。それも、実は淫獣が人間……エタニア人の牡なのだと判明した今は、それも頷ける。人間の割に、成獣……大人になってもそこまで知能が高くないのは、ハードウェアの限界なのかも知れない。
何にしろ、避難はどうしても必要になるだろう。
淫獣の襲撃に対して、ソーセスの避難指示が少し後になって政府から出されることは、聖人救出作戦の報告会の場で即時決定され、その後は軍部と政府の関係者だけが別室で打ち合わせることになった。
それ以外の識者や研究員は口止めもされずに解散されたんだけど、いいのかな? そう思ったけれど、どうも意図的らしい。いっぺんに都市全体に避難指示を出すと大混乱になるから、一部に情報を漏らして先に動いてもらう、と。そこから大々的に漏れて結局は大混乱になりそうなものだけれど、どうなのかな? ボクには決定権はないから、考えるだけ無駄かな。
ボクは、軍部の人たちと一緒に淫獣の対策会議に参加した。本来ならボクがいるべき場所ではないのだけれど、聖人としての権利として主張し、また、淫獣の生活を見てきた人間として、参加するべきだと主張して。言い掛かりもいいところだけれど。
参加させてもらった理由は一つ。
「はいっ」
今後の方針と対策が手早く決められた後、ボクは挙手した。
「セリエス、なんでしょう?」
「ボクを救護部隊に参加させてください」
ボクが対策会議に無理矢理参加した理由は、偏にこれを伝えるため。こんな時こそ、女の傷を癒す聖人の能力を使わずにいつ使うと言うのか。
淫獣を前にして男にできることはない。いや、相手が淫獣でなく、例えば今までに一度もないけれど他の都市との戦争であっても、男が前線に出ても女の邪魔になるだけだ。邪魔をするくらいなら、後ろに引っ込んでいた方がずっとまし。
けれどボクは違う。ボクがいれば、重傷を負った兵士をその場で完治させ、戦線に復帰させることができる。女たちに無理をさせるだけの気も少しするけれど、そんなことを言っていられる状況ではない。
「それは承認しかねる。セリエスには精液の提供を頼みたいが、後方にいて、いざと言う時にはすぐに脱出できる位置にいてもらいたい」
軍司令が言ったけれど、ボクは首を横に振った。
「いいえ、脱出なら、淫獣が目の前に迫っているんでもない限り、どこからでもできますよね? それに、重傷者には直接のセックスの方が効果が高いことは証明されています。それなら、救護部隊に入って前線近くまで出るべきだと考えます」
淫獣との戦闘において、ボクは前線に近い救護陣地にでもいるのが一番いいはず。20万もの淫獣を相手にするのだから、エクスペルアーマー部隊だけでは足りるわけもなく、戦闘職のほとんどすべての人員が出撃することになる。そうなれば、重傷者もゼロというわけにはいかないから、ボクがそこにいた方がいいはず。
軍司令だけでなく、軍部の他の人たちや政府の人たちも、ボクの救護部隊入りには難色を示した。そこでボクに同調してくれたのが、聖人能力調査室長のヘルミナさん。ボクが会議に参加したため、彼女も同席していた。
「セリエスの言う通り、彼には救護部隊とともに治療を担当してもらうのがいいでしょう。こう言っては何ですが、今回の件は実戦での彼の能力の把握にはうってつけです。次があるかどうかもわからない以上、この機会を逃さず使うべきかと」
この機会に聖人の能力の調査もしようという、ボクの人権を軽視したようなヘルミナさんの発言だけれど、多分、ボクがみんなの役に立ちたい、という想いを汲んでくれている。ボクの想いだけではみんなを説得するのは無理だから、援護射撃をしてくれたのだろう。ボクが視線だけで謝意を示すと、彼女もこっそりウィンクしてくれた。
ヘルミナさんの援護のお陰で、ボクも救護部隊に混じることになった。ただし、淫獣が一定距離まで迫って来たら、問答無用で脱出させられる。他の人が隣で襲われていようとも。
何しろ外傷に対しては、聖人の能力は現代医療を遥かに凌駕する治癒力があるのだから、軍としても政府としても、早々失うわけにはいかないだろう。それを考えれば、緊急事態には他の人に先駆けて逃走するのは致し方ない。ボクだって、死にたくはないし。
聖人用に作られたという特別な服──股間が大きく開くズボン。脱がなくても搾精やセックスができるように──を身につけ、他にも装備品などを確認していると、セルフブレスに通話着信があった。ハイダ様だ。
『セリエス、聞いたぞ。前線に出ると』
会議室を移った後は、ハイダ様は出撃準備のために不参加だった。ボクの救護部隊編入を聞いて連絡して来たらしい。
「前線までは出ませんよ。ボクじゃ足引っ張るだけですし」
『莫迦。救護陣地は前線と同じだ。いいか、危なくなったらすぐに逃げろ』
「はい、そのつもりです。そう言われてもいますし、死にたくはないですから」
『絶対だぞ。万一のことがあったら、私が戻ってでも連れ去るからな』
「はい。その時にはお願いします」
『莫迦。そうならないようにさっさと逃げろ』
「はい、そうします。ハイダ様も、無理はしないでください」
『解ってるさ』
それで通信は切れた。無理はしないと言ったけれど、ハイダ様のことだから無理をしちゃうだろうな。せめて、大怪我を負うようなことがありませんように。
◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉
この戦闘の目的は、淫獣の殲滅ではなく時間稼ぎだ。この数の淫獣を押し返すことは、ソーセスの戦力では不可能だ。だからこそ、政府も早々に避難指示を出すことを決定したのだし。
だから、この戦闘はソーセス都市圏の住民が避難を終えるまでの時間稼ぎを目的としているわけだけれど、それでも都市ソーセスの全員が避難することは無理だろう、ということはボクにも解る。それでも、出来るだけ多くの人に、無事に逃げ延びて欲しい。
アルクスたちは大丈夫だろうか。ハイダ様が、すぐに避難するように連絡しておく、と言っていたから、もうソーセスを出たとは思うけれど。何しろ、隣の都市までは1000キロメートル以上もの距離がある。都市までとは言わず、せめて人口の多い街にでも、無事に着いているといいけれど。
20万もの淫獣を相手にするのだから、200騎前後のエクスペルアーマー部隊だけでは対処できない。歩兵や、2人乗りの2輪ヴィークルに乗った騎兵も多数参加し、ロケットランチャーやハンドランチャーで交戦する。
淫獣の皮膚はオシレイトブレード以外で傷付けることはほぼ不可能だけれど、口の中は別だ。それでも、ランチャーでは触手に阻まれて倒すまでにはなかなか至らない。
さらに、最初の観測では20万以上としか伝えられていなかった淫獣の数が、時間が経つごとにどんどん増え、今や100万を超える勢いになっている。
淫獣は概ね、フロンテスを襲っている小集団とソーセスに向かって来ている大集団の、二手に分かれているらしい。他にも、何匹かが集団を離れ、小さな集落や村にも向かっている。
それらのことは、もちろんボクが直接目にしたわけじゃない。淫獣との戦端が開かれている最前線は、救護部隊の待機しているこの陣地よりずっと先だ。すでに負傷者が、何人も運ばれて来ている。
軽傷者には、凍結保存されていたボクの精液を解凍して与えている。それに、無理のない範囲でボクの搾精も行われ、精液のストックを増やしている。
そして重傷者には。
「聖人様っ。応急処置終わりましたっ。お願いしますっ」
「はいっ」
淫獣の触手で打たれて骨折した歩兵。骨接ぎが終わった後はボクの出番だ。簡易ベッドに寝かされた彼女に、ボクも股間を晒して相対する。
「イきますよ」
彼女とボクの下半身が密着する。
「んんっ、んっ、んんんっ」
痛みと快楽の声が、女歩兵の口から漏れる。ほとんど痛みだけだろうな。折れた骨を接いだだけで、ギプスもつけず、副え木を当てて包帯で止めただけなのだから。
彼女の痛みを解消すべく、ボクはひたすら、腰を振った。




