026 帰還
先に進むにつれ、淫獣の数は減っていった。後方からは船も追って来たけれど、それにはレーザーで対処していた。ボクは椅子に座って口を開かないようにしっかりと閉じて大人しくしている。みんなの邪魔をしてはいけない。
ハイダ様は外でヴィークルのボンネット?甲板?でオシレイトブレードを振るい、ヴィークルの中では女の1人がハンドルを握り、もう1人は索敵と火器管制を担っている。
ヴィークルの中の女2人は見覚えがない。ハイダ様の同僚かな。落ち着いてから聞いてみよう。
やがて、ヴィークルは陸に上がり、襲ってくる淫獣が減ってきた。ハイダ様は手甲からケーブルを外してオシレイトブレードを甲板に収納、ヴィークルの中に戻って来た。
正面の画面を見ていたら、甲板の左右に立っている装甲板?が内側に倒れるように閉まった。蓋になっていたらしい。そのままヴィークルは悪路を疾走する。
再び湖に入る頃には、後方からの追手は見えなくなり、淫獣も近くにいても襲ってこなくなった。淫獣に命令を出しているみたいだけれど、この辺りまでは命令が届いていないのかな。
ヴィークルも速度を落として水上を進む。そう言えば、淫獣はエクスペルアーマーを襲うのだから、エタニア人の女──スカーレットは一貫して“牝”と言っていた──の命令がなくても襲って来そうなものだけれど。
一先ず落ち着いたらしいとみて、そのことをハイダ様に聞いてみた。
「それはこの特殊ヴィークルのおかげだ。装甲に淫獣の皮を貼ってある。それで襲われない」
ハイダ様が簡単に教えてくれた。なんでも、ボクを救出するために急遽新造されたヴィークルなのだそう。基礎研究は進んでいたそうだけれど。そうでなければ、新造ヴィークルを数日で用意できるわけもない。
ハイダ様の他の2人とも簡単に自己紹介した。ボリーさんとカルボネさん。いきなり謝罪されたので何事かと思ったけれど、ボクがモレノさんに誘拐された時に、護衛に付いていたのだそう。
ボクはまったく知らなかったけれど、聖人であることが判明した時点から、24時間体制で護衛が付いていたのだとか。うん、本当に、まったく、気付かなかったよ。
「セリエスは自由にしていてください。ハイダ、ここは私たちで引き受けるので休息を」
「解った。セリエス、長丁場になる。ゆっくり休んでおけ。ベッドを使うか?」
「あ、ううん、ボクはいいですから、ハイダ様が使ってください」
「すまんな」
ハイダ様は両手の手甲を外し、靴も脱いで室内の隅に納めた。靴も特別性だったみたい。そうでないと、いくら乙女戦士でも悪路を疾走するヴィークルの甲板に留まることはできないよね。
ハイダ様はボクの座っている椅子の隣のベッドに横たわり、自らベルトで身体を固定して、すぐに眠りに就いた。眠れる時にすぐに眠るのは軍人としての資質かな。ボクじゃ、ここまで寝付きは良くない。
ボクは残る2人の邪魔をしないように大人しくしていたけれど、2人のうちの1人、カルボネさんがこれからの行動を説明してくれた。
往路で見つけた村や集落を避けつつ、セレスタ地峡、そしてソーセスの都市を目指すこと。推定所要日数は12日。食料は閉鎖生態系生命維持システムを使うこと。基本的に外には出られないので身体を楽にしておくこと。
モレノさんに連れ去られた時には8日程度だったけれど、エタニア人の集落を避けつつ淫獣を刺激しないように速度を落として進むため、それくらいかかってしまうらしい。それでも、なるべく最短距離を進むので、途中で陸に上がったりもする。モレノさんに連れ去られた時はずっと水の上だったけれど。
それを聞いた後、ボクは端末でも紙とペンでも、何か記録できるものはないか聞いてみた。すぐに携帯端末を貸してもらえたので、ボクは誘拐されてからのことを記録しておくことにした。
ソーセスに帰り着いたら聞き取り調査をされるだろうけれど、記憶の新しい今のうちに書き留めておいた方がいい。もしもボクが離れる羽目になっても、記録を残しておけばソーセスには伝えられるし。まあ、ボクだけ離脱するようなことはないだろうけれど、帰った時に寝込んでいても大丈夫だもんね。
水上を、時速20~30キロメートルほどで進むヴィークルの中で、ボクは思い出せる限りのことを携帯端末に記録した。もちろん、淫獣の生態についても。
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帰還中、ハイダ様やボリーさん、カルボネさんから、ボクの救出作戦のことを聞いた。ボクを見つけるまで、約1ヶ月もこのヴィークルの中で過ごしたのだそう。苦労をかけて申し訳なくなってしまう。
広いエタニア大陸で何の手掛かりもなしに、こんな短期間で良くボクの居場所を見つけられたな、と思ったら、ボクがモレノさんに船に乗せられた小屋に立っていた、アンテナの向いている方向を目指したのだそう。
そうは言っても、セレスタ地峡の入口からボクの囚われていた街まで電波が直接届くわけもなく、途中途中で中継している通信塔らしきものを確認しては、方角を微調整したのだそう。それでも、良く辿り着けたものだと思う。
ボクの捕らえられていたあの都市に着いてからは、諜報部に所属しているボリーさんとカルボネさんが街の中に潜入して探してくれたのだそう。建物の中にまでは入れなかったけれど、熱源センサーでボクのいるだいたいの場所を特定し、戦闘職のハイダ様が闇に紛れて乗り込んで来た、と。
エタニア人の触手のような尻尾も熱源センサーにはしっかりと反応していたそうで、ボクの位置を特定するのはそれほど苦労しなかったらしい。それでも、都市とも言えるあの広い街の中のどこにいるとも知れないボクを見つけるのは、並大抵の苦労ではなかったと思う。
ボクも、記録にも付けたけれど、拐われたことで知った事実を3人に話した。何かあった場合に備えて、情報の共有はしておいた方がいい。
事実と言っても、スカーレットたちの言葉に嘘がなかったとは言い切れないので、間違っていることもあるかも知れない。その可能性を予め伝えた上で、ボクの聞いたこと、ボクの見たこと、ボクの思ったことを分けて、エタニア大陸での経験を話した。
閉鎖生態系生命維持システムの作り出すゼリーはお世辞にも不味くないとは言えなかったけれど、文句を言えない。狭いヴィークルの車内にそうたくさんの食糧を積めるわけもないんだし。
「非常用にレーションもある。セリエスはそれを食べていい」
ハイダ様が言ってくれて、ボリーさんとカルボネさんも同意してくれたけれど、それはボクが断った。助けられた立場で、自分だけ優遇されたらますます居心地が悪くなる。
ヴィークルの対淫獣装甲は上手く機能しているらしく、淫獣に襲われることもなくヴィークルは進んだ。心配なのは、セレスタ地峡に先回りされること。何しろ、あの大きな船が8日で移動できる距離なんだから。
けれど、幸いにして待ち伏せなどされることなく、ヴィークルはセレスタ地峡へと乗り入れた。
考えてみれば、セレスタ地峡は中央部でも幅が500キロメートル近い、地峡と言うには広すぎるほどの広大な土地。先回りされていても、迂回するのは難しくない。
そして、誘拐されてから2ヶ月近く経って、ボクは懐かしの都市ソーセスに帰って来た。
「3人とも、良く任務を果たした。そして聖人様、おめおめと拐かされた挙句、救出にこれほど時間がかかってしまい、申し訳ありません」
「いや、顔を上げてください。跪かないで。言葉遣いも普通にお願いします」
ボクの前で膝をつき、頭を垂れる軍司令・副司令・参謀長に、ボクは慌てて言った。いやほんと、ボクはただの1人の男、ハイダ様の従仕の1人に過ぎないんだから、こんな風にされると困ってしまう。
「それでは、セリエスは入浴の後、ゆっくり休んでください。本日はここに泊まっていただきます。3人は報告の後で休息を」
そうだよね、すぐには帰してもらえないよね。まあ、ボクの安全確保のため、ということもあるんだろうけれど。それと司令、ボクに敬語は不要です。
そういうわけで、ボクはハイダ様たちと別れて風呂を使わせてもらい、用意してもらった軍本部内の一室に入った。簡易食も用意してもらったけれど、ボクはそれには手を付けずにベッドに入った。
ヴィークルの中でも自由に休ませてもらっていたのに、睡魔はすぐにやって来た。
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「んん、ん、ハイダ様ぁ……」
夢の中で、ボクはハイダ様と抱き合っていた。裸で。ハイダ様ボクを優しく抱き締め、大きな掌で頭を優しく撫でてくれる。
「気持ちいいか?」
「はい。……とっても」
……ん? 頬に感じるこの柔らかく気持ちのいい感触は。
「はえ? ハイダ様?」
「なんだ? セリエス」
頭を上げると、愛しの主姐の艶めかしい笑顔が目の前にあった。ハイダ様は全裸で、ボクを優しく抱いている。
さっき見ていた夢は、夢じゃなかったのか。ボクが軍から借りた薄着を着ているところは違うけれど。
「……ハイダ様、欲しいです」
ボクは控え目に懇願した。ハイダ様とはすでに2ヶ月近くヤっていない。久し振りに、ハイダ様の愛と肉体を全身で感じたい。
「疲れていないか?」
「……良く判らないです。でも、疲れててもヤりたい」
「そうか。それなら私に任せておけ」
ハイダ様はボクの寝間着を脱がせると、ボクに跨った。
「あっ、あっ、ハイダ様っ」
「はっ、ああっ、セリエスっ」
ハイダ様とボクは、久し振りに互いの肉体を求めて激しく交わった。




