025 救出
美女に身体を弄られる。男にとってそれはこの上なく名誉なこと。けれど今のボクは、危機的状況にある。
ボクに言い寄っているのは赤い髪と褐色の肌を持つ、絶世の美女。お尻から生えた2本の触手でボクの両腕を拘束し、素手でボクの身体に触れている。
「そろそろ戴くかの」
触手に服を脱がされる。ヤバい。ヤバい感覚が心の中でますます膨らんでくる。この危機をどうすれば乗り切れるだろう。
救いの手は、外からやって来た。聞いたことのない音が部屋に響き、扉が勢い良く開かれた。
「何事だっ。聖女様の御前ぞっ」
スカーレットのお付きの1人が鋭く言った。
「申し訳ございませんっ。緊急事態ですっ。現在、敵襲を受けておりますっ。聖女様には、すぐにも身の安全を確保して戴きたくっ」
入って来た、濃い灰色のベストもどきを着た兵士が、胸に手を当てて言った。耳を澄ませば、さっきの短い音とは違う、警報らしい音が聞こえる。さっきの音はもしかして、この部屋の呼鈴かな。いつも勝手に扉を開けられるから、聞いたことがなかった。
「反聖女派か? 数はっ?」
「勢力は不明っ。数は1名っ。他に少数の別働隊がいる模様っ」
ボクも反聖女派かなと思ったんだけれど、定かではないようだ。これまでに聞いた話では、反聖女派と言っても複数の組織があるらしいから、そのどれか判らないってことかも知れない。それにしても、1人で乗り込んで来るとか、大胆だね。ここの防衛網も薄くはないだろうに。
……などと考えている間に、サイレンに加えて喧騒まで聞こえて来た気がする。
「聖女様、お早く」
「仕方ないの。其方も一緒に来るが良い」
スカーレットの触手がボクの腕からスルスルと離れてゆく。良かった。ボクの貞操は守られた。……これほど今更な言葉もないけれど。
お付きの人が、スカーレットに服を着せる。ボクも、乱された衣服を急いで身に着けた。その間、部屋の中に2人の兵士が入って来て、扉の左右を固めた。外にも何人かいるようだ。
ボクたちの身支度はすぐに済んだ。服が服だから、着るのに時間はかからない。スカーレットがお付きの人と扉へと向かい、ボクの左右にも兵士が守るように立ったその時。
バゴンッ。
ガラガラガラッ。
後ろから鳴り響いた凄い音に、ボクは振り返った。そこには……。
「ハイダ様っ」
瓦礫と化した壁の向こうから、ボクの愛しい女の勇ましい姿が現れた。
「セリエスっ」
ハイダ様もボクの姿を認めた。ボクの横に付いていた2人の兵士が前に出て小銃を構える。
「ハイダ様っ」
ボクが行動するより速く、ハイダ様はボクに向かって跳び、巨大な剣を振りかぶった。ってかそれ、オシレイトブレード?? そんなものを使ったら、人間の身体なんてバターを斬るように真っ二つだよっ。
けれどボクの想像したようなことは起こらず、オシレイトブレードは銃を構えた2人の兵士を横薙ぎに吹っ飛ばした。単分子刃を収納したまま振るったらしい。
「ハイダ様っ」
後ろで人の動く気配がしたけれど、それに構わずハイダ様目掛けて走り寄る。
「セリエスっ」
ハイダ様も右手でオシレイトブレードを構えて兵士たちを牽制しつつ、左手でボクを抱き締めた。けれど、再会を喜んでいる時間はない。
「行くぞっ」
「はいっ」
答えた瞬間、ボクはハイダ様の左肩に担ぎ上げられた。ハイダ様は即座に、脱兎の如く壁の穴から逃げ出す。後ろから……あれ? ボクの今の状態だと前かな? とにかく部屋の方角から、「莫迦、撃つなっ、聖人様に当たるっ」と叱責の声が微かに聞こえた。
そうか、スカーレットたちはボクを無傷……かどうかはともかく、生きたまま確保したいんだ。だから無闇に銃を撃てない。情けない格好だけれど、ハイダ様の役に立っていると思うと、こんな際なのに嬉しさが込み上げてくる。
ハイダ様はボクを抱えてまっすぐ走る。通って来た道ではなく、別の道を作っているのは、待ち伏せを警戒しているのかな。
ハイダ様が彼女の身長より長いオシレイトブレードを振るうと、壁が紙のように斬り裂かれる。迫って来る兵士は、オシレイトブレードで吹き飛ばす。単分子刃を出したり引っ込めたりして使い分けているのは、バッテリー切れを懸念しているみたい。オシレイトブレードからハイダ様の腰に巻いた鞄にケーブルが伸びているから、鞄の中にバッテリーを入れてあるのだろう。このサイズのバッテリーでオシレイトブレードを使い続けたら、あっと言う間にバッテリー切れを起こす。
ボクの囚われていた部屋は、ボクが思っていたよりも奥まった場所にあったらしく、なかなか建物の外に出ない。けれど、ハイダ様が十何枚目かの壁を破ると、ようやく外に出た。街とは反対の、広い公園だ。
夜の暗闇の中、ハイダ様は迷う様子もなく走って行く。装着しているヘッドセットの暗視機能のおかげだろう。そう言えば、別働隊がいるとか兵士が言っていたから、その合流地点も表示されているのかも。
後方からは追手の声が聞こえるけれど、エタニア人よりウェリス人の方が身体能力が高いのか、ボクを担いでいるハイダ様との距離は縮まらない。これなら逃げ切れそうだけれど、いつまでも、というわけにはいかないだろう。ハイダ様だって疲れるし。
この先はどうするんだろう、と考えていたら、ハイダ様が急停止した。そしてキキッとヴィークルが急制動をかける音。
「セリエス、乗れ」
ボクはハイダ様の手でヴィークルの中に押し込まれた。狭いヴィークルの中、2人の人がいるけれど、誰なのか確認する余裕もなく、ボクは指さされた場所に座った。これは椅子ではなくて、ベッドかな?
ハイダ様は、少し遅れて入って来た。オシレイトブレードがないから、多分ヴィークルの外に収納場所があるんだろう。
ハイダ様が身体を半分ほど入れたところでヴィークルは走り出し、走ったまま、ハイダ様が身体をヴィークルに入れてドアを閉める。
「湖まで飛ばせ。追手を撒くまで、全速だ」
「了解」
ハイダ様の言葉に、運転している女が答えた。
「セリエス、こっちの椅子に。ベルトを締めておけ」
「はい」
ハイダ様に言われて、ボクはベッドから椅子に移動した。それで気付いたけれど、ハイダ様は両手に手甲のようなものを装着している。エクスペルアーマー用のオシレイトブレードを素手で扱うのは難しいから、そのための装備かな。
「安心しろ。すぐに帰れる」
ハイダ様がボクに微笑んだ。
「はい」
その笑みで、鼻腔に汗と女の強い臭いを感じた。ハイダ様の言葉で緊張が解けて、五感が戻って来たみたい。ボクが誘拐されてから1ヶ月以上、いつウェリス大陸を出たのか判らないけれど、長いこと3人でこのヴィークルに籠っていたんだろう。臭いがこんなに籠るほどに。
ムワッとする臭いは普段なら鼻を顰めるほどのものだけれど、今のボクには安心できる。ボクを救い出しに来てくれた女たちの匂いなのだから。
ヴィークルは激しく揺れつつ走っている。当然ながら、舗装路から外れて走っているんだろう。後方を映し出している画面に時々追手が映るけれど、運転していない方の女が何か操作すると、ヴィークルから放たれたレーザーの射線が画面に走った。武装もしているようだ。
それも当たり前かな。“敵地”の奥深くに単独で乗り込むのだから、武装くらいは。
武装はレーザーだけで、実体弾はないらしい。このヴィークルは結構大きいけれど、それでも出来るだけ積載物を減らしたかったのだろう。ここに来るまで、かなりの時間を要しただろうし。
「湖に出ますっ」
「セリエスっ、口を閉じてろっ」
ハイダ様に言われて、ボクはしっかりと口を閉じた。次の瞬間、空中に身体が投げ出される感覚。続いてすぐに座席に押し付けられる。一番大きな画面に、水飛沫が映った。
陸地から湖に飛び込んだらしい。ヴィークルはそのまま水上を進んで行く。水陸両用のようだ。ハイダ様の手甲といい、軍って、いろんな装備を持っているんだな。
「淫獣です。数5。囲むように近付いています」
ボクはブルリと身を震わせる。淫獣相手にレーザーは気休めにしかならない。
「そのまま進め。出る」
ハイダ様はそう言ってドアを開け、外に出た。
正面の画面にヴィークルの、ボンネットと言うには広い、甲板のような部分が映っている。ハイダ様はそこに立った。屈んで立ち上がると、その手には巨大な剣、オシレイトブレード。収納場所は甲板らしい。
さらに、甲板からケーブルを引き出し、オシレイトブレードを握る右手の手甲に接続する。携行バッテリーでは消費が追いつかないから、ヴィークルのバッテリーを使うのか。でも、ヴィークルが止まったらどうするつもりだろう? もしかしてこのヴィークル、ヒルドネントジェネレーターを積んでいるのかな? サイズ的には搭載していてもおかしくない。
画面の中でハイダ様が剣を構えると、水中から触手が伸びた。ハイダ様は剣を振るって斬り落とす。次から次へと襲いかかる触手、そして飛びかかって来る淫獣。ハイダ様はそれらをすべて、斬り捨てた。
「後ろにも注意してください。淫獣は時速50キロくらいで泳ぎます」
ここに来るまでに調べたかも知れないけれど、一応、警告する。
「了解」
女は無駄なことは言わず、それだけ答えた。ボクは邪魔にならないように、それ以上は口出しを控えた。プロが3人も揃っているんだから、素人のボクは口を出さない方がいい。




