023 淫獣の真実
「見えたかの?」
双眼鏡を目から外したボクに、スカーレットが言った。
「見えましたけど……あの女の人、ボクたち、えっと、ウェリス人の女に見えましたけど……」
「その通りじゃ。正確には、ウェリス人の女とエタニア人の牡の間にできた子、かの」
「エタニア人の……でも、エタニア人の男って見たことありませんけど。今も見えないし」
「そんなことはあるまい。其方も何度も見ておろう。今、あの女とまぐわっていたのが、エタニア人の牡じゃよ」
「え……?」
予想外の言葉に、ボクは目を見開く。いや、完全に予想外というわけではない。モレノさんが淫獣と交わる様子を見て、さらに一度もエタニア人の男を目にしていないことも合わせて、エタニア人の“牡”とは淫獣のことではないか、と半ば無意識に考えていた。
けれど、人間とはまったく異なる姿の上に、アレを間近に見た時に感じた本能的な敵意も合わさって、その可能性を意識外に追いやっていた。
「それじゃ、あの女は、淫獣と女の間にできた子供……」
「先に妾が言った通りじゃ。其方が淫獣と呼ぶ者は、エタニア人の牡なのじゃよ」
ボクは黙って街を見た。視界に映る、何人かの女と、何匹かの淫獣。これがここの、女と男。
「ここは保護区であり、実験区じゃ」
「実験?」
スカーレットの言葉に、ボクは彼女を振り向いた。
「うむ。妾が聖櫃で眠りにつく前に計画したのじゃがの、ウェリス人の女を連れて来て、ここでエタニア人の牡と共同生活をさせる。ここは、連れて来た女と、共同生活を行う牡だけの、保護区なのじゃよ。
本音を言えば、ウェリス人の男も連れて来て、エタニア人の牝との保護区も作りたかったのだがの、牡は男を見ると加虐性を抑え切れないようでの、生かしたまま連れて来んのじゃ。牝がウェリス大陸まで行くには、少々難しくての」
「何のためにそんなことを……」
そのためにハイダ様が淫獣の仔を孕まされたかと思うと、怒りが湧いてくる。
「かつて、この星には今より優れた先文明が存在していたことは知っておろう。そして彼らが滅びたことも」
「ええ」
遺跡は、100万年も前に滅びたその先文明の遺物だ。
「その文明は、滅びる前に後継者を造った。そして滅びたわけじゃが、完全に、というわけではなく、一部が生き延びた」
……そんな話は聞いたことがない。歴史で習うのは、先文明の僅かな生き残りがボクたちだ、というだけだ。
「やがて先文明は滅び、その生き残りも文明を手放して、新しい歴史が動き始めた。2つの知的種族が混じった歴史の始まりだの。しかし、先文明を祖に持つ種族と、先文明に造られた種族は、雄同士の仲が最初から悪かったようじゃ。そのため、2つの種族の生活圏は徐々に別れていった。ここでどういうわけか、間違いが起きた」
「間違い?」
「うむ。互いの種の、雌と雄が入れ替わってしまったのじゃ。このことは前にも言ったかの。それから長い時が過ぎ、2つの種族は、エタニア大陸とウェリス大陸に別れて住むようになった。雌雄が入れ替わった状態で」
「それってつまり……」
それ以上は口から出なかった。
だって、スカーレットの言った言葉が正しければ、ボクはハイダ様の本来の従仕とは言えないことになる。ボクの本来の相手は、触手のような尻尾を持った、人モドキ? そしてハイダ様を孕ませるのは、淫獣? そんな馬鹿な。
「根拠だがの、エタニア人の牡と交わったウェリス人の女は、それ以降エタニア人の牡を求めるのではないかの? そしてエタニア人の牡も、ウェリス人の女とまぐわった方が強い性的快感を得るようじゃ。この保護区での様子を観察していると良く解る。と言っても、結果については妾は報告書を読んだだけじゃがの。
それに其方も、こちらに来てからエタニア人の牝とまぐわっておろう? ウェリス人の女を相手にするより強い性的快楽を感じているのではないか?」
「そんなことはありません。主姐との性交の方が充足感があります」
ボクは即答した。
「それは、心を伴っての話じゃろ? 純粋に肉体的な快楽なら、どうじゃ?」
「……」
そう言われてしまうと、ここの女たちとソーセスのハイダ様以外の女のたちとでは、ここの女……エタニア人を相手にした方が、気持ちいいのは確かだ。
「……でも、性交というのは心身揃ってのものだから……」
「そうかの? まあ良い。今述べたことの理由として、元々はエタニア人の牡とウェリス人の女が対だったから、と妾は考えておる。そして、牝牡の出生比率の乱れも、これが原因と見ておる」
それはどうなんだろう? けれど、淫獣に襲われたレディーウォーリアーたちは、仔を孕むとも孕まずとも、従仕とのセックスに満足できなくなる、と言うし……。
「このまま手をこまねいていれば、エタニア人はあと数世代、永くとも10世代と待たずに滅ぶであろう」ボクの思索を余所に、スカーレットは続けた。「最初に牝がいなくなり、そうなれば仔を作ることができずに牡もやがて滅ぶ。
ウェリス人はエタニア人ほど切羽詰まってはいないようじゃが、それでも男の出生率が下がっておるのじゃろう? やがては同じ道を辿ることになろう。
妾はそれを防ぎたい。そこで其方への頼みなんじゃが、妾と子作りをしてくれんかの」
「……はい?」
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このまま、雌雄が入れ替わったままでは、エタニア人もウェリス人もやがては滅ぶ。それを回避するためには、エタニア人とウェリス人の雌雄を入れ替える必要がある。それを速やかに行うため、それぞれの象徴的立場にある聖女と聖人とで子供を作る。これがスカーレットの考えだと言う。
「ボクとスカーレットの子供ができたところで、ウェリス人全員が賛同するとも思えませんけど。それと、ウェリス大陸では、別に聖人は象徴にはなっていませんよ? 聖人の存在自体は知られてますが、それがボクだと知っているのは、ほんの一握りの人間だけだし」
「その辺りは、プロパガンダでどうとでもなろう。聖女と聖人の間に産まれた仔がいればの。それに、エタニア人の牡とウェリス人の女が共に生活する平和な街が存在し、仔まで為しているのじゃ。賛同せずとも、耳を傾ける者はそれなりの数にはなるじゃろう」
そんな簡単に行くのかな。いや、彼女も簡単だと思っているわけではないだろう。それでも、そうしなければならない理由があるからやっている、ということか。
言いたいことは解った。けれど、それが功を奏するのかが判らない。それにそもそも、ボクはハイダ様の従仕をやめるつもりはない。
スカーレットには「妾の体力が回復するまで、待っておれ。それまではエタニア人の牝とまぐわっておれ」と言われ、保護区だか実験区だかから戻った後も、毎日、女たちを相手に腰を振っている。
最初のうちは騎乗位でボクは責められる側だったけれど、最近では他の体位でボクから積極的に責めている。不本意ではあるけれど、ここの女たちは有り余るボクの性欲を受け止め切れずに失神してしまうので、結果的にこの方が性交時間が短いことが判ったから。
失神させた後で、そうでなくても部屋に1人でいる時、脱出できないものかと部屋を探っているけれど、未だに何の手掛かりもない。石壁の一部でも外れないかな。
「あんっ、あんっ、あんっ、いいっ」
そして今日も、女たちとセックスする。今日も3人。
1人目は、膣に1発射精しただけで失神した。前にも相手した女で、その時は何発かは耐えていたから、今日は疲れていたのかも知れない。
2人目は、ボクの射精に3発まで耐え、4発目で意識を手放した。大抵の女は3発から4発で堕ちるから、平均的というところ。
そして3人目はマローネ。すでに2回膣内射精して、3回目に向けて射精感を高めている。
そして。
「あっあああああああんっ」
ビクビクビク。
これで今日のノルマ?も終わりだ。
自分から責めるようになってより良く判るようになったけれど、普段は歩いていて床に付かない程度の長さの触手は、本人の意思である程度伸ばせるらしい。淫獣と違って10メートルも伸びることはないけれど、普段の倍の長さくらいにはなる。
触手の有無から考えると、淫獣とこの女たちの方が同一種族に思えるけれど……。後で考えよう。
全員を堕としてしまえば、後は寝るだけ。以前はこの時間を利用して部屋の中を調べたけれど、昼間でも調べられるので夜は寝ることにしている。今のところ脱出の目処は立っていないけれど、機会があれば逃すつもりはない。チャンスを掴んだ時に体力がなくて逃げられない、なんてことがないように、夜はしっかりと休息しておかないと。
寝る前に下半身を綺麗にしようと、ベッドから降りるために端から足を下ろす。
その時。
「ぐえっ」
いきなり、首を絞められた。何っ!?
「申し訳ないが、お命、いただきます」
この声は、1人目の女。もしかして、これを狙って失神したフリをしていた? いや、今はここから逃れないと。
しかし、首に巻き付いた物に手をかけて引っ張るけれども、ぬるぬるして手が滑る。これ、触手だ。服はベッドから離れた所に脱いであるから、首を絞めるような物に思い当たらなかったけれど。いや、そんなことを考えている場合じゃない。
ボクは両手で触手の軛から逃れようともがくけれど、手が滑ってどうしても外せない。触手はますます首を絞める。ヤバい。ハイダ様、助けてっ。
その思いを最後に、ボクは意識を手放した。
==登場人物==
■スカーレット
エタニア人の牝。聖女。産まれたのは89年前だが、69年前からコールドスリープシステムで眠りに就いていたため、肉体年齢は20歳。
エタニア人とウェリス人は雌雄が入れ替わっているという説を持ち、それがエタニア人牝とウェリス人男の出生率低下を引き起こしていると考えている。彼女の推測によれば、エタニア人の牝は10世代も保たないらしい。
近い未来に迫ったエタニア人の滅亡を防ぐため、聖女と聖人の子を儲けて雌雄交換の足掛かりにしようと、聖人──セリエス──誘拐を主導した。
==用語解説==
■淫獣(いんじゅう)
オオサンショウウオのような姿をした、体長6m前後の巨大生物。人間を丸呑みできるほど大きな口の中には16本の触手があり、10mほどまで伸びる。全身は堅く柔らかく分厚い皮膚で覆われ、刃物も銃弾も通さない。口の中が弱点ではあるが、触手のため、狙っての攻撃は困難。
その巨体に似合わず、本気を出せば時速25kmという高速で走行できる。
触手の先端は男性器のような形をしており、実際、そこから吐き出される白濁液は人間の女を妊娠させる。淫獣に犯されると2匹ないし4匹の仔を孕み、卵嚢と呼ばれる緑色半透明の膜に包まれて、子宮壁に癒着するように成長し、産まれるまで摘出は不可能。また、淫獣に犯された女は男とのセックス程度では絶頂を感じられなくなる。
見た目は爬虫類ないし両生類を彷彿とさせるが体組成は哺乳類に近く、水辺を主な生息地にしている。ある程度の知能(10~12歳の人間程度)を持ち、人間の男女を見分け、男に対しては敵意を見せ、女は捕食して犯す。
実は、エタニア人の牡そのもの。そのため主人公の住むウェリス大陸には元々存在しない。聖女の意を受けて、ウェリス人の女を誘拐するためにセレスタ地峡を通ってやって来ていた。
■エタニア人
エタニア大陸に住む人間。牝は尻から触手のような1本の尻尾を生やしている以外、ウェリス人の女と変わらない姿をしているが、牡は淫獣。牝の肌は薄褐色から褐色が多く、髪は赤から茶色が多い。
牝に生えている触手の先端は、淫獣の亀頭のような形状とは異なり、ユリの花の蕾のような形をしている。




