022 覗き見
スカーレットと面会してから、ボクを襲う女の人数の他にも変化が現れた。翌日から、部屋の外に出させてもらえるようになった、という程度のことだけれど。もちろん、1人で自由に歩き回れるわけもなく、マローネと、多分兵士の2人が、ボクに必ずついている。
行動できるのは、この建物の中、それもごく一部だけ。それでも、1部屋に籠っていることに比べたら情報は万倍も入ってくる。
やはりここには、女しかいないみたい。ここの建物は政府か軍の施設に当たるようだから、ここだけなら解らなくはないけれど、屋上に出させてもらって、借りた双眼鏡で見た街中にも、男の姿はなかった。
それと、街のそこここに広い公園や池があって、そこに目を向けると淫獣がいた。たまに街中にもいるようだけれど、だいたいは拓けた場所に生息しているらしい。
せっかくなので記録を、と思ってマローネに要求してみたけれど、さすがにそれは許されなかった。今は船で移動していた時と同じく、淫獣の行動を可能な限り記憶に収めよう。
数日後、ボクはスカーレットと2度目の面会を果たした。ボクが望んだわけではなく、一方的に面会を設定されたのだけれど。何にしろ、情報収集は必要だから、ボクとしても否はない。
面会場所は、この前の神殿のような場所ではなく、ごく普通のサロンといった場所。
スカーレットは相変わらず車椅子で移動し、その後ろに2人の女が控えている。
対するのはボク1人。マローネと、兵士2人に案内されてきたんだけれど、ボクが椅子に座ると3人は部屋から出て行った。スカーレットの従者2人がいれば、ボク程度どうにでもできる、ということだろう。実際、その通りだろうし。
「先日はすまんの。聖櫃から出たばかりで、長くは起きていられなかったのでの」
スカーレットはゆっくりと飲んだ紅茶のカップを置いてから言った。
「聖櫃?」
スカーレットの言葉に、ボクは首を傾げた。
「うむ。平たく言えば、コールドスリープシステムじゃな」
「コールドスリープ?」
そんなものが実用化されたと聞いたことはない。こっちの科学力・技術力はボクたちより少し低いと見積もっていたけれど、実はかなり先を行っているのかな?
「過去の遺物じゃ。遺跡から発掘したものを修理して、なんとか1つを動かせるようにしただけの物じゃ」
「でも、修理はできたんですね?」
それと、エタニア大陸にも遺跡はあるのか。ウェリス大陸の遺跡を残した先文明と同じものか、別物か。
「修理といっても、複数のコールドスリープシステムの無事な部分をくっつけただけじゃ。長期稼働前提のシステムと言っても、100万年の保存には耐えられなかったようで、完動品はなかったのでの」
つまりはそれで、スカーレットは眠っていた、と。それと、100万年ということは、ウェリス大陸の先文明と同じかも知れない。敵対関係にあった文明という可能性もあるけれど。
ん? いや待てよ。と言うことは。
「スカーレットって、すごく歳上?」
「産まれた年から数えれば89歳かの。ただ、聖櫃に籠っている間は成長は止まっておったからの。肉体的には20歳じゃな」
つまり、69年前から眠っていた、と。そして、彼女がボクと同じ年齢ということも確認できた。
「でも何で?」
「其方を待っていたのじゃよ」
「はい?」
多分、ボクは間の抜けた顔をしていたと思う。
「ふむ、どこから話し始めるかの。そうさの、最近、其方らの社会では、牡、いや、男の出生率が下がっておらんかの」
「? いいえ、だいたい女と男は1対3くらいで、男の方が多いです」
「いや、そういうことではない。その比率は以前からそのままか? かつてはその割合は、もっと男に傾いていたのではないか?」
そう言われると、確かにその通りだ。歴史の授業での知識になるけれど、昔は女と男は1:6くらいで男の方が多く産まれていたらしい。それが今、1:3にまで減っている。
「図星のようじゃの」
「でもそれは、栄養バランスの変化で、男女の寿命差がなくなってきたからで……」
「それは推測じゃろ? 観測できる事実は、男の出生率の低下、それだけじゃ。違うか?」
「……」
「そして、我らにも同じことが起こっておる。我ら……面倒じゃから、妾たちをエタニア人、其方らをウェリス人、と呼ぼうかの。ウェリス人の男の出生率が低下しているように、エタニア人は牝の出生率が低下しておる」
「牝……って、女がってことですよね。その割には、誘拐されてから女の姿しか見てないんですけど」
「それについては、後日に説明させてもらおう。とにかく、ウェリス人は男が、エタニア人は牝が減っておるのは事実じゃ。妾が聖櫃に籠る前に知ったのは、エタニア人のことだけじゃがの。ここ数日でウェリス人の状況を聞いて、確信に至った。
これは、綿密に調査した過去の文献からの推測なのじゃが、エタニア人とウェリス人は、牝と牡、女と男が入れ替わっておる。そのため、女男比の不均衡が起きているのじゃ」
「それは、確かなんですか?」
「先に言ったように、妾の推測じゃ。しかし、それを裏付ける証拠はいくつかある。弱い証拠じゃがな。それを1つ、後日、早ければ明日にでも見てもらおう」
コールドスリープから出て数日しか経っていないので体調が優れないのか、今日の面会はここまでで終了となった。解ったこともあるけれど、それ以上に解らないことが増えた。
確かに、ここの女とのセックスはやたら気持ちいい。ハイダ様とのセックスに勝るとも劣らない。特に、あの、触手から発射される愛液のような体液を注入された後は、意識が飛びそうになるほどの快感に襲われる。ボクに主姐がいなかったら、溺れていただろう。種族として相性が悪いのだ、という言葉を信じてしまうほどに。
その日の夜も、3人の女に搾られた。マローネは必ずいるけれど、他の2人は入れ替わることがある。今のところ相手にしたのは、7人かな。今後も増えるのだろうか。
尻尾付きの女より、ハイダ様と寝たい。ハイダ様、心配しているだろうな。ハイダ様だけでない、アルクスもベルントもダリアンも心配しているだろうな。エイトはもうハイハイくらいしているんだろうか。それにはまだ早いかな。
みんなに会いたい。みんなの元に帰りたい。
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次の日、ボクはここに来てから始めてこの建物を出ることになった。
マローネに案内されたのは、ここに来て最初に入ったヴィークルの車庫。大型のリムジンのようなヴィークルの後席に、ボクとマローネと兵士が1人、向かい側にスカーレットといつものお付きの人が乗る。
特注なのか、こっちのヴィークルの仕様なのか、スカーレットのいる場所には座席はなく、車椅子でそのまま乗り込んでいた。
「どこに行くんですか?」
「言ったところで、判らないじゃろ? 着くまで楽しみにしておれ」
なんだか聖人の仕事で呼び出された時のような返答だな。目的地では何をやるんだろう。聖人の仕事でないことだけは確実だ。
ヴィークルは、街を出て進んで行く。どっちに向かっているんだろう? 土地勘がないので良く判らない。道はずっと舗装されているらしく、車体が大きく揺れることはない。
30分ほど走ると、石の壁が見えて来た。門の前で一旦停止し、再び走り出す。出入りを管理しているのかな。
街に入ってしばらくして、ヴィークルは車庫らしき場所に停まった。促されて外に下り、言われるままに歩いて行く。
石造りではあってもエレベーターはあって、それで4階に上がった。エレベーターがないと、スカーレットが車椅子で上がれないものね。
エレベーターを下りると、そのままベランダへと誘われた。眼下に街が広がっている。
「聖人様、これを」
マローネが差し出したのは、双眼鏡。見ろってことだろうな。わざわざ連れて来て見せようと言うことは、ボクが事実上の監禁をされている街と、何かが違うんだろう。
ボクは双眼鏡を受け取って街を見た。
街の様子は、街全体が石壁で囲まれている以外、変わらないように見える。家があって、公園があって、池があって、人……女が歩いていて、そして淫獣がいる。
何か違うところは……あれ?
「尻尾が、ない?」
それだけじゃない、髪はウェリス人のように薄い色をしているし、肌の色も白い。そういえば、モレノさんにも尻尾がなかった。彼女と同じ? だけれど、モレノさんは隠していただけで、髪や肌の色はエタニア人の物だ。どういうことだろう?
ボクは双眼鏡から目を離して、隣のスカーレットを見た。スカーレットは軽く頷いたけれど、その意図は判らない。
「ちょうどいいようじゃな。あれを見てみよ。趣味がいいとは言えんが、それが一番手っ取り早い」
スカーレットが手を上げて、街の一点、公園の方を指差した。四阿のようなものが立っていて、そこに人影と淫獣が見える。双眼鏡を目に当てると、人影はやはり女だった。そして淫獣の口から伸びている触手を、愛おしそうに頬擦りしている。
そこに繰り広げられたのは、船で見たモレノさんと淫獣との濃密なまぐわいそのものだった。淫獣の触手で絡め取られ、恍惚とした表情を浮かべて痙攣する女。
やがて、女の身体は淫獣の口の中に引き込まれて、見えなくなった。閉じた淫獣の口は淫らにモゴモゴと動いていた。
==用語解説==
■人間(ウェリス人)
現代の地球の人類とほぼ同じ生物。ただし、妊娠期間は3ヶ月程度。
女も男も肌は白っぽく、女の髪は金髪やクリーム色など薄い色が多く、男の髪は黒から灰色が多い。
女に比べて、男は体力や持久力で劣る。平均身長も女の方が高い。女の能力が男に比べて総じて高いのは、子宮壁から分泌される特殊なホルモンの影響による。そのため、女を中心にした社会が構築されており、男は家庭を守る役を担うことが多い。
女は妊娠から数日で母乳を出すようになり、孕ませた男が母乳を飲むと、胸が女のように膨らんでゆく。別の男が飲んでも胸は膨らまない。女が子を産んだ後は、男が赤ん坊に乳を与えて育てる。
以前は女と男が1:6程度の割合で産まれていたが、近年では男の出生率が下がり、1:3程度になっている。
一妻多夫制で、1人の女──主姐──に複数の男──従仕──が仕えるのが一般的。
■エタニア人
エタニア大陸に住む人間。肌は薄褐色から褐色をしており、ウェリス人に比べると浅黒く見える。髪もウェリス人と異なり、赤から茶色をしている。尻からは触手のような尻尾が1本生えている。今のところ、女しか登場していないが……。
■先文明
かつて、物語の舞台の惑星に栄えた文明。複数の国家が乱立していたとも、惑星全体を統一した国家があったとも言われるが、詳細は不明。およそ100万年前に滅びた。ウェリス大陸に残る遺跡は、先文明の都市の趾。




