021 ハイダ:聖人救出作戦
セリエスが誘拐されてから3日が過ぎ、謹慎を解かれて現場に復帰し、さらに10日が過ぎた。あれ以来、軍でも聖人救出計画が立案されているが、経過は芳しくない。
セリエスが誘拐されてまず行われたのは、モレノの従仕に対する事情聴取だ。身近にいた彼がモレノから何かを聞いているか、或いは共犯の可能性もある。
しかし彼は、軍の取り調べに対して、知らない、としか答えなかった。拷問にかけてでも聞き出すべきと言う者もいたが、彼がモレノから預かったという紙の手紙により、彼は潔白だろうと結論付けられた。
手紙には、モレノがソーセスの出身ではないこと、特別な事情でソーセスに送り込まれたこと、従仕は隠れ蓑のために迎えただけで何も知らないこと、などが綴られていた。
聖人の捜索と救出のため、セレスタ地峡のエタニア大陸寄りに臨時拠点を建設する案も出たが、淫獣警戒監視ラインから遠く離れた場所に拠点を造ったところで、淫獣に囲まれて補給もままならず、すぐに破綻するだろう。
普段は小隊単位で行動するエクスペルアーマー部隊だが、4個小隊をまとめて中隊として編成し、セレスタ地峡の強行偵察も行なった。しかし、地峡を半分も進むと淫獣の大群に阻まれ、それ以上進むことは叶わなかった。
地上が駄目ならと、無人の偵察ドローンも飛ばした。バッテリーの関係で精々エタニア大陸の入口付近までしか届かないが、それでも有益な情報が1つ得られた。
セレスタ地峡とエタニア大陸の間に、建造物の存在が確認された。残念ながらドローンではそこまで到達出来ず、遠距離から撮影した画像だけだったが、それでも人工物の存在は人間の存在を示すものであり、セリエスを連れ去ったモレノが向かった先がエタニア大陸であることは、ほぼ確定されたと言っていい。
そして今日、私は部隊長と共に司令に呼び出された。
「先程、聖人救出作戦のための特殊ヴィークルが完成した、と連絡があった」
司令の口から伝えられた言葉に、私はビクッと身体を震わせた。
「その作戦とはっ。誰がその任に就くのですかっ。作戦の開始はいつですかっ」
「落ち着きなさい」
意気込む私に司令は苦笑した。が、すぐに真顔に戻る。
「作戦の要旨はわたしから説明しよう」
同席していた参謀長が言った。彼女も今回の件では責任を感じていることが強く窺える。聖人誘拐の実行犯と目されるモレノは、長い間参謀長主席秘書官として務めていたのに、その正体に気付けなかったことを気に病んでいる。それも、彼女がセリエス誘拐に対して計画を次々と打っている要因の1つだろう。
今回の作戦は、少人数でエタニア大陸へと侵入してセリエスを捜索、発見次第救出してソーセスに帰還する、という極めて単純なものだ。しかし、淫獣のひしめくエタニア大陸で、淫獣の目を逃れながらどこにいるとも知れない人間1人を探し当てるなど、困難は初めから確定している。
「無数の淫獣の目を掻い潜っての捜索は、通常ならば不可能だ。それを可能にするために開発したのが、今回の作戦で使用する特殊ヴィークルになる」
現在では、セレスタ地峡からエタニア大陸までの探索は事実上断念している状況だが、政府も軍もそれを完全に諦めたわけではなかった。そのため、淫獣の目を欺いて行動するための特殊ヴィークルの開発を行なっていた。秘密と言うわけではなく、一般にも公開されている情報だが、エタニア大陸の調査は政策の優先事項ではないので、注目している一般市民はほとんどいないし、予算も少なく、開発は細々と続けられていたものの、いつできるのか不透明だった。
その研究成果を使い、セリエス救出専用に再設計して製造したのが、今回の作戦で使用する特殊ヴィークルだ。全長約7メートル、全幅約2.8メートル、全高約1.8メートルと、背の低いマイクロバス程度のサイズの紡錘形をしたヴィークルには、駆除した淫獣から剥ぎ取った淫獣の皮膚が、全体に貼り付けられている。この装甲で淫獣を誤魔化そうというわけだが、上手くいくかどうかは未知数だ。
今回の作戦は、この淫獣装甲が有効かどうかを確認するための試運転も兼ねている。万一、これが淫獣に通用しなければ作戦は中止、次の作戦を試すことになる。その“次の作戦”の立案はこれからだが。
セレスタ地峡の東部からは広大な湖沼地帯が広がっていることを考慮し、特殊ヴィークルは水陸両用として設計されている。また、作戦が長期に渡ることは確定しているため、ヒルドネント・ジェネレーターを搭載する。これにより、水さえあれば半永久的に行動できることになる。
ヴィークルが水だけで無限に行動できても、人間はそうはいかない。10日分のレーションと飲料水、それに水の浄化装置も積載するが、それはあくまでも予備食糧だ。主食は、閉鎖生態系生命維持システムの作り出すゼリーと水になる。このシステムが排泄物から作り出す食糧はお世辞にも美味いとは言えないが、補給の望めない長期の作戦では文句を言えない。
乗員は4名。これは救出するセリエスを含めての人数なので、作戦に参加する人員は3名となる。
座席は3つで、ほかに簡易ベッドが1つ備えられ、交代で睡眠をとりながら24時間体制で捜索を行う。これは時間が惜しいと言うよりも、淫獣のひしめくであろうエタニア大陸で、夜であろうとキャンプなど張っていられないだろう、という予測による。
「その作戦には、私が参加すると考えてよろしいでしょうか」
私は司令に詰め寄った。司令はまたも苦笑いを浮かべた。
「ハイダ、落ち着きなさい」答えたのは部隊長だ。私はグリンッと彼女を振り向いた。「この件については事前に司令から適任者を選ぶように命じられ、ハイダを選んだわ。だから今日、ここに同行させたのよ」
そうではないか、とは思っていたが、これで私がセリエス救出に向かえることが確定した。待っていろよ、セリエス。私が必ず助けてやる。
「そういうわけだ。他の2名は諜報部隊から出す。本日中には選出する。他には」
「装備はどうなっていますか?」
「すでに選定されているが、必要な物があれば申請しろ」
「了解しました」
3日後には作戦を開始することもこの場で決定され、私は準備のために慌ただしく退室した。
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セリエス救出作戦について、従仕たちには他言無用を厳命した上で打ち明けた。セリエスが誘拐されたことは話しているし、数日後から私が今までにないほどの長期間家を空けるとなれば、私がセリエスの救出に向かうことは簡単に想像できるだろう。
「……当てはある、と考えてよろしいのですか?」
アルクスが考えながら聞いた。
「糸を掴むようなものだが、な」
あまり詳しいことは話せないが、それはみんな、解ってくれているので、それ以上は聞いて来ない。
「ハイダ様とセリエスの帰還をお待ちしています」
「絶対、セリエスを見つけて来てくださいねっ」
ベルントとダリアンも瞳に心配そうな色を浮かべつつも、私を応援してくれた。
「そんなわけだから、私は明日から軍に籠り切りになる。今夜は3人纏めて、たっぷりと可愛がってヤる」
「はいっ、お願いしますっ」
ダリアンが元気良く返事し、アルクスとベルントも不安気な表情を消して頷いた。
その夜は遅くまで、しばらく会えなくなる従仕たちと快楽を貪り合った。
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「警戒ラインを越えました。早ければそろそろ接触の可能性があります」
「了解。警戒を密にせよ」
ボリーの報告に、私は頷く。セリエス救出のために特殊ヴィークルに同情している諜報部隊員の1人だ。もう1人のカルボネと共に、この作戦に選ばれた。と言うより、志願したそうだ。
この2人は、セリエスが誘拐された時に護衛任務に当たっていた諜報部隊員だ。彼女たちがいつ終わるとも知れない任務に強く志願したのは、セリエスの誘拐に責任を感じているからということもあるだろう。
非常食などのほかに、ある程度の武装も積んでいる。対淫獣には大して効果を期待できないが、モレノがエタニア大陸に向かったことと、建造物が見つかっていることから、エタニア大陸に人間の敵対勢力の存在が予測される。いや、予測ではなく確定と見ていいだろう。
他にも私の要望した装備もあるが、使うことにならなければ、それに越したことはない。
「センサーに反応あり。淫獣です。11時方向、距離400」
「了解」
速度を時速20キロまでに落とす。センサーの画面を見ながら、淫獣に近付き、日向ぼっこでもしているのか動かない淫獣の横10メートルを通り過ぎる。尻尾は揺れているから、生きているのは間違いない。
「反応ありません」
「よし。上手く誤魔化せたな。このまま作戦を続行する」
これで最初の関門はクリアした。この特殊ヴィークルの淫獣装甲が役に立たなければ、ここで帰還する予定だった。その場合、次の作戦の立案と準備にどれだけかかるか判らない。セリエスが私を待っているのだ。可能な限り早急に見つけ出さなくては。
まずは、ドローンで捉えた人工の建造物が目標だ。ドローンの映像ではアンテナらしき物も映っていたので、有指向性のタイプであればモレノの向かった方角を推測できるだろう。
淫獣から離れると、私は第1目標地点に向けてアクセルを踏み込んだ。
==登場人物==
■ボリー
巨大都市ソーセスの軍部の諜報部隊に所属する女。セリエスが聖人と判明した後の、彼の護衛の1人。セリエスが誘拐された時に、護衛の任に当たっていた。聖人救出作戦に志願。
■カルボネ
ボリーと同じく、セリエスの護衛に当たっていた諜報部隊員。聖人救出作戦に志願。
※女の名前は、名前の出てきた順に元素の周期表の元素をもじっています。
H→He→Li→Be→B→C→…




