018 女と淫獣の淫交
気付いたら目の前にモレノさんがいた。しばらく惚けていた頭の機能が回復すると、彼女に呼び出され、ヴィークルに乗せられてから気絶させられたことを思い出した。さらに両手両足は拘束されている。鈍いボクでも、誘拐されたと理解した。
それを理解すると同時に情けなくも悲鳴を上げて縮こまるボクに、モレノさんは周りに淫獣がひしめいていることと、自分について来るようにと言って、ヴィークルから降りた。
彼女の様子に敵意や悪意は感じられないけれど、ボクを誘拐した当人の言うことだから当てにしすぎるのは危険だろう。それでも、彼女の言葉に従おうとヴィークルを降りる。
彼女の言葉──ここに淫獣がひしめいている──が嘘だとしても、ここがどこだか解らない以上、彼女に従った方が生存確率は高い気がする。害意があるなら、気絶している間にどうとでもできただろうし。周りに見えるのは土と草木と水と空だけで、都市はおろか小さな集落すらどこにあるのかわからない。目の前にある小屋も、初めて見るし。
彼女の言葉が本当だとすると、余計に彼女を頼らざるを得ない。淫獣を直接見たことはないけれど、エクスペルアーマーの映像で見る限り、たとえ1匹にでも見つかったら、逃げ延びる自信はまったくない。
どちらにしろ、生き延びるためには、ボクには彼女に従うしか選択肢はない。
モレノさんは、停まったヴィークルの前にある高床式の木造の小屋に入り、ボクも後に続いた。中は広く、隅の机に通信機っぽい物がある。外から見た時も、屋根に高いアンテナが立っていた。モレノさんの目を盗んであれを使えないかな。
けれど、その考えは甘かった。ここは終着地点ではないことがすぐに判ったから。
モレノさんは部屋で立ち止まることなく、奥のもう一つの扉を開けて隣の部屋へと入った。ご丁寧に、開けた扉を手で押さえてボクを待っている。さらにその部屋も素通りして、また奥の扉を開けた。そこは外で、目の前は大きな湖だった。大きくシンプルな船が、小屋の外にある階段を下りた桟橋に停泊している。
モレノさんは迷うことなくその船に乗り込む。ボクも、通信機に気を引かれつつも、仕方なしに乗り込んだ。
おかしな形状の船だった。船体は強化プラスチック製のようで、全長は10メートルくらいかな。前部はほとんど甲板になっていて、後部の少し高くなったところが船室らしい。屋根はあるけれど壁の面積は少なく、ほとんど吹き曝し。
甲板の中央後方は上りのスロープになっていて船室と繋がり、その左右は下りのスロープがあって水中に没している。水の中から何かを引き揚げるようになっているのかな?
モレノさんは荷物を船室のベンチに置くと、ボクに座っているように言って、船を舫っているロープを解き、ロープ付きのブイを何個か水面に投げ入れた。それから身を乗り出して、舷側を独特のリズムで叩く。何をしているんだろう?と思ったら、突然船が動き出した。
「わっ」
ボクはビックリして声を上げた。モーターの音も振動もないのに、どうやって動いているんだろう?
「しばらく不自由をかけますが、ご辛抱ください。バッグにレーションと水がありますので、食事はそれを。睡眠は、ベンチと毛布を使ってください」
モレノさんが甲板から船室に入って来てボクに言った。
「えっと、どれくらい、かかるんです?」
「数日、でしょうか」
「そうですか……わっ」
ボクはまた声を上げた。
甲板から水中へと没しているスロープから、巨大な両生類のような生物……淫獣がノッソリと上って来た。
ボクは初めて、生きた淫獣を間近に見た。映像や、絶命した淫獣なら、何度も見てきたけれど、そういったものにはない何かを、生の淫獣から感じた。これは悪意? 敵意? 少なくとも、正の感情ではない。途轍もない負の感情。こいつとは共存できない、敵だ、と本能が訴えている。
その姿を見て、ボクは身を竦め、ベンチの隅に小さくなった。敵だ、と認識しても、立ち向かおうという勇気が湧いて来ない。何しろボクは身長163センチメートル、対して淫獣は体長6メートル以上、生身では乙女戦士でも手に負えない相手に、ボク如きではどうにもならない。
淫獣もボクを敵と認識したらしく、ボクに頭を向けて敵意を発散している。怖い、怖すぎる。こんな恐怖、今までに味わったこともない。
「大丈夫です。船室からは出ないでください」
震えるボクを尻目に、モレノさんはまったく躊躇することなく甲板に下りた。ボクは恐怖で、引き留めるための言葉すら出せず、彼女の言葉に頷くだけ。
けれど、モレノさんが襲われるっ、と思ったボクの予想は外れた。淫獣から伸びた触手を、モレノさんは愛おしそうに頬擦りする。いったい、どうなっているの? 何が起きているの?
船室に戻って来たモレノさんは、服を脱いで全裸になると再び甲板に下りて行った。服を脱いでいる時には気付かなかったけれど、甲板に下りたモレノさんの顔と手は白い肌をしているのに、身体は薄い褐色だった。どういうこと?
淫獣は、ボクを視界に入れたくないのか──淫獣の目がどこにあるのか判らないけれど──モレノさんが服を脱いでいる間に、船首に頭を向けていた。淫獣の巨体が載っていても、船は沈む様子をちらりとも見せず、悠然と湖を進んでいる。
淫獣の前に全裸のモレノさんが立つと、淫獣は口を開いて触手を伸ばす。あっと言う間に、触手はモレノさんの肌を包み込んだ。完全にではなく、チラチラと薄褐色の肌が覗いている。
モレノさんは触手に全身を撫でられ、触手の先から噴射された白濁液を全身に浴び、全身を犯されても、嫌な顔をまったく見せずに恍惚としている。
淫獣に犯されると、女は男との性交では絶頂に達せなくなると言うけれど(そして、聖人とのセックスはそれを打ち破れることが、この前判った)、モレノさんも淫獣の被害者なのだろうか? でも、それでこの光景は説明できるとしても、ボクを誘拐した理由は解らない。淫獣は12歳児程度の知能を持つと言うし、ハイダ様が犯された時の映像を見ると、きちんと作戦を練ってハイダ様を捕らえたように見える。だからと言って、『聖人を捕らえよ』なんて命令、要求をするだろうか? 聖人の存在も知らないのに。
そもそも、モレノさんは淫獣と意思疎通しているように見えるけれど、どうやっているのだろう? どの程度の意思疎通が可能なのだろう? 判らないことが多すぎる。
そんなことを考えている間に、モレノさんは淫獣の触手に溺れるように絶頂し、淫獣はそんなモレノさんを巨大な口の中へと呑み込んだ。モレノさんは大丈夫なのだろうか?
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しばらくモゴモゴと蠢いていた淫獣の口から、モレノさんの頭が吐き出された。まだ恍惚としているけれど、彼女は這うようにして肉体を淫獣から引き出してゆく。
白く濁った粘液でドロドロになったモレノさんが完全に外に出ると、淫獣は彼女の身体を撫でてから触手を引っ込めて、横のスロープから水中に没した。
モレノさんは少しの間、甲板に座り込んでいたけれど、ヨタヨタと立ち上がると手摺につかまりながらスロープを下り、水の中に全身を沈めてから上がって来た。白濁液を流して来たらしい。
その様子を見ながら、ボクはこの船の動力に気付いた。船の左右、少し前を併走している航跡、その下に見える巨大な生物の陰。淫獣だ。淫獣がこの船を曳いている。船に乗った時にモレノさんが投げ入れたブイ、アレを咥えて泳いでいるんだ。
絶対的な敵対者であると認識した淫獣に行先を委ねていることに気付いたボクがまた震えていると、モレノさんが濡れた身体のまま船室に入って来てベンチに座った。
「ごめんなさい。身体が乾くまでこのままにさせてもらいます」
「はい、それは構いませんけど……モレノさん、その肌、それにその髪……」
モレノさんの肌は、顔と手も身体と同じ薄褐色になり、髪も銀髪から赤茶色に変わっていた。
「ああ。牡の中にいる時に染料が落ちてしまいましたね。あちらでは、牝、女はみんな、白っぽい肌と薄い色の髪でしょう? それで、髪を染めていました。肌は、外に出ている顔と手だけは化粧して、後は服で誤魔化して」
あちら、と言うのはソーセスのことだろう。確かにソーセスの、ソーセスに限らず女の髪は金髪や銀髪、亜麻色、クリーム色と、薄い色が多い。男は、黒から灰色だ。肌は、女も男もみんな白っぽい。
「この肌色と髪色、あなたたちにとっては気味が悪いでしょう? だから、誤魔化していたんです」
「いいえ、気味悪いなんてことはないです。その、ちょっとビックリしたけど、今の肌と髪の色も、とっても綺麗です」
ボクが思った通りのことを言うと、モレノさんは驚いたように目を見開き、表情を緩めて「ありがとう」と言った。
それから少し考えると、脱いだ服を探って何かを取り出し、ボクの前に膝をついた。
「えっと」
「手を出してください」
ボクが手を出すと、手錠を外してくれた。足の手錠も。
「いいんですか?」
目的地に到着するまではこのままと言っていたのに。
「素のわたくしを綺麗と言っていただいたお礼です。それに、今更逃げようとも思わないでしょう?」
モレノさんは微笑んだ。邪気のない、綺麗な笑みだった。
==登場人物==
■モレノ
軍参謀長の次席秘書官を務める才女。医師と看護士の資格も持つ。身長約170cm。銀色のショートヘアだが、それは染められた色で、本来は赤茶色。また、肌も顔と手を化粧で白く見せていたが、本来は薄褐色。
聖人能力調査特別部隊の秘書官として、参謀長秘書室から異動。特別部隊が解散した後、新たに創設された聖人能力調査室に所属する。
何らかの目的を持って、セリエスを誘拐する。その目的は……?
==用語解説==
■人間
現代の地球の人類とほぼ同じ生物。ただし、妊娠期間は3ヶ月程度。
女も男も肌は白っぽく、女の髪は金髪やクリーム色など薄い色が多く、男の髪は黒から灰色が多い。
女に比べて、男は体力や持久力で劣る。平均身長も女の方が高い。女の能力が男に比べて総じて高いのは、子宮壁から分泌される特殊なホルモンの影響による。そのため、女を中心にした社会が構築されており、男は家庭を守る役を担うことが多い。
女は妊娠から数日で母乳を出すようになり、孕ませた男が母乳を飲むと、胸が女のように膨らんでゆく。別の男が飲んでも胸は膨らまない。女が子を産んだ後は、男が赤ん坊に乳を与えて育てる。
一妻多夫制で、1人の女──主姐──に複数の男──従仕──が仕えるのが一般的。




