017 ハイダ:聖人誘拐
聖人の、すなわちセリエスの誘拐の報を受けたのは、家でエイトを抱いて寛いでいる時だった。セルフブレスに入った緊急連絡を、エイトをアルクスに預けて確認すると、信じられない言葉が。私はすぐに家を飛び出し、ダリアンの1人乗りヴィークルを借りて、自動運転に任せず自分でハンドルを握りアクセルを踏んで、軍部に急行した。
途中で続報が入る。聖人能力調査室のモレノが私用で外出してから連絡が取れない、と。さらに、彼女のヴィークルが都市から離れたことも明らかになる。彼女も一緒に誘拐されたか、手引きしたか、それとも彼女こそが主犯か。タイミング的に、無関係は有り得ないだろう。
もしも彼女が主犯ないし手引きしたのであれば、次に会った時は首根っこを引っこ抜いてやる……!
そもそも、セリエスには目立たないように常に護衛がついていたはずだ。セリエスの『可能な限り以前のままの生活を続けたい』と言う思いを尊重して、セリエスには知らされていなかったが。
護衛はいったい何をしていたのだ。ぶん殴ってやる。いや、今はそれよりもセリエスの安否だ。どこに連れ去られたんだ。
奥歯を噛み締めつつも、軍本部にヴィークルを乗り入れ、エクスペルアーマー部隊長の元へ直行する。
「部隊長っ! セリエスはっ! 東の都市ですかっ! それとも南の都市ですかっ!」
「落ち着きなさい」
前置きなしの私の発言を、部隊長は咎めなかった。そして、セリエス誘拐の状況を掻い摘んで知らされる。
セリエスは、定時の勤務終了時間よりも5分早く仕事を切り上げて研究室を出ると、真っ直ぐに地下駐車場に下りて自分のヴィークルで研究所を出た。護衛はここまではセリエスのセルフブレスの信号で位置を追っていた。
研究所を出た後は付かず離れず目視できる範囲で警護するも、ヴィークルが自宅を目指さず都市内を走っていたことから、30分後にセリエスのヴィークルの隣に付け、乗っているのがセリエスでなく人形であることを確認、行方不明であることが発覚した。
それが判明する15分前にモレノの個人所有ヴィークルが都市の自動運転誘導エリアを出ていることが判り、彼女の行動を遡って調べたところ、セリエスの勤務終了時刻の15分前に私用で医療センターの聖人能力調査室を離れたことも判った。
彼女に呼び出されれば、セリエスは疑うことなく呼び出しの指示に従うだろう。これまでの聖人の仕事でも、モレノが呼び出すことは何度もあったのだから。
もう一つ判ったことがある。
一般のヴィークルを動かすには、運転資格を持つ者がセルフブレスを装着して運転席に着座している必要がある。それをどう誤魔化したのか。
セリエスのヴィークルを回収して調べたところ、運転席にセリエスのセルフブレスを巻いた円筒があったという。セルフブレスは巻かれた腕の静脈を検知して本人確認をしているが、その円筒は表面にセリエスの静脈パターンを再現していた。
聖人能力調査特別部隊の設立時からセリエスと接する機会があり、医学知識もあるモレノなら、それを作ることも困難ではあるが不可能ではない。ますますモレノに対する疑惑が深まった。
そして都市を出たモレノのヴィークルだが、東へと向かったことを知らされる。
おそらくそれは撹乱だろう、と私は推測する。部隊長も同意見だ。東はフロンテス、そしてセレスタ地峡だ。ソーセスの統治地域から抜けたところで、その先は淫獣のひしめく未開地。向かう意味がない。途中で北に転じて東の都市に向かうか、それとも南東の都市を大きく迂回して南の都市に向かうだろう。
それらを踏まえ一時待機を命じられるが、居ても立っても居られない私は、その場で臨時の巡回を申請した。部隊長はいい顔をしなかったが、仕方なしという感情を隠そうともせずに許可を出した。
コネクトスーツに身を包み、エクスペルアーマーに乗り込んで都市周辺を目的もなく歩く。淫獣の駆除は目的でないし、向かう方角が判らないでは動きようがない。
途中で、私と同じく非番だったリチルとベルリーネも呼び出されて合流した。
それからしばらくして、続報が入る。私の予想を裏切り、モレノのヴィークルがフロンテス東の淫獣警戒監視ラインに引っ掛かったらしい。東?との疑問が一瞬頭をよぎったものの、すぐに感情で支配された。
「セリエスっ!!」
私は地を蹴って東へと疾走する。
『『隊長!』』
2人の部下の言葉は耳を擦り抜けた。
エクスペルアーマーに入った情報を元に、ヴィークルが捕捉された地点に向けて全力疾走する。
走り始めてからおよそ1時間、リチルもベルリーネも置き去りにして、フロンテスの城壁を左に見ながら走り抜け、数分で監視ラインも越える。さらに数分後、前方で戦闘行動中のエクスペルアーマーをセンサーに捉えた。都市の要請を受けてフロンテスから出動した部隊だろう。淫獣と遭遇したらしい。ここまで来たことはないが、セレスタ地峡の奥深くまで踏み込んでいるから、淫獣の大群がいても不思議ではない。
私はその真ん中に突っ込んだ。
「どけぇっ!!」
オシレイトブレードを背部から抜き、目の前の淫獣を叩っ斬る。それがどうなったかを確認することもなく、走りながら左右から襲い来る触手を斬り払い、さらに前へ。
戦線を乱されたフロンテスのエクスペルアーマー部隊から通信が入っているが、私の耳には雑音にしか聞こえない。
今までに見たこともない大量の淫獣の群に単騎で飛び込む。次から次へと襲って来る邪魔な奴らをオシレイトブレードを振り回して屠っていく。右脚に絡んだ触手を斬り落とし、絡んだままの触手を振り払うついでに淫獣を蹴り上げ、左手に巻き付いた触手を斬り上げ、銃弾を撃ち込んで牽制しつつ、右の淫獣に横薙ぎにオシレイトブレードを振るう。
しかし、そんな無茶な戦いをいつまでも続けられるわけがない。左右の手を同時に触手に捕らえられ、さらに胴体を強打される。くそ、脱出するしかないか?
『『隊長っ!!』』
その時、追いついた2人の部下により、両腕を拘束している触手が断ち斬られた。自由を取り戻した私はさらに前に出る。
『隊長っ。一旦引いてくださいっ』
『これ以上は無理ですっ』
「駄目だっ。この先にセリエスがっ」
向かってくる触手にこちらから飛び込み、一気に斬り払い、視界に現れた淫獣を一刀両断。そこから斬り上げて隣の淫獣を斬る。
『無茶ですっ』
『一時撤退をっ』
ここで諦めたらセリエスがっ。部下の進言を無視し、私はさらに前に出る。
『仕方ありません』
『隊長、ご容赦をっ』
2人が言った途端、両肘が切断された。一瞬、何が起きたか解らない。エクスペルアーマーに振動が走る。肘から先を失った上腕を、リチルとベルリーネが掴んでいる。2人に両肘を斬られたらしい。
普段であれば2人がかりだろうと遅れを取る私ではないが、意識がセリエスに向き、邪魔な淫獣しか目に映っていなかったため、淫獣でないエクスペルアーマーの行動を見ていなかった。
しまった。味方に行動を止められることも予想して然るべきだった。
リチルはオシレイトブレードを収めると、空中を飛んでいる私のエクスペルアーマーの右腕のオシレイトブレードを掴んだ。私を捕らえた2騎は、オシレイトブレードを振るって迫っていた触手を払うと、タイミングを合わせて後方にジャンプした。
「待てっ。戻れっ。小隊長命令だっ」
『駄目です。このままでは犬死にします』
『ここは堪えてください』
「くそっ。命令違反だぞっ。セリエスっ。セリエースっ!!」
私の声は虚空に消えていった。
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都市に連れ戻された私は、部隊長から厳重注意を受けた後、3日間の自宅謹慎を申しつけられた。罰というよりも、頭を冷やせ、と言うことだろう。
見張りなどはつけられることなく、私は肩を落として帰宅した。
「ハイダ様、お帰りなさい。……どうかされました?」
玄関に出迎えたダリアンが言った。従仕たちは聖人誘拐の事実をまだ知らないから、普段と違う私の態度に首を傾げている。私は無性に苛立った。それが八つ当たりに過ぎないことは解っているが、それを抑え切れない。
「は、ハイダ様? どうしたんですか?」
1歩踏み出した私に、ダリアンが恐怖の表情を浮かべて後退った。私はさらに1歩、2歩足を進め、ダリアンの胸元に両手を掛けて、服を左右に引き裂いた。
「ひゃいっ!」
叫ぶダリアンを押し倒し、強引に襲った。ダリアンが果てた後、様子を見に出て来たベルントも歯牙にかけ、それでも気が治まらずに寝室でエイトの世話をしていたアルクスをも襲った。
アルクスが果てた時、部屋を覗き込んで様子を見ていたベルントとダリアンに気付き、3人まとめて貪り喰った。
3本の肉棒を貪り、何度も射精され、自分も絶頂に達して、ようやく私は落ち着いた。
しばらく余韻を味わった後、私は3人に伝えた。
「セリエスが拐われた」と。
==用語解説==
■エスタ
ウェリス大陸の東側にある巨大都市。
※East
■ソウト
ウェリス大陸の南側にある巨大都市。
※South




