014 浄化
研究室で仕事をしている最中、モレノさんから緊急との連絡を受けたボクは、研究所を早退してモレノさんと2人乗りヴィークルでどこかに向かっている。このヴィークル、モレノさんのではなく、軍敷地内移動用の軽ヴィークルだから、軍の敷地から出ることはないはず。
「どこに行くんですか?」
「すぐに解ります」
モレノさんに行き先を聞いても、返って来るのはそれだけ。
いくらも経たずに、ヴィークルは地下駐車場に入った。今朝も搾精した、医療センター。聖人の件で何か新発見でもあったのかな。それにしては焦っているように見えるから、またレディーウォーリアーが重傷を負ったのかも知れない。それが一番ありそう。
ヴィークルから下りて、モレノさんの後について行く。前に来た時と同じく、医療センターの地下だ。やっぱり、重傷者の手当かも知れない。あの時とは違って聖人の存在は公開されているけれど、それがボクだというのは内緒なので、地下なんだろう。
けれど現実は、ボクの予想の斜め上を行った。
「お連れしました」
モレノさんに案内された部屋には、ヘルミナさんがいた。他には誰もいない。
「来たわね。セリエス、そこに座って」
「はい」
単に重傷者が出たにしては深刻そうな、ヘルミナさん。何があったのだろう。ボクは、言われた通りに示された椅子に座った。
「セリエス、まずは落ち着いて。ゆっくりと深呼吸して」
随分と勿体を付けるな、と思いながらも深呼吸して息を整える。同時に、不安が胸に広がってくる。これは絶対、悪いことだ、という予感がする。こんな言い方をされたら、予知するまでもない。
「落ち着いた? それじゃ言うわよ。本日、巡回中のエクスペルアーマー部隊が20匹以上の淫獣の集団と遭遇したの」
「20っ!? そんな数、今まで……」
「最後まで聞いて」
思わず出した声を、ヘルミナさんに止められて、ボクは口を閉じて頷いた。ヘルミナさんも一つ頷いて、先を続けた。
「それだけの数だから当然1個小隊では抑えきれなかったけれど、軍本部からも増援を送ってなんとか全滅させたそうよ。
けれど……レディーウォーリアーが2人、エクスペルアーマーを放棄せざるを得ない状況になって、淫獣に犯されてしまったの。
それでね、落ち着いて聞いてね」
ヘルミナさんはもう一度ボクに念押しし、言葉を切った。ボクが頷くと、さらに数秒待ってから、先を続けた。
「淫獣に犯されたレディーウォーリアーのうち、1人は、ハイダなの」
がたんっ。
何かが倒れる音がした。目の前が真っ暗になった。
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「……エス、セリエス、しっかりしなさいっ」
「あ……ヘルミナさん……」
肩を掴まれ、激しく揺さぶられて、目の前にヘルミナさんがいることに気が付いた。目の前が暗くなってから大して時間は経っていない、というか、ほんの数秒のよう。部屋にはヘルミナさんとモレノさんしかいないし。
「大丈夫?」
心配顔で聞くヘルミナさん。ボクは、ヘルミナさんの言葉を思い出して、反芻した。
ハイダ様が、淫獣に、犯された。
……うん、大丈夫、大丈夫だ。だいじょうぶ、だ。
「大丈夫です」
「そう? 無理だったら、言ってね」
ボクは頷いて、モレノさんが起こしてくれた椅子に座った。どうもボクは、椅子を蹴倒して立ち上がり、そのまま気を失ってしまったみたい。一瞬だけれど。
「それで、ボクは何をすればいいんでしょう?」
ハイダ様の従仕だからと呼ばれたわけではないだろう。それなら、アルクスたちや、もう1人の犯されたレディーウォーリアーの従仕も呼ばれるはず。
「セリエスには、2人が妊娠しているかどうか判明した後で、セックスして欲しいの。1つは、男とのセックスを取り戻すため、もう1つは、淫獣の仔を流すため」
……なるほど。
淫獣に犯された女──犯されて救出されたのは、ほとんどが乙女戦士だけれど──は、1人残らず、男とのセックスでは満足できない肉体になるらしい。その結果、欲求不満が高まって、落ち着きがなくなったり、注意力散漫になったり、情緒不安定になったりしてしまう。事務職ならともかく、前線に出る軍人にとっては致命傷にもなりかねない。
そしてもう1つ、今の技術では、淫獣の仔を流せない。
淫獣の白濁液でできた胎児は、女の子宮の内側にぴったりと張り付くようにして成長する、らしい。外科手術でも分離不可能なほどに癒着したソレを取り除くには、実質子宮摘出しかないのだそう。そして子宮を摘出することは、女にとって致命的だ。
女が男より肉体的に優れているのは、子宮壁から分泌されるホルモンが影響しているのだそう。そのため、子宮を摘出すると、それまでと同じ働きはできなくなる。一般の女はもちろん、肉体が資本の軍人にとっては職業生命にかかわる。
その2つに対する聖人の影響調査が、今回の実験ということになる。実験というより、実践での確認といった方が適切かな。
「通常、妊娠してから4~5日でその兆候が現れるから、それが確認できるか、もしくは10日経ったら、セリエスにはセックスしてもらいます。それから、ハイダとセックスするまでは、セリエスはここに寝泊まりするように。部屋は用意するわ」
「えっと、前半は解りますけど、後半は?」
ボクは首を傾げた。
「ハイダがあんなことになって、セリエスは普段通り生活できる? 無理でしょう。このことは、結果が出るまで秘密裏に進めたいの。だから、しばらくは我慢して。ハイダも結果が出るまで入院してもらうわ」
「……解りました。あの、ここにいる間、ハイダ様との面会は……」
ヘルミナさんは、少し考えてから答えた。
「それは構わないわ。ただし、時間は指定させてもらうけれど」
「はい、構いません」
しばらくここに缶詰になるなら、アルクスたちと研究所に連絡しておこう。聖人の仕事で、と言っておけば問題ないし。
ハイダ様がしばらく帰れないことは軍が連絡してくれるそうなので、ボクは触れない方がいいかな。
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その日は検査で面会を断られたので、翌日、ハイダ様の病室を訪れた。ハイダ様は至って健康そうだった。
「すまないな、心配をかけさせて」
ベッドの背を起こして寄りかかっているハイダ様は、笑顔で言った。でも、従仕であるボクには解る。ハイダ様はボクに心配をさせまいと無理をしている。ハイダ様にこんな顔をさせてしまうとは、淫獣め。
「ハイダ様、思ったより元気そうで、良かったです」
ボクは、ベッドの横の椅子に座ってハイダ様の手を取った。昔は、淫獣の仔を孕まされた女に対応する時は防護服を着ていたけれど、危険がないと解っている今は、清潔であれば服装に拘る必要はないし、こうして接することもできる。
「寝ている必要もないんだが、ここに缶詰されているから、寝ている以外にやることがなくてな。たまにベッドから下りて身体を動かすくらいだよ」
「長くても10日と少しくらいだそうですから、身体を休めてください」
言ってから、ちょっと不味かったかな、と反省する。ハイダ様はつい先日まで、負傷の療養(という名目)と出産で、約4ヶ月間は休養みたいなものだったし、復帰してすぐにこうなってしまったのだから、本人もこれ以上の休養は不本意だろう。
けれど、ハイダ様は「そうだな、もうしばらく休むか」と言ってボクを優しく見つめた。
しばらく沈黙が過ぎた。やがてハイダ様がゆっくりと口を開いた。
「セリエス、お前、『淫獣は女を喰べるのではなく連れ去っているのではないか』という説を提唱していたな」
「は、はい。あまり支持はされてませんけど」
突然の話題の転換にボクは首を傾げた。
「今までは、私もセリエスの説には首を傾げていたんだ。すまんな」
「いえ、突拍子もないとは自分でも思っていますので」
「そうか。しかしな、今回のことで、セリエスの説が正しいかも知れない、と思うようになった」
「……その理由、聞いてもいいですか?」
「ああ。淫獣に喰われている間、身体に痛みはまったくなかったし、そもそも身の危険をまったく感じなかった。その時は……淫獣に与えられる快楽でそもそも何も考えられなかったんだが、後から落ち着いて思い返してみると、そう感じた」
「そうですか……ありがとうございます」
淫獣の口の中にいた時のことをもっと詳しく聞きたい気がしたけれど、それはあまりにもハイダ様の気持ちを無視することになるので、ぐっと我慢した。
「礼を言われるようなことではないぞ」
「でも、ボクの説を真面目に考えてくれているっていうだけで、嬉しくて」
ボクは笑顔を心掛けて言った。
「私はいつだって、従仕たちのことは真面目に見ているさ。お前たちが支えてくれていなかったら、今の私はないからな」
「ハイダ様は強いですから、そんなことはないですよ。でもボクたちはずっとハイダ様を支えます」
「ありがとう」
そこで看護士が病室に入って来て、面会時間の終わりを告げられたので、ボクはハイダ様に暇を告げて病室を出た。元のハイダ様に早く戻って欲しい、と願いながら。
ハイダ様が淫獣に犯されてから4日後、ハイダ様の妊娠が確定した。くそ、淫獣にハイダ様を孕まされるなんて。ボクは、全裸に白衣を羽織っただけで、看護士に連れられてハイダ様の病室へ行った。
病室には、背を少し起こしたベッドに仰向けになったハイダ様のほかに、ヘルミナさんとモレノさん、それに数人の医師と看護士がいた。その内の何人かは、聖人能力調査室の人だ。それぞれコンソールを前に椅子に座り、あるいは立ったままボクを待っていた。
「それじゃ始めて」
ヘルミナさんが言って、看護士の1人がハイダ様の毛布を剥ぎ取った。すでに準備していたのだろう、毛布の下のハイダ様は全裸だった。ボクも白衣を脱いで全裸になり、ベッドに上がる。
「ベッドを少し、そうだな、半分くらい、倒してくれないか?」
ハイダ様の要求に、看護士の1人が応えた。さっきの角度はちょっと高かったからね。
そしてボクはハイダ様と肉体を重ね、何度も何度も膣内射精した。豊満なハイダ様の乳房を掴むと、母乳が噴き出した。悔しいことに、母乳の味はアルクスの子を身籠った時と同じだった。
==用語解説==
■淫獣(いんじゅう)
オオサンショウウオのような姿をした、体長6m前後の巨大生物。人間を丸呑みできるほど大きな口の中には16本の触手があり、10mほどまで伸びる。全身は堅く柔らかく分厚い皮膚で覆われ、刃物も銃弾も通さない。口の中が弱点ではあるが、触手のため、狙っての攻撃は困難。
その巨体に似合わず、本気を出せば時速25kmという高速で走行できる。
触手の先端は男性器のような形をしており、実際、そこから吐き出される白濁液は人間の女を妊娠させる。淫獣に孕まされた仔は、子宮壁に癒着するように成長し、産まれるまで摘出は不可能。また、淫獣に犯された女は男とのセックス程度では絶頂を感じられなくなる。
見た目は爬虫類ないし両生類を彷彿とさせるが体組成は哺乳類に近く、水辺を主な生息地にしている。ある程度の知能(10~12歳の人間程度)を持ち、人間の男女を見分け、男に対しては敵意を見せ、女は捕食して犯す。
主人公の住むウェリス大陸には元々生存せず、エタニア大陸からセレスタ地峡を通ってやってくるらしいが……
■人間
現代の地球の人類とほぼ同じ生物。ただし、妊娠期間は3ヶ月程度。
女に比べて、男は体力や持久力で劣る。平均身長も女の方が高い。女の能力が男に比べて総じて高いのは、子宮壁から分泌される特殊なホルモンの影響による。そのため、女を中心にした社会が構築されており、男は家庭を守る役を担うことが多い。
女は妊娠から数日で母乳を出すようになり、孕ませた男が母乳を飲むと、胸が女のように膨らんでゆく。別の男が飲んでも胸は膨らまない。女が子を産んだ後は、男が赤ん坊に乳を与えて育てる。
一妻多夫制で、1人の女──主姐──に複数の男──従仕──が仕えるのが一般的。




