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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
3章 changer
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滅びの狂宴【2】

青年たちが待つ場所は、戦場と化していた。或いは、魔女の策略だろうか。ヴァレリーたち、坩堝の破壊に向かったものたちを襲った魔物の倍以上の魔物が、坩堝のそこかしこから湧いて出てくる。


「何人かで固まって相手をしろ! 孤立するな!」


先陣をきって飛び出したファブリスが、怪我の後遺症をものともせずに魔物にハンマーを振り下ろす。腐った肉が飛び散り、悪臭が撒き散らされる。

青年も剣を抜き放ち、魔物に剣撃を見舞う。魔物の量に慄いていた騎士たちが、雄叫びをあげ乱戦となった。

セバスチャンは魔物が噴き出す瘴気を嫌ってか、鋭い爪による攻撃と素早い動きで騎士たちのサポートに回っていた。セバスチャンほどの巨体を持つ魔物ではあったが、その動きは愚鈍だ。

たちまち切り崩され、肉片と成り果てていく様に騎士たちの士気があがる。

徐々に晴れていく坩堝の瘴気が、その油断を呼んだ。


地に響く咆哮。横切る黒い影。風圧とともに舞い降りたブラックドラゴンが、数人の騎士を纏めて噛み殺していた。


「ブラックドラゴン!」


青年が叫ぶ。魔物は既に倒されていたが、新たに現れた脅威に騎士たちの陣形が崩れた。


「やめろ! 俺たちは敵じゃない!」


青年の声が届いていないのか、ブラックドラゴンは太い尾を振り上げ、さらに数人の騎士を叩き殺していた。

爛々と輝く紅い瞳が、明らかに正気を失っていると示している。ピィの母竜のように。


「おい、どうすんだ!」


ハンマーに付着した肉片を払い落とし、ファブリスが青年に尋ねる。青年たちの位置は、ブラックドラゴンの間合いには入っていない。だからといって、このまま騎士たちを見殺しにできるはずもない。


「止める」


青年が駆け出す後ろに、ファブリスが追いすがる。


「ファブリス、俺が引き付けるから騎士たちを下がらせるんだ」


「お前一人で大丈夫なのか?」


「かわすだけならな」


そう言って、青年がブラックドラゴンの前に躍り出る。ファブリスは言われた通り、騎士たちに号令を飛ばしていた。怪我をしたものを、まだ動けるもので庇いつつ、騎士たちが後退していく。


「久しぶりだな」


青年がブラックドラゴンを見上げる。ブラックドラゴンは青年を威嚇するように姿勢を低くし、その尾を地面に叩きつける。地面が揺れるが、青年は瞳を逸らさない。


「探してくれていたんだろう?」


青年の瞳が、悲しげに細められる。人の身で生きるにはあまりにも遠い、過去の記憶を手繰るように。


かつて、青年がブラックドラゴンだった頃。側で慈しみ、守り続けてくれていた存在。

左手の指の一本が不自然に欠損しているのが、このブラックドラゴンが「そう」である何よりの証拠だった。


「母さん」


青年の言葉に、ブラックドラゴンが咆哮を響かせる。怒り狂ったただの獣に成り果てた自身の母を、止めなくてはならない。

ブラックドラゴンが巨体からは想像もできない速度で、太い尾を水平に滑らせる。しなやかな鞭のように唸りを上げ、身体ごと回転する。尾は青年を狙い澄ましたものだったが、青年は垂直に飛び上がり尾の一撃を避けた。空中で羽織っていた外套を脱ぎ捨てると、翼を広げ落下速度を緩める。

自在に空を飛ぶには物足りないものだが、スピードを調整するのには充分だった。


「やはり、届かないか……となると、ピィの母親も坩堝に迷い込んだのか……」


冷静に分析していると、ブラックドラゴンの2撃目が襲った。大口を開け、灼熱の炎を吐き出したのだ。

青年は翼を素早く畳むと、頭から地面目掛け急降下した。前転の要領で着地すると、素早く地を駆けブラックドラゴンの背後に回り込む。

それを予測していたのか、ブラックドラゴンが青年を目掛け尾をしならせ垂直に叩き落とした。細かい土が舞い、パラパラと降り注ぐ。青年は立ち昇る土煙の中を突っ切り、ブラックドラゴンの足元へ滑り込んでいた。


「すまない」


短く呟くと、剣を滑らせる。硬い鱗に覆われたブラックドラゴンの表皮を、青年の剣はあっさりと突き破る。右脚の腱を斬られ、ブラックドラゴンが悲鳴に似た鳴き声を上げる。皮膚の間から覗く骨は、青年の剣と同じアイスブルーだった。


痛みからか怒りからか、ブラックドラゴンは地団駄を踏むようにのたうち回る。青年は踏み潰されないように1度距離をとると、尾からブラックドラゴンの背へと駆け上がった。

その首を斬り落とそうと剣を待ちあげた瞬間、いつの間についてきていたのかセバスチャンが青年の襟首を咥え飛び降りた。


「馬鹿者が……!」


アデライドの怒声が響き、ブラックドラゴンを雷撃が襲う。幾度か痙攣すると、ブラックドラゴンが地響きを立てて倒れた。

何事もなく着地したセバスチャンは青年を解放すると、心配そうな顔で佇んでいたヴァレリーの元へ駆けていった。


「ルーさん、ダメだよ。お母さんなんでしょ?」


ヴァレリーが、諭すように言葉を落とす。気絶させる術をもたない青年にとっては、あれが最善だったのだ。


「すまない、助かった……」


青年が目を伏せる。手を掛けずに済んだのだという安堵から。


「間に合ってよかった。ヒーラーの皆さんに怪我人の治癒を頼みました」


「まったく……冷や冷やさせおって。だが、ブラックドラゴンをこのままにはしておけまい。儂とファブリスでブラックドラゴンを見張っていよう。ヴィラエストーリア騎士団は、魔物の残党を任せる」


アデライドが青年を見つめた。


「あぁ……すまない」


「よい。それに、ファブリスも限界であろう」


アデライドがファブリスを見る。額に大粒の汗をかいているのは、戦いの後だからではない。


「お主らだけでは荷が重いやもしれぬが」


アデライドが珍しく、心配そうに言った。


「魔女を倒すことはもちろんできたらいいですが、それよりも先にすることがあります」


オルガが呟く。目的を見失わないように、自身に言い聞かせるように。


「魔女との決着は、俺がつける。ヴァレリーとオルガはエミリアンを」


ここにきて、最早ヴァレリーも反対はしなかった。


「みんな無事で帰る。約束だからね」


ヴァレリーはそれだけ言うと微笑んだ。青年がゆっくりと頷く。


「行きましょう」


オルガの言葉を合図に、青年たちは歩き出した。魔女が待つであろう、坩堝の更に先へと。

3章、終了。

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