グレミア台地遠征軍【1】
グレミア台地への出立の日、ヴィラエストーリア騎士団が整然と王都の西側に整列していた。国民たちへ悟られないよう、日の明けぬうちから行動を開始した騎士団は、隊列を乱すことなく並んでいる。
騎士団の半分近くを割いたというのだから、今回の遠征にかける女王の気迫が伺える。
まだ薄暗い中、簡易的に用意された天幕に青年たちがいた。
「ヴィラエストーリア騎士団長、アッシュ・バーシュです。女王陛下より、恐れ多くも陣頭指揮を仰せつかりました。坩堝の先に、災禍の魔女がいる可能性があるとか」
アッシュは左頬に大きな傷の目立つ大男だった。ファブリスも相当な大柄だが、そのファブリスと比べても遜色がない。背に背負われたバトルアクスを見れば、鎧を脱いでしまえば騎士団長というよりも山賊のようだ。
「女王陛下のご助力に感謝を申し上げます。こちらにいるアデライドとヴァレリー、それにわたくしが坩堝の破壊をする魔術師たちの護衛にまわります。騎士団のみなさんは、坩堝から逃げ出す魔物の討伐をお願いします」
「マルグリット様自らが坩堝の中へ?」
アッシュが驚いたように目を見開く。
「レイダリアの王子、エドワール様も勇猛なお方だったと聞くが……なるほど、妹姫様も負けず劣らずの女傑というわけですな」
「エドワール様とわたくしでは、比べるまでもありません。あなた方が国を、民を守るために戦うように、わたくしも大切な人を守るために戦いたいのです」
「なるほど、我が国の女王陛下が跳ねっ返りなのは、どうやらレイダリアの血筋のようですな。昨夜も、自分も出陣するとききませんでした」
アッシュは苦笑いを浮かべるが、その瞳には父親のような優しさが滲む。アンジェリーヌを本当に慈しみ、見守る様が眼に浮かぶようだ。
「では、そちらのお2人は坩堝の消滅までは我が騎士団の編成に入っていただこうか。あとは、あのグレイウルフもですかな」
「ええ、人の言うことをききますから、それで問題ないです」
「魔物使いがいるわけでもなさそうですが……いやはや、マルグリット様は不思議なお仲間をお持ちですな」
アッシュが微笑む。皮肉ではなく、損得勘定を抜きにして協力しあえる仲間をもつオルガを褒めたのだ。オルガも微笑むと、ゆっくりと頷いた。
「では、進軍を開始します。魔術師たちの馬車の次に、みなさんの馬車を用意しましたが……マルグリット様は別の方がよかったですかな」
「構いませんよ。ヴァレリー、出発前にセバスチャンにご飯をあげましょうか。久しぶりに檻から出られて、拗ねているかも」
「そうね。少し長い滞在だったものね」
「それでは、準備ができましたら使いを出しましょう。グレミア台地へはそうかかりませんが、今のうちにゆっくりお休みください」
アッシュはそう言って天幕を出て行った。
「いよいよか」
ファブリスが目を細める。
「坩堝の破壊など目先の目的にすぎぬ。くれぐれも、無理はするでないぞ」
アデライドがヴァレリーとオルガを見つめる。
「大丈夫、私は一回入ったしね。でも、無理はしない」
ヴァレリーが頷く。
「サポートはします。無事に魔女の元へ行きましょう」
オルガがぎゅっと唇を引き結んだ。
「エミリアンを助け、無事で戻ろう」
青年が言うと、それぞれ頷き合った。目前に迫る決戦に、誰しも緊張の面持ちだ。怪我だけで済むとは限らないだろう。
それでも行かなくてはならない理由が、青年たちにはある。
「行こう」
青年の言葉に、頷きあうと天幕を出た。
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行軍は概ね順調であったと言えるだろう。道中魔物が出ないわけではなかったが、騎士団の圧倒的な物量に通常の魔物に脅かされることはなかった。昼前にはグレミア台地付近の小高い丘へと辿り着いた。騎士団はここで半数が陣を組み、残り半数が魔術師たちや青年たちと坩堝の側まで接近する。
万が一坩堝の破壊も魔物の進行も食い止められなかった場合、丘に陣を組んだ騎士団が食い止めるのだ。
今回の編成に加わった魔術師の数は、実に50人にものぼる。王宮が抱える魔術師だけではなく、滞在していた冒険者にも志願者を募った。万が一街道に現れた合成生物のように魔法しか受け付けない魔物に備えてのことだった。
魔術師も半数を拠点に残し、失敗した場合の保険としていた。他にヒーラーも複数同行していた。
「マルグリット様、どうかお気をつけて」
アッシュが激励の言葉を送る。レイダリアの……いや、クレイアイスが擁する聖女が同道するとあって、騎士たちや魔術師の士気は高かった。オルガの服装は、いつもの冒険者のローブ姿ではなかった。黒を基調とした細身のドレスに、銀色の胸当てをつけ髪は結い上げている。ティアラの代わりに付けられていたのは、アデライドと買ってきたという髪飾りだった。
聖女というよりも、戦乙女と形容すべきだろうか。戦場に似つかわしくないかもしれないが、その姿が益々騎士たちの庇護欲をそそるようだ。
「前進します、坩堝に入れば交戦が予測されます。陣形を崩さず、坩堝の破壊を」
オルガの言葉に、騎士たちを先頭に隊列が進み始めた。
禍々しい瘴気は、ジャレイン諸島のものよりも更に不快に漂っていた。近づき過ぎれば、魔力の素養が少ないものはたちまちのうちに発狂するだろう。
「とまれ、ここより先は危険だ」
アデライドが厳しく言い放つ。坩堝は、最早目と鼻の先だった。
「行ってくるね、ルーさん。セバスチャンも、ルーさんとファブリスさんから離れないでね」
ヴァレリーがセバスチャンの頭を優しく撫でる。青年がヴァレリーのことを抱き締め、すぐに身を離す。
「気をつけろよ」
「うん、大丈夫」
ヴァレリーは微笑むと、オルガを見つめ頷いた。
「では、行きます」
オルガが緊張の面持ちで号令をかける。瘴気の渦巻く坩堝へと、ゆっくり飲み込まれるように進んでいった。




