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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
3章 changer
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極東の姫女王【5】

「グレミア台地が立ち入り禁止って、どういうことだ!」


冒険者たちから怒声が上がる。書類の束を抱えていたギルド職員が、無表情で首を横に振る。


「あそこは既に、坩堝の影響下にあります。詳しい調査を終えるまでは何人も近づけるなとの女王陛下からのご下命です」


「坩堝だ? そんなことを言って、既に依頼を受けちまってる俺たちはどうすりゃいいんだよ!」


「依頼は全面的にキャンセルとなり、違約金はギルドからお支払いいたします」


淡々とされる説明に、冒険者たちの怒りはなかなか治らないようだった。グレミア台地といえば、火山灰で形成された肥沃な大地を求め草食の魔物が繁殖を繰り返す地だ。それを狙う獰猛な魔物も多く生息するが、その種の多様性から様々なマジックアイテムや素材が入手できることで冒険者に人気がある。

ヴィラエストーリアから西へ街道を進めばすぐに行けることもあり、気軽に依頼と補給とをこなせるのも魅力なのだろう。


「坩堝って……やっぱり、アデルが言っていた通り」


ヴァレリーの顔が曇る。青年はヴァレリーの肩を優しく叩き、頷いた。


「戻って報告する必要があるな。他にも情報を集めたかったが……あの様子では無理か」


ギルド職員はまだ他の冒険者に囲まれて対応をしていた。詳しい話を聞こうにも、今は無理だ。


「セバスチャンは後回しにして戻ろう」


青年に促され、ヴァレリーが頷く。

来た道を戻り、子猫の尻尾亭へと戻ってきた。戻ったことをミネルヴァに伝え、青年たちは宿屋の方へ向かった。

アデライドとオルガが休んでいる部屋の前に来ると、ヴァレリーはドアを軽く叩いた。

中から、すぐにオルガの返事が返ってくる。


「おかえりなさい」


オルガがドアを開き、2人を迎え入れる。


「早かったではないか」


アデライドが部屋のテーブルで紅茶を飲んでいた。


「色々あってな」


青年が、アデライドが勧める椅子に腰掛ける。ヴァレリーとオルガは並んでベッドに腰掛けた。


「ファブリスさんの様子はどうでしたか?」


「思ったよりは元気そうだったけど、まだ動けないかな……」


ヴァレリーが答えると、オルガが悲しそうに頷いた。


「その様子では、他に何か問題があったのか」


アデライドが青年を見つめる。


「坩堝の場所がわかった」


「なに……?」


アデライドが確かめるようにヴァレリーに視線を移す。ヴァレリーが同意するように頷くので、アデライドの顔が険しくなった。


「グレミア台地だ。だが、女王の命令で立ち入りが許可されないらしい」


「ほう……小娘が女王と聞いていたが、存外知恵があるようだ」


「ですが、女王陛下に謁見して許可を得る必要ができてしまいましたね……。お会いできるのは早くて3日後なのに」


オルガの言葉にアデライドが頷く。


「急ぐことにかわりはなかろうが、仕方のないこと。儂とお主の体力も戻さねばならぬし、必要な時間だととらえるべきだ」


「そうね……坩堝を破壊するには、アデライドもとても消耗するし……」


「ヴァレリー、お主もまた立ち入るやもしれぬ。万全であっても、恐らく此度は簡単にはいかぬ」


「え、どうして……」


ヴァレリーが慌てて聞き返す。


「先の坩堝に関して言えば、中の魔物は既に解き放たれておった。だが、今回はどうだ? 昨夜の魔物がそうであったとしても、あれ1匹とは考え難い」


「まだ、中にたくさん残っているってこと?」


「そう考えるのが自然であろうよ」


ヴァレリーは震えそうになる身体を抑えながら、俯いた。そうであるなら、果たして本当に坩堝の破壊などできるのだろうか。


「女王陛下にお話しして、協力を要請しましょう」


「そうだな、それしかあるまい」


「オルガがいてよかったな。お前がいなければ、女王に会うことも難しい」


「私はエミリアン様をお助けするために、できる限りのことをします」


オルガが決意のこもった瞳で呟く。


「だから、みなさんも力を貸して」


「オルガ……」


ヴァレリーがオルガを抱きしめる。震えている場合ではなかった。魔女を、坩堝を放置すれば、もっとたくさんの人々が犠牲になる。ヴァレリーはそれを見て知っていたのだ。


「まずは何より休養だ。ヴァレリーも、少し休め」


青年が優しく声をかける。ヴァレリーはゆっくり頷くと、なんとか微笑んだ。


「ルーさんも」


「わかってる」


ヴァレリーの頭をぽんと撫でると、青年が部屋を出て行った。

アデライドが、そんなヴァレリーと青年の様子を見て目を細める。


「ほう。ついに契ったのか」


「まぁ……そうなの、ヴァレリー」


オルガが驚いて目を見開く。ヴァレリーは顔を赤らめ首を横に振る。


「だ、だからまだそういうんじゃ」


「まだ、と」


妖しく笑うアデライドに、ヴァレリーが枕を投げつける。


「違うったら!」


「おお、凶暴だ」


飛んできた枕を避けながら、アデライドが微笑む。


「照れることはなかろう。好いておるのだろう?」


静かに尋ねられ、ヴァレリーがおずおずと頷く。可哀想なほど赤面し、縮こまっている。


「ヴァレリー、ルーさんにはもう伝えたの?」


「う……オルガまで。言ったけど……」


ヴァレリーが困ったように口をつぐむ。


「それじゃあ、絶対に。ルーさんの側から離れたらダメだよ。本当に愛する人を見つけたんだから」


ヴァレリーが驚いて顔をあげる。それは、オルガがヴァレリーのことを忘れる前。庭園で言った言葉とよく似ていた。


「オルガ、ありがとう」


「どうしたの、急に。ヴァレリーは幸せにならなくちゃ」


「オルガもだよ。絶対、エミリアン様を見つけてクレイアイスに帰らないと」


「若いとはよいことだ。儂も出来うる限り助けとなろう」


アデライドが微笑むと、ヴァレリーが悪戯っぽく笑った。


「アデルだってまだまだ美人なんだから、好きな人ができたら教えてよね」


「あ、そうですよ。協力しますよ」


ヴァレリーとオルガに詰め寄られ、アデライドが冷や汗をかく。


「儂はもうよい。だが、そういうものが現れれば、な」


「3人の秘密だね」


ヴァレリーが満足そうに頷く。こうしてわざと明るく振舞っていれば、きっと大丈夫と言い聞かせるように。

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