極東の姫女王【4】
ファブリスの容態が落ち着いたという連絡がきたのは、昼を過ぎてからだった。既に青年とオルガも子猫の尻尾亭に合流し、怪我をしていたセバスチャンは街の魔物預り所に預けてある。
荷物は御者の男が兵士から話を聞き、わざわざ届けに来たため無事だった。
子猫の尻尾亭に宿をとり、白いケットシーにヴィラエストーリアを訪れた理由を説明すると、彼女は協力を快諾した。
「ちょうど3日後、マタタビ酒を届けますのニャ。その時にご案内できますニャ」
「ありがとうございます」
オルガが安堵したように微笑んだ。オルガもアデライドも、疲労の色が濃い。
「2人とも、少し休んだほうがいいよ。ファブリスさんの様子は私が後で見てくるし」
ヴァレリーがオルガとアデライドに進言した。2人は素直に頷くと、 酒場のスペースから出て行った。
3日目までは体調を整えて備えるほか道はない。
「そうだ、ここ最近変わった噂は聞かないか?」
残された青年が、ケットシー……ミネルヴァに尋ねた。
「噂ですニャ? そういえば、珍しい魔物をよく見るようになったとか、そういうものニャら……」
「……他にはないか。特に、客人や妾の類が王宮に迎え入れられたとか」
「聞いたことはないですニャ」
「そうか。もし何か聞いたら教えてくれないか」
「わかりましたニャ」
ミネルヴァは頷くと、仕事に戻っていった。
「ルーさん、ルーさんもしっかり休んだほうがいいよ。私、ちょっとファブリスさんとセバスチャンの様子見に行ってくるけど……」
「いや、俺も」
「ダメだったら。無茶なことしたんだから休んでて」
「だが、アデライドも言っていただろう。例の魔物が、偶然あそこにいたとは思えないと」
青年が心配そうにヴァレリーを見る。お互い頑固なせいで、どちらも譲る気はない。しばらく睨み合った後、ヴァレリーが深い溜息を吐いた。
「じゃあ、疲れたらすぐ休憩だよ」
「わかった」
青年が大人しく頷き、掛けていた椅子から立ち上がる。奥に引っ込んでいたミネルヴァに出かけることを告げると、2人は子猫の尻尾亭を後にした。
「先に治療院に行こう」
南ブロックの端から、第2層のゲートへ続く大通りを歩く。大衆向けの店舗が並ぶ商業ブロックのようで、昼時だからか人々が往来を行き交っていた。冒険者の姿は少なく、ほとんどがこの国の民のようだ。
ゲートに着くと、数人の兵士が入場審査を行っていた。冒険者ならば第2層へは自由に行き来できるという説明を受け、ヴァレリーが安堵する。
「冒険者ギルドが中にあるからな」
青年の言葉に頷くと、手続きを済ませ第2層へ入る。
街の作りは変わらないが、建物の大きさが違う。さすがにギルドや大型の店舗が多いからか、建物自体も大きい造りになっていた。
行き交う人々も、街の住人よりは冒険者や商人風の者が多い。
「治療院はこっちだって」
兵士に道を聞いたヴァレリーが先に立って歩く。綺麗に舗装された石畳を進むと、すぐに治療院に着いた。
中へ入り受付に用件を伝えると、すぐに案内をしてくれた。
治療院は、二階建ての石造りの建物だった。受付のすぐ隣に階段があり、一階の廊下に沿って何部屋か配置されている。壁に掛けられた看板には、「処置室」や「診察室」という字が並んでいた。廊下に配置された長椅子には、診察や治療を待つ人々が座っていた。
「こちらへどうぞ」
案内され、階段を登る。2階も似たような造りになっていたが、ここは入院患者のためのスペースなのか廊下に人はいなかった。
案内された部屋は、ベッドが6床並ぶ部屋だった。窓側のベッドに、ファブリスが横になっていた。
「面会が終わったら、お声をお掛けください」
そう言うと、受付をしてくれた人が出て行った。青年とヴァレリーがファブリスのベッドに近寄ると、上半身を包帯で巻かれたファブリスがうつ伏せで寝かされていた。意識は既に回復していた。
「おう、来てくれたのか」
「気分はどうだ」
「よくはないが、大分マシだ。まあ、慣れてるさ」
ファブリスは笑ってみせるが、その笑顔に覇気はない。それだけ、ファブリスの怪我が重症だったともいえる。
「何か食べたいものとかある?」
「いや、大丈夫だ。1週間は絶食だとよ」
「そうか」
「すまねえなあ。そっちは首尾よくいきそうか……?」
ファブリスが息をつきながら尋ねる。やはりまだ、喋ることにすら体力を使うらしい。
「3日後、女王には会えそうだ。オルガ次第だが」
「それはよかった」
ファブリスは満足そうに頷くと、瞳を閉じた。
「もしも、おれの回復が間に合わなけれは……おいていけよ」
「ああ」
青年が頷く。ヴァレリーが悲しそうにファブリスを見つめる。
「また明日来るね」
「おお、アデライドとオルガにもよろしく言っておいてくれ」
ファブリスはそれだけ言うと、寝息を立て始めた。ファブリスの気力は驚くべきものだが、やはり無理はさせられない。青年とヴァレリーは後ろ髪を引かれる思いで、ファブリスの眠る部屋を後にした。
「セバスチャンの様子をみて、どうしようか……」
ヴァレリーが治療院を出て、青年に尋ねる。
「先に冒険者ギルドへ立ち寄って、噂がないか調べてみよう。合成生物がいたということは、坩堝の線も当たった方が良さそうだ」
「アデルも言っていたわね。やっぱり、坩堝なのかな……」
島ひとつを消し去り、近隣の村を襲った魔物を思い出し、ヴァレリーが顔をしかめる。
「わからない。何か情報があればいいんだが」
「うん……」
通りを歩き、冒険者ギルドを目指す。近づくにつれ、目に見えて冒険者の数が増えていく。それ自体は特に珍しいことではないのだが。
「あれって……」
ヴァレリーが足を止める。
冒険者ギルドの前には、人だかりができていたのだ。




