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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
3章 changer
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極東の姫女王【2】

眠ろうかと準備を進めていた野営地が、騒然となる。

護衛の冒険者たちが悲鳴の方へ駆けつけ、遅れて青年とファブリスも駆けつけた。

冒険者の1人が魔術で明かりを灯すと、暗がりに醜悪な姿を晒す魔物と、それに腹を裂かれ恐らく絶命しているであろうレニーの姿が浮かび上がった。

魔物は奇妙な姿をしていた。色々な魔物を無理やり繋ぎ合わせたかのような、歪に膨らんだ身体。頭部は小型の竜種にも見えるが、その形状はどちらかというと亜人のリザードマンに近い。

身体はボロ布を纏っているが、肩口から覗く太い腕はリザードマンのものではなく、びっしりと体毛の生えた獣のそれだ。


「なんだ、こいつは……」


ファブリスがハンマーを握り呟く。冒険者たちも見たことのない魔物を前に、恐怖か嫌悪か後ずさる。

突如光を向けられた魔物は、レニーの腸を咀嚼することをやめ、顔を上げた。

くぐもった呼吸音を響かせ、魔物が立ち上がる。下半身は馬のように筋肉質で、汗が光に照らされ光っていた。


「合成生物だ。これも坩堝の副産物か……」


いつの間にか来ていたアデライドが、ファブリスの側に立つ。ファブリスは魔物を見据えたまま一歩前に出た。魔物は真っ赤な舌をだらりと下げながら、冒険者たちを見ている。


「おい、ルー。お前は見たことあるか」


「ない。が、これもあいつの仕業か……」


青年が答えると、ファブリスが舌打ちした。


「ど、どうしましょう」


冒険者たちが動揺しつつ、ファブリスに指示を仰ぐ。未知のものへの恐怖でその声や表情に緊張が走る。それでも何人かは戦意を喪失せず、武器を携え構えている。


「御者たちを起こし、出発の準備をさせろ。こいつがどれだけ強いかわからんが、俺たちがこいつの相手をしている間、先に逃げた方がいいだろう」


「誰か、セバスチャンの檻を」


ファブリスと青年の指示に、冒険者たちが徐々に後退していく。アデライドが魔術の明かりを引き継いだ。

低い唸り声を上げ、魔物が地を蹴った。魔物が一足飛びにファブリスの方へ間合いを詰める。太い腕が振り下ろされ、ファブリスのミスリルハンマーが攻撃をいなす。まるで大岩でも殴ったかのような衝撃が、ファブリスの腕を襲う。魔物はすぐに身を翻し、手脚を地につけ唸る。

裂けた口からはレニーの血と混じり合った唾液が滴り、後脚で地を蹴りながら3人を見る。


「なんて力だ!」


ファブリスが冷や汗をかきながら、よろめきそうになる体勢を整え魔物を睨んだ。


「みんな、大丈夫?!」


ヴァレリーとオルガが、セバスチャンを連れてやってきた。魔物とレニーの状態に顔をしかめた。ヴァレリーとオルガが前線に立つ青年とファブリス、セバスチャンに補助の魔術を施す。

セバスチャンが唸り、魔物との間合いを詰める。魔物の動きは素早かったが、セバスチャンの方が紙一重で上回る。魔物の眼前で身を低くすると、頭上を飛び越え背後に回る。大口を開け、魔物の肩口に噛みつき、セバスチャンが悲痛な鳴き声を上げ飛び退いた。


「セバスチャン!」


ヴァレリーの声が響く。アデライドが目を凝らし、その顔を歪める。


「あんなもの、いつ生えた……?」


魔物の両肩にいつの間にか鋭い突起が生まれていた。それがセバスチャンの上あごを突き破ったのだ。セバスチャンはオルガの元に駆け戻った。オルガがセバスチャンの喉を撫で、治癒の魔術を施していく。


「うかつに近寄るでない。他にどんな隠し球があるやもわからぬ」


「だが、やるしかない」


青年が魔物の側面から回り込む。魔物が素早く反応し、青年の剣を片手で受け止める。その後頭部に、静かに近づいたファブリスがハンマーを振り下ろした。いかにリザードマンの鱗といえ、ミスリルハンマーでならばその頭部を粉々に砕けるはずだった。

だが、鈍い音がするのみで、魔物が倒れる気配すらない。それどころか、青年の剣を受け止めたまま、長い舌を巧みに動かし青年の方に伸ばしてくる。


「離れるぞ!」


青年とファブリスが間合いを取ると、魔物はまたその場に立ち尽くし値踏みするように見回している。


「おい、どうなってんだ!」


ファブリスが誰ともなく叫ぶ。


「身体強化の魔術を施されておるのか?わからぬ……」


アデライドが困惑したように呟く。


「もう一度だ!」


ファブリスが青年に声をかけ、青年が頷く。青年が初撃、脇腹を狙い剣を滑らせる。滑らかな動きで剣が滑り、魔物の腹を捉える。同時にファブリスのハンマーが、魔物の背骨の辺りを打ち据えた。

だが、それもまた無意味だった。魔物の脇腹を、剣が引き裂くことは出来ず、青年を魔物が振り払う。派手に飛ばされ、近くの茂みに青年の姿が消える。ファブリスの攻撃は大振りゆえ、その状況に即座に反応することができなかった。

カッと魔物の口が開かれ、肩越しにファブリスの方を向く。その口から、人の顔ほどもある巨大な火の玉が吐き出された。


「ぬう……?!」


ハンマーから手を離し、身をよじるようにして避ける。だが、火の玉がファブリスの背を焼いた。


「ファブリス!」


アデライドの声が響く。すぐさまアデライドが呪文を唱えると、魔物の四肢を拘束する氷の牢獄が出来上がった。練り上げた高純度の魔力が、魔物が暴れることすら許さずに捉える。


「大丈夫ですか?!」


セバスチャンの治癒を終えたオルガが駆け寄る。ファブリスの背は酷い有様だった。


「立てるか?」


茂みから戻った青年が、ファブリスの顔を覗き込む。脂汗をかきながら、ファブリスはなんとか頷いた。常人であれば気絶していてもおかしくはない火傷と、炭化し骨が見えかけた背中にオルガは青い顔をしている。それでもなんとかファブリスを助け起こすと、アデライドの側まで後退した。

ファブリスをオルガに任せると、青年が立ち上がる。


「あれはどれくらいもつんだ」


「わからぬ。だが、そう長いことは無理だ」


檻の中で怒りの咆哮をあげ、暴れる魔物を見やる。青年が舌打ちし、ヴァレリーを見つめた。


「あの檻が壊されたら、俺が斬り込む。アデライドと一緒に、魔術を叩き込むんだ」


「そんなことしたら……ルーさんまで」


「俺は大丈夫だ。人間の姿だが、そこまで軟弱な作りにはなっていない。竜の鱗は炎をある程度防ぐことができる」


「ヴァレリー、お主も魔術師であるならばあの魔物に流れる歪な魔力がわかろう。このまま捨て置くことはできぬ」


青年とアデライドが説得する。


「それに、これ以上あれを野放しにすることもできないだろう。ファブリスまで倒れた。現状直接攻撃に効果がない以上、こうするしかない」


徐々にヒビの入っていく檻を見つめ、青年が呟いた。ヴァレリーが瞳に涙を溜め、震える腕を持ち上げる。ぎゅっと青年を抱きしめると、小さく頷きすぐに離れた。


「もうもたんぞ」


アデライドが呟き、すぐに魔力を練り始める。青年が飛び出し、檻が壊れた瞬間に肉薄する。ヴァレリーも魔物を見据え、今ヴァレリーが撃つことのできる最大の魔術を組み上げていく。


「火竜の……吐息!」


「炎よ、我が前の敵を燃やし尽くせ!」


ヴァレリーとアデライドの炎が、魔物と青年とを包む。その悲鳴がどちらのものなのか……轟々と燃える炎を、ヴァレリーは震えながら見ていた。

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