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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
3章 changer
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極東の姫女王【1】

ヴィラエストーリア有数の港町であるゲーシュカは、ルクディアックに負けず劣らず栄えていた。活気のある港は、漁師たちが休憩なのか談笑し、通りはその日水揚げされた魚介類や、交易で仕入れた野菜や果物、様々な日用品を売る市で賑わっていた。

ルクディアック程ではないにしても冒険者の姿が散見され、ここが旅の足がかりとして重要な拠点なのだと理解できる。

青年たちが乗ってきた船はルクディアック同様にアノルーたちに任せ、すぐにヴィラエストーリアの王都ヴィレスへの馬車を探した。ゲーシュカからヴィレスへは、馬車で2日ほどの距離だ。


「セバスチャンは檻に入ってもらうことになるか……」


ファブリスが呟く。ゲーシュカからヴィレスまでの道程を、セバスチャンだけ走らせるわけにもいかない。他の冒険者や旅人の目があるからだ。

セバスチャン本人もそれを理解しているのか、檻に入ることに特に抵抗はしなかった。


「立派なグレイウルフだなあ、生け捕りにしたのかい?」


御者の男が声をかけてくるのを適当にかわし、青年たちは馬車に乗り込んだ。

5台の馬車と、その他に荷物を王都へ運ぶ荷馬車が5台。それに、護衛の冒険者たちという編成だ。

冒険者の何人かはファブリスのことを知っていたようだ。ファブリスが「誰だったかなあ」と首を捻っていたところを見ると、あまり名の通っていない冒険者たちなのかもしれない。


「あんたらもヴィレスへ?」


乗り合わせた別の冒険者に、そう声をかけられたのは、馬車が進み出してすぐだった。

青年たちの他に馬車に乗っていたのは3人で、1人は声をかけてきた冒険者、あとの2人は商人なのだという。


「あんた、あのファブリスだろう? 聞いたか?」


レニーと名乗った冒険者は、ファブリスに親しげに話しかけてくる。


「ヴィレスへ続くこの街道だが、荷馬車を護衛する冒険者の数が多いだろう? なんでも、この辺りは最近魔物の動きが活発で、姫女王さまがお好きな紅茶を護衛するための特別な編成なんだとさ」


「魔物が、ねえ。最近その手の噂はよく聞くな」


「そうだろ? 妙だよなあ」


レニーが首をひねりながら肩をすくめた。当然だが、彼らは魔女の存在に至ってはいない。


「しかし、万が一魔物に襲われても、あんたがいれば安心だな。なんせ、あのファブリスだ。なんでも、レイダリアではマルグリット王女を護衛する騎士に任命されてたって話じゃないか」


「いや、あれはまぁ行き掛かり上な」


ファブリスが答えると、レニーは羨望の眼差しでファブリスを見つめた。


「レイダリアから直接の依頼がくることも増えるかもしれねえよなあ。あ、そういえばそっちはあんたの仲間かい?」


レニーが青年たちに人のいい笑顔を向ける。


「あぁ、そうだが」


「へえ! べっぴんさんばっかだな。そっちの兄さんもいい男だし。あんたとパーティを組むんだ、みんな実力があるんだろうなあ。そっちの人はエルフかい」


「なんだ、やかましいやつだ。儂がエルフであることに問題があるのか?」


アデライドが不機嫌そうに言い放つが、レニーが気にした様子はない。


「えっと、私とオルガはまだ駆け出しの冒険者で……」


ヴァレリーがアデライドからレニーの矛先を変えるべく、レニーに話しかけた。レニーの表情がヴァレリーとオルガに注がれる。


「お嬢ちゃんたち、ついてるねえ。ファブリスっていやあ、冒険者の間では伝説みたいなもんだ。みんなの憧れなんだぜ?」


「そ、そうなんですか……」


得意げに話すレニーに相槌を打ちつつ、ヴァレリーが苦笑いを浮かべた。


「まあ、いいじゃないか。俺の話はどうでも」


ファブリスがこの話は終わりだと言いたげに腕を振る。レニーはまだ話したそうだったが、そこで馬車が停止した。


「みなさん、今日の野営地になります」


御者が声をかけてきた。お喋りに興じている間に、辺りは薄暗くなり始めていた。何度も馬車が野営をしてきた場所なのか、街道から少し逸れた場所に焚き火の跡や轍が残っている。

見張りは護衛の冒険者たちが行うので、ここで貸し出されている天幕を張って休むのだ。


夕食は各自の持ち寄りのはずだったのだが、ヴァレリーが冒険者への炊き出しを提案すると、結局全員分作ることになった。材料は持ち寄ったものを使うことにすると、商人の何人かが野菜や果物、魔術で凍らせた肉を提供してくれた。

手の空いている冒険者や馬車の客も手伝い、賑やかな準備が始まった。


「ファブリスさん、そんなに皮を厚く切ったら食べるところが……あっ、ルーさん、お塩振りすぎ!」


ヴァレリーが忙しなく巡回して回り、色々手ほどきをしている。ファブリスは難しい顔をしながら野菜の皮を剥き、青年は肉に下味をつける。

オルガや他の女性陣は皿を用意したり葉野菜を千切ったりしていた。


「うまいなあ」


誰ともなく声が上がる。出来上がったスープとサラダ、そして香辛料を贅沢に使った肉。出来上がったものを頬張って、みんなが笑顔だった。


「みんなで食べるとおいしいね」


ヴァレリーが満足げに笑う。冒険者たちも代わる代わるやってきては、喜んで食べているようだった。

日が傾き、銘々好きなように時間をつぶし始めても、和やかな空気が流れていた。夜も更け、ちらほらと天幕へ人々が戻り始めた時だ。

闇夜に、誰かの悲鳴が響いた。

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