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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
3章 changer
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竜の恋歌

東の大陸ヴィラエストへ行くには、ルクディアックから海岸線に沿って船で進み、補給を繰り返す必要がある。

日数にして一ヶ月ほどかかるが、それでも小型の船が選ぶ航路としては一番まともで安全なものだ。

レイダリアのあるエルサントル大陸とヴィラエスト大陸は、その先端が北へ向かうにつれ近づいている。商船や大型の高速船のような性能がない船は、このルートを選ぶほかない。


「あと数日で、ヴィラエスト大陸の端が見えてくるニャ」


アノルーが海図を広げて説明した。

ヴィラエスト大陸の先端と、エルサントル大陸の先端はおぼろげだが肉眼で確認することができる。

ヴィラエスト大陸で最も栄える王国、大陸の名にもなっているヴィラエストーリア。齢15の年若い女王が治めている王国だ。

エルサントル大陸の国々とも友好関係にある国で、レイダリアとも血縁関係にある。


「ヴィラエストーリアの女王陛下は、お名前をアンジェリーヌ・ロゼ・ヴィラエストーリアといいます」


オルガが補足するように言った。

既に、青年たちはオルガから結婚式の夜に何が起こったのかは聞いていた。魔女の行った非道に、銘々が怒りや悲しみを露わにした。


「先日の婚礼にもお越しいただいて、それはお可愛らしい女王陛下でした。なんでも、国では姫女王さまと民に親しまれておられるとか」


「しかし、なんでまたその姫女王さんの国に魔女は潜伏しているんだ?」


「わかりません。東の大陸に隠れ家がある、と言っていました」


ファブリスの言葉に、オルガは首を横に振る。


「でも……魔女は何故クレイアイス王室に入り込んでいたのかしら」


ヴァレリーが疑問を口にする。ジェイン王子の愛妾として潜り込むメリットが見つからなかったのだ。


「推測だが、オルガの話を聞いた限りでは女神キルギスの加護を持つものに手出しができないようだが。あいつは、女神の寵愛を受けているものを根絶するつもりなんじゃないのか」


「ルーさんも、そうお思いですか?」


オルガが複雑そうな顔をして微笑んだ。


「前にお話ししましたよね。女神キルギスの加護は、レイダリアから他国に嫁ぐ姫へとなされると。姫女王……アンジェリーヌ女王陛下の母君は、我が父ユークリッドの妹君なのです」


「じゃあ、アンジェリーヌ様はオルガの従姉妹?」


「そうなるわ、ヴァレリー」


「だが、それと女神の加護の関係は?」


青年が先を促すと、オルガはゆっくりと頷いた。


「レイダリアの血と加護を途切れさせぬための儀式は、母から娘へと血を通して受け継がれます。母が死ねば、その加護は娘へと。アンジェリーヌ様は、まさにそのいい例です」


「お母さんが亡くなったら、加護を受けるのは娘なの?じゃあ、アンジェリーヌ様のお母様は……」


ヴァレリーが顔をしかめる。オルガも悲しげに頷くと、吐息を零す。


「元々お身体が強くなかったのもあるけれど。アンジェリーヌ様をお産みになってすぐ、亡くなられたの。私とアンジェリーヌ様。女神キルギスの加護を残すのは、今は私たちだけ」


「魔女の目的が女神キルギスの加護を潰えさせることなら、それはまずいんじゃないか?」


ファブリスが目を細める。魔物にオルガやアンジェリーヌを殺すことは出来ずとも、人間には可能だ。

ジェインのように魔女が誰かを甘言で惑わし、アンジェリーヌを暗殺することを目論むとも限らない。


「エミリアン様を攫ったのは、私を呼び寄せる他に私とあの方が子をなすのを恐れたからでしょう。アンジェリーヌ様が危ないのは事実です。情報もないですし、まずはアンジェリーヌ様の元へ行くのがいいと思うのですが……」


「それがいいであろうな。儂も出来うる限りは助力しよう」


「アデライド、もういいのか?」


船室に入ってきたアデライドに、ファブリスが声をかけた。森や土と共に生きるエルフにとって、長い航海は堪えるらしい。顔色があまり良くなかったが、アデライドは頷いた。


「アデライドさん、あなたにも色々とご迷惑をお掛けしてしまって……」


「よい、儂にも魔女に会う理由がある。そういえば、お主には話していなかったか」


アデライドはオルガにも、以前ヴァレリーに話して聞かせたことを打ち明けた。


「城の図書館で、おとぎ話として読みました。本当の話だったのですね」


「ふむ、やはり王族の所有する書物には残っておったか。だが、これでお主が気に病む必要はないとわかったであろう。それに、愛し子を傷つけられただけではなく、儂自身にも戦う理由がある」


アデライドが自身の腕が無い方の袖を捲る。


「これこそ、儂と奴との遺恨よ。ルーがその身に呪いを受けたように、奴の気まぐれで滅ぼされかけたかつてのクレイアイスを守った代償が、これだ」


「憎々しげに呟くアデライドの肩を、ファブリスが優しく叩く。


「ふん、お主に気遣われる程耄碌してはおらぬよ」


「そいつはすまなかったな」


ファブリスは軽い口調で応じているが、それによってアデライドの表情が幾分和らいだ。


「じゃあ、方針は決まりそうだな。女王アンジェリーヌの身を守ることと、エミリアンの行方を探すこと……か」


青年が静かに呟く。少しずつではあるが、青年が長い時間探してきた魔女への手掛かりが、今集まろうとしていた。


「必ず、助けようね」


ヴァレリーが唇を引き結ぶ。オルガもそれに頷くと、短剣を握った。


「なにはともあれ、だ。俺も最後まで付き合おうじゃないか」


ファブリスが豪快に笑う。


「なんせ、俺はオルガの騎士団長様だからな」


ファブリスが器用にウインクしてみせると、オルガの表情が少し和らいだ。ファブリスは、いつだって仲間たちの気持ちが楽になるように振舞っている。


「ニャニャ! ボクたちはお供できませんが、気をつけてほしいニャ! あ、でもボクもお手伝いはできるとおもうニャ!」


話を聞いていたアノルーが、ごそごそと荷物を探り一枚の紙を取り出した。


「ヴィラエストーリア王都の南ブロックに、子猫の尻尾亭という宿屋があるニャ。そこはボクの愛しのハニーが営業していて、これを見せれば色々力になってくれるはずニャ」


紙はアノルーたちケットシーの言葉で何かを書いてあった。ご丁寧に肉球で拇印を押してあるところを見ると、ケットシーの世界では正式な書類なのだろう。


「彼女はボクが卸すハチミツ酒をお城に届ける下請けもやってるニャ〜。だから、門番さんに顔がきくニャ。きっと旦那や姐御たちの役に立つのニャ」


「ありがとう、アノルー」


オルガがアノルーをぎゅっと抱きしめる。アノルーは満更でもない様子で喉を鳴らす。


「あとは、オルガちゃんはお姫様だからお偉い人に会えれば女王様に会えるはずニャ」


「本当に、アノルーって顔が広いのね」


ヴァレリーが思わず笑みをこぼす。


「こやつは儲け話に目がないだけだ。ケットシーの王国で女王の怒りをかってな。追放され、後ろ盾がない故」


「あー、酷いニャ姐御!それは内緒の話ニャ!」


「ほう?儂は最近耳が遠くていかんな。女王エリザベス・ミュウと結婚しておるのに、ハニーとやらに色目をつかって追い出されたんだったかのう」


「ニャニャニャ! ち、違うのニャ!」


アノルーが慌てて言い訳をする。


「さっき耄碌してないとか言ってなかったか」


ファブリスが笑いを堪えて尋ねると、アデライドが優雅に微笑んで見せた。


「なに、聞こえんなあ」


「おお、怖い怖い。俺はお前だけは怒らせないようにしとくよ」


ファブリスが肩を竦めて苦笑いを浮かべる。哀れなアノルーに心の中でエールを送ると、ゆっくりと身体を伸ばした。


「さて、あと数日で領内だって話だし俺は少し休むぞ。夕食になったら呼んでくれ」


「儂も本調子ではない故休ませてもらおうか。アノルー、さぼるでないぞ」


ファブリスに続き、アデライドも船室を後にした。


「じゃあ、ボクも航路の確認に戻るニャ……」


すっかり意気消沈したアノルーが、海図を引っ掴み出て行った。

3人を見送ると、青年がヴァレリーとオルガを見つめる。


「お前たちも今のうちに休んでおいたほうがいい。特にオルガ。殆ど眠っていないだろう」


「……そうですね。そうさせてもらいます」


オルガの様子は、再会した日よりは幾分良くなっていた。顔色も良くなっていたし、無理はしていない。だが、やはり夜になると眠れないのか時折すすり泣きが聞こえたりもしていた。


「今日の夕飯はスープとお魚にするよ」


ヴァレリーの言葉に笑顔で頷くと、オルガも部屋を出て行った。


「ヴァレリーも休んだらどうだ」


「私は夕飯の仕込みもあるし、大丈夫かな。ルーさんもたまにはゆっくり眠ったらいいのに」


「俺は見張りもあるしな。それより、この前熱を出して倒れたんだ。休める時に休んだほうがいい」


「えっ、いや……」


ヴァレリーの頬が朱に染まる。熱でぼんやりとして、大胆な行動に出たことを思い出した。


「……ルーさん、は。その、私がくっついたりしても……動じないよね」


モジモジと呟くヴァレリーを、青年が不思議そうに見る。


「人間は動揺するものなのか? すまない、よくわからないんだ」


「うん、知ってる……。前に言ったこと、覚えてる?」


「ヴァレリーは、俺を」


「うん、好きだって言った。人間はね、好きな人とくっつくと凄くドキドキして、心臓が破裂しそうになるんだよ。ルーさんは、そうはならないのかなって」


「さぁ、どうかな……ただ、あの時……」


青年が目を細め、ヴァレリーを見つめる。


「あの時?」


「お前が倒れた時。俺は多分、怖かった」


青年の告白に、ヴァレリーは驚きを隠せず目を見開いた。


「お前が言った、好きという感情はわからない。だが、俺は……俺は、お前のことを特別だと思う」


青年の悩み抜いての答えに、ヴァレリーの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

青年が狼狽してヴァレリーの顔を覗き込む。


「どうした? 変なことを言ったか?」


おろおろと心配する青年を見て、ヴァレリーは涙を拭いながら微笑んだ。


「違うよ、もう……。嬉し涙だよ、知らないの? 」


「人間は難しいな」


青年が首をかしげる。


「ねえ、少しは期待していいのかな。ルーさんの特別って、そういうことだよね?」


「ん……まぁ……いや、ちょっと待て。前にも言ったが、人と竜がそういう関係になった例はないし、俺は……」


「わかってる。竜の姿に戻りたいんだよね。それでも、ルーさんがそう思ってくれるなら、私はそれでいいの」


青年に抱きつきながら、ヴァレリーは微笑んだ。元々覚悟していた恋だった。

想いが通じただけでも、ヴァレリーは満足だと言いたげに。


「後悔しても知らないぞ」


「ルーさんもね。私、先に死んじゃうんだよ?」


青年はヴァレリーを抱き返しながら頷いた。人の生は、青年たち竜から見れば驚くほど儚く短い。それでも、一度芽吹いた気持ちに見切りをつけられるほど、その想いは軽いものではなかったのだ。

それでも、この一時だけは。互いの種族を越え、想いを共有するように。お互いの身体を抱きしめ、青年は温かい、と思ったのだ。

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