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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
2章 les derniers adieux
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慈雨【1】

【慈雨】




ルクディアックから街道を東へ進むと、衛星都市ティリス。北東へ向かえば王都ガレイアだった。

青年とヴァレリーは、王都ガレイアへ向け白い街道を歩んでいた。

側ではピィがセバスチャンの揺れる尻尾にじゃれつき、忙しなく翼を動かしながら飛んでいた。

セバスチャンはたまに相手をしてやりながらも心配そうにヴァレリーの様子をうかがっている。


ルクディアックを出てから2日。

王都ガレイアまでの最短ルートとはいえ徒歩での移動には時間がかかる。その間、ヴァレリーは終始元気がなかった。


「大丈夫か」


青年が声をかける。


「大丈夫……」


答える声に元気はなかったが、それでも2日前よりは幾分良かった。

少しでもオルガの元へ近づいているという事実が、ヴァレリーの心を少しだけ軽くしていた。

それでも焦る気持ちもあるようで、口数は少なかった。


「よし、休憩にしよう」


見かねた青年が声をかける。荷馬車は置いてきてしまったから、最低限の荷物での移動だった。

当然食事も携帯食料と、セバスチャン頼みになる。


「雨が降るのかも」


唐突にヴァレリーが空を見上げた。湿った風が吹き、黒雲が流れていく。

昼前だとういうのに、あっという間に辺りが薄暗くなり、雨の匂いと共に大粒の雨が降った。雷鳴が轟き、驚いたピィが震えながらヴァレリーの胸に飛び込む。


「どうしよう!」


雨音に掻き消されないように、ヴァレリーが声を張り上げる。辺りは草原で、雨を凌げる場所はない。


「困ったな」


青年が唸る。青年や魔物であるセバスチャン、ピィは問題ないが、ヴァレリーをこの雨の中長時間置いておけば風邪を引きかねなかった。

おまけに、近くの村までどう頑張ってもあと3時間はかかる。


「とりあえずこれを着るんだ」


青年は荷物から雨具を取り出すと、ヴァレリーを頭からすっぽりと覆った。


「行こう」


休憩を取りやめ、とにかく村までの距離をつめようと歩き出す。

雨は止むどころか益々強さを増し、視界が悪い。

気温もぐっと落ち、次第にヴァレリーの歩く速度が落ち始めた。


「おい……」


青年の声がヴァレリーに届いたのかはわからないが、彼女の身体がぐらりと傾いだ。青年が抱きとめると、腕の中でヴァレリーが震えている。


「ヴァレリー!」


冷たい雨がヴァレリーの体温を奪い、青白い顔で震えている。

セバスチャンが大きな顔を突き出しヴァレリーの上に覆いかぶさるが、それでも激しい雨の前には無意味だ。

青年はどうすべきか必死に頭を巡らせた。このままにしておけば、ヴァレリーの身が危ない。

顔を上げ、セバスチャンの背にヴァレリーを乗せて走らせようかと考えていた時だった。


「セバスチャン!」


青年の視線の向こう。雨で霞む視界に目を凝らすと、黒い影が舞い降りた。

咆哮。雨粒すら避けるのではないかと錯覚するそれを、青年はよく知っていた。


「何故……」


思わず口をついて出た言葉に、青年自身も驚いていた。あまりにも勇壮で雄々しい身体つき。それこそ、青年が焦がれ戻りたいと願ったものに他ならない。

ブラックドラゴンと人間が呼ぶその生き物は、静かに青年たちを見下ろしていた。


「ピィ!」


ヴァレリーの側から、ピィが羽ばたく。懐かしむように、心待ちにしたように。


「よせ! くそっ! セバスチャン、ヴァレリーを頼んだ」


青年がピィを追うと、目の前に降り立ったブラックドラゴンを見上げた。

何故止めるのかと不思議そうなピィを捕まえると、ブラックドラゴンの目が細められた。

青年と同じ、エメラルドの双眸が。次の瞬間には紅く染まった。


「セバスチャン、走れ!」


青年はセバスチャンの背にヴァレリーを乗せ、背を叩いた。セバスチャンはすぐさま駆け出す。

ブラックドラゴンが一歩踏み出すと、地が揺れた。


「ピィ!」


ピィの悲しげな声が響く。


「無駄だ、様子がおかしい」


「ピィ、ピィ!」


必死に何かを呼びかけるピィなどいないものであるかのように、ブラックドラゴンの咆哮が響いた。

ブラックドラゴンは大きく息を吸い込み、小さい家ならば一飲みにしかねない口を開いた。

ブレスと呼ばれるそれは、性質は魔術と似ている。

成体のブラックドラゴンほどの魔物になれば、吐き出されるブレスが炎だけとは限らない。

青年はブラックドラゴンの側面に回り込むと、背後を確認した。

吐き出された炎が地面を舐め、蒸発した水分が煙のように靄をつくった。


「ピィの親じゃないのか!」


青年が声を上げる。ブラックドラゴンは聞こえていないのか、丸太よりも太い尾をしならせ振り下ろした。

ピィを抱いたまま尾の攻撃を避けると、平原から入り込んだ泥が跳ね上がる。

街道の石畳が軋み、まるで悲鳴を上げているかのようだった。


「この……!」


青年が諦めたように剣に腕をのばした時だった。


「……爆ぜろ!」


気を失い、セバスチャンに避難させていたはずのヴァレリーの声が響いた。

ヴァレリーの魔術が、ブラックドラゴンの口内で爆発する。

黒煙を上げながら、ブラックドラゴンの巨体がゆっくり倒れた。

凄まじい音を立て倒れると、僅かに呼吸音を響かせ気絶した。


「ヴァレリー」


「ごめんなさい、心配で……」


弱々しく微笑むと、ヴァレリーもまたふらりとその場に倒れこんだ。セバスチャンがその身を支える。


「ピィ!」


ピィがブラックドラゴンに縋り付き、身体を擦り寄せながら鳴いていた。

雨は、いつの間にか止んでいた。


「何故無理ばかりするんだ……」


思っていた以上に情けない声が出て、青年は自嘲気味に笑った。

ヴァレリーの額に手を当てると、熱を帯びていた。


「休もう」


セバスチャンの頭をひと撫でし、ブラックドラゴンの側へ移動する。

熱が出始めたヴァレリーのために、火を用意しなくてはならなかった。

ピィがこの様子ではここを動くことはできないし、青年は結局休憩の準備を始めた。


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