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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
2章 les derniers adieux
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新天地へ【2】

数日後、青年たちはレイダリアへと戻ってきた。ここから更に南下し、一先ずシャガールの情勢を確認することにした。

必要なものを買い足し、冒険者ギルドに立ち寄ってエドワールに簡単な連絡をとった。

ディディエの裏にいると思われる何者かに関して、まだ何もわかってはいないようだった。

青年たちは魔女の手掛かりを求めジャレイン諸島へ向かうことを告げ、何かあればまた連絡することにした。


シャガールまでは、街道をまっすぐ南下していくことになる。途中衛星都市ティリスを経由し、その先は何日かかけて小さな村を幾つか通り過ぎ、東西に横切る川へと到達する。

川幅は広く、馬車が4台は並んで走れそうな石造りの橋を渡ると、川の向こうはシャガールの領域だった。


「シャガールに入る前に一度休憩しよう」


石橋から数キロ手前で青年が声を掛けた。

幸いなことに、レイダリア国内の街道は弱い魔物は立ち入れない。

街や白い街道に魔物使いが魔物を連れ歩く際は、結界を中和する特殊な首輪をつける。

セバスチャンはそれがなくても街道であれば大丈夫なようだが、ピィには首輪がつけられていた。


「身軽に動くために、荷馬車は置いていったほうが良くないか?」


ファブリスが提案すると、青年が首を横に振る。


「向こうがどうなっているかわからないし、村が壊滅していれば補給もできない。荷馬車は引いていくべきだろうな」


「しかし、この車輪では砂は厳しいだろうなぁ」


ファブリスが唸る。

少し相談したのち、数日分の水をセバスチャンの背に括り付け、食料は青年とファブリスで持てるだけ持つことで決着がついた。


この辺りはシャガールが近いこともあり、レイダリアと比べると既にかなりの暑さだった。

休憩を終え、石造りの橋を渡り終える頃にはそう歩いていないのに驚くほどの暑さに変わっていた。


金属鎧に身を包んでいたファブリスは、鎧を捨てざるを得ない。

不気味なほど静かな砂漠をひたすらに歩いていると、日が暮れはじめた。


「……早すぎないか」


日暮れまではまだ、数時間の余裕があるはずだった。不審に思い空を見上げると、その異様さにそこにいた全てが一瞬言葉を失った。


「あれは……ワイバーンか?」


ファブリスが驚きの声を上げる。

黒い翼の群れが空を覆い、北へ向けて羽ばたいているのだ。


「いや、違うな。あれはヴィーヴルだ。後ろ足がないだろう」


アデライドの説明する、冷静な声が。

クサリヘビのような身体をした無数の竜が飛び去る様は、異様な光景だ。


「あれを見て!」


ヴァレリーが鋭い声を上げる。

震える手で指差した方を見ると、地平の彼方に黒煙が立ち上っていた。


「すぐに行こう」


ヴィーヴルの群れが向かった先が気になりはしたが、徒歩で追いつくことは困難だった。

黒煙をあげる方角に向かうことで何かがわかればと、青年たちは足を早めた。


黒煙の正体は、すぐに知れた。

規模で言えば30人ほどだろうか。小さな村がそこにはあった。

だが、10軒ほどの家はどれも破壊され、炎が燻っていた。


「誰か……いませんか!」


ヴァレリーが気丈にも村の中へ駆けていく。

青年たちも後を追うと、あちこちで人が倒れているのを目にした。

どの村人もひどい火傷や、腕を噛みちぎられているもの、瓦礫の下敷きになっているものなど。

一目で既に事切れているのがわかる有様だった。


「みんな、こっちに来て!」


ヴァレリーの逼迫した声が響く。

ヴァレリーの腕に、酷い怪我だがかろうじて息のある村人が抱かれていた。

まだ、年端もいかぬ少女だった。


「どうしよう……血が止まらないの……」


自身の洋服が血に染まることも厭わず、ヴァレリーが悲しげに瞳を揺らした。

虚ろな目で虚空を見つめる少女は、誰の目にも見ても手遅れだ。


「少し見せてみろ」


アデライドが側に寄り、少女の具合を確かめる。やがて顔を伏せると、ゆっくりと首を横に振った。


「そんな……」


ヴァレリーの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

すると、腕の中の少女が僅かに震えた。


「おかあ、さん……?」


ヴァレリーがはっとして辺りを見回すと、側に少女と似た面差しの女性が倒れていた。

だが、女性の腰から下がない。

ヴァレリーは唇を噛み締めると、少女の手を取った。


「大丈夫よ」


震えないように必死に声に力を込めると、少女の虚ろだった表情が僅かに和らいだ。


「あぁ、よかった……お母さん、無事、で……」


少女はそれだけ言うと、まるで糸が切れた人形のように身体から力が抜けた。

事切れたのだとわかると、ヴァレリーは少女の身体を抱き締めて静かに泣いた。

もう少し早ければ。そんな言葉が頭をよぎる。


「さっきの魔物どもか……」


ファブリスが苦々しい顔で呟く。

青年もまた顔色を曇らせると、静かに村の中を見渡した。

まるで地獄のような光景だった。本当にこれが魔女の仕業であるとすれば。

ふつふつと燃える仄暗い怒りの感情に、奥歯を噛みしめる。


「せめて弔ってやろう。あと数時間で日暮れだ」


ファブリスの言葉に今は。言葉少なに村人を弔う他ないのだった。


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