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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
2章 les derniers adieux
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隠者と猫耳

エルフの美女は、アデライドと名乗った。


「何故お前がここにいるんだ」


青年の言葉に、アデライドはくつくつと笑う。

その様が恐ろしく妖魅で様になっていて、騎士達の中に何人か惚けているものもいる。


「つれないな、ルーよ。儂とお主の仲ではないか。遠見の術をしておったら、お主らが立ち往生しているのがわかったのでな。ちと、様子を見に来てやったというに」


物憂げに言ってのけるアデライドに、青年は盛大な溜息をついた。


「それはすまなかったな。だが、お前も呪いを通して見ていたならわかるだろう。魔物の動きがおかしい。こっちは怪我人もいるんだが」


「なに、造作もない。門を造ってあるからな。ただし、行き先は儂の家だ。その後は援軍を呼ぶなり好きにするがいいだろう」


アデライドの言葉に、ファブリスが目を見開く。


「門とは、転移門のことか?」


「ほう、小童。中々聡い。如何にも、ここよりお主らを飛ばすことが出来る転移門だ」


「いや、だがあれは、維持するのに何十人もの魔術師が必要だと聞いたが」


ファブリスの言葉に、アデライドは愉快そうに笑った。


「人の身に宿せる魔力など、たかが知れておる。何より、我らエルフは精霊の加護により、お主らが扱える魔術よりもより綿密で無駄のないモノを行使することが出来る。そこな娘」


事態を不安げに見ていたヴァレリーを目ざとく見つけ、アデライドが手招きした。


「あ、はい……」


恐る恐る返事を返すと、アデライドは豊満な胸を誇るように張り、不敵に微笑んだ。


「お主の潜在能力は人間のうちでもずば抜けておる。そこにおる魔術師共よりもな。だが、儂の内に眠る魔力は、お主らが束になっても赤子を捻るより容易く転がすことができる。つまり、人の子と儂らエルフとでは、それだけの差があるということだよ」


「御託はいい、それなら早く門を開け」


青年が言うと、アデライドは大仰に溜息を吐きながら左腕を掲げた。

ただ、それだけの動作で、アデライドの背後に「揺らぎ」が現れた。


「さ、早く通るがよい。これでも意外と疲れるからな」


促され、ファブリスが騎士達に進むように促す。オルガとエミリアンは、アデライドに馬車は置いていけと言われ後に続いた。

最後に青年とファブリスが門を通り、アデライドが続く。


景色が白濁し、脳味噌をかき回されるような不快感に、青年が顔をしかめた。


のしかかるような不快感が過ぎ去ると、視界が徐々に変わっていった。

鮮やかな緑。

確かに、もう洞窟の中ではなかった。


「どこだ、ここ」


ファブリスが頭を振りながら呟く。

見れば、転移門の副作用か、何人かの騎士が吐いたり呻いたりしていた。

ヴァレリーや魔術師たちがなんでもないという顔で立っていることから、魔術の素養がないものは少なからず副作用が出るようだった。


「ここは隠者の森だ」


アデライドの代わりに青年が答えた。


「おいおい、本当かよ……」


ファブリスが辺りを見回す。清浄な空気が流れる、静かな森だ。


「ここは儂の結界が生きておるから、魔物は入って来んさ。さあ、クレイアイス王城と連絡をとるのだろう?さすがに儂の家に全員は入らぬからな。何人かだけ来るがいい、あとで外で待つものには野営用の道具を届けさせる」


アデライドの案内で、遠くに見える小屋へ向かったのは青年とヴァレリー、オルガとエミリアンだった。ピィは大人しくオルガの腕に抱かれている。

ファブリスはまだ吐いている騎士の面倒を見るために、セバスチャンとその場に残った。


アデライドの小屋は、小綺麗に片付いていた。

見たこともないような色の液体や、不思議な光を放つ植物。

怪しげなマジックアイテムが調度品のように置かれていることを除けば、普通の家だった。


「さて、そこな王子。奥の部屋で儂と国元へ連絡を。お主らは適当に寛いでいるがいい。今、茶を持って来させよう」


アデライドはエミリアンを連れ、部屋を出て行く。


「アデライドさん……って、不思議な人ね」


ヴァレリーが呟く。どこか悲しそうに。


「こんなところで隠遁と暮らしているあたり、変人だ」


青年の言葉にヴァレリーが困ったように笑う。


「でも、どういう関係なの?知り合い、だよね?」


「あぁ、あいつは……」


青年が言葉を続けようとすると、ガチャガチャと食器の音を響かせて1匹の猫が入ってきた。

ただし、背丈は人間の子供ほどあり、茶色いブーツを履いている。


「まぁ、ケットシー?」


オルガの顔色が明るくなる。

世界のどこかにあるという、妖精の国に住むケットシー。

子供たちの間でも人気のおとぎ話だ。


「おやあ、旦那。可愛らしいお嬢さん方をお連れですニャア?確か前にお会いした頃は、お一人だったニャア」


「おい、なんでお前がいるんだ」


「ニャア、姐さんに呼ばれたニャア!ボクは何でも屋だからニャア、客人が来るから用立てしろと言われたのニャ」


猫は誇らしげに胸を張る。

ヒゲがピクピクと動いて可愛らしい。


「ねえ、猫さん。姐さんって、アデライドさんのこと?」


「ボクのことはアルノーと呼んでほしいニャ!いかにも、姐さんはかの高名な、隠者アデライド様ニャ」


「隠者様が、あの方なんですか……」


オルガが驚いてアルノーを見る。


「私、てっきりしわくちゃのおじいちゃんを想像してたわ」


ヴァレリーの言葉に、オルガも苦笑いを浮かべる。


「言っておくが、本人の前では言うなよ」


青年の言葉に、アルノーが震えながら頷いていた。




+++++++




クレイアイスとの連絡を無事に終えたエミリアンは、なんとか迎えの兵を寄越してもらえることになったと説明した。

外では、アルノーが用立てたというテントで騎士達が交代で休んでいるようだった。


「それで、どうしてわざわざ出張ってきた?」


アデライドの私室に呼ばれた青年が、静かに尋ねる。

アデライドは微笑むと、青年を値踏みするように眺めた。


「魔女の居所を探していただろう」


アデライドの言葉に、青年の顔つきが変わる。


「シャガールの更に南の大洋に、諸島からなる小さな島国があるのは知っているか?」


「ああ、ジャレイン諸島か」


「そうだ。今回の魔物の生態系の変化、当然儂も魔女の関与を疑ってな。遠見の術では遠すぎるゆえ、使い魔を飛ばした」


アデライドはそこで言葉を切り、デスクに乗っていた布の掛かった鳥籠を手繰り寄せた。


「見ろ」


布が取り払われると、そこには翼を引き裂かれた生き物が横たわっていた。

竜とも少し違う、だが鱗の生えた生き物だ。


「こやつはジャレイン諸島で消息を絶ち、強制的に呼び戻すとこうなっていた。断片的にしかわからぬが、どうやら魔物の発生はここからのようだな」


「ジャレイン諸島か……少し遠いな」


「儂も同行するゆえ、少しは距離も稼げよう。それより、魔女の関与に関してはわからなかったが」


「確かめるだけはタダだ。それに、時間はたっぷりある」


青年の言葉に、アデライドは満足げに微笑んだ。


「お主、変わったの」


アデライドの言い方に、青年は何が、と言おうとしてやめた。

今まで、仲間というものを意図的に作らないようにしてきた。

それが、ヴァレリーと出会ったことでこんなにも沢山の人間と関わることになるとは、青年自身思わなかったことだ。


「そうかもな」


ぶっきらぼうに言い捨てると、青年の心がざわりと鳴った。

アデライドはそんな青年の様子を、これまた満足そうに眺めるのだった。

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