婚礼式典【2】
「皆のもの、此度はマルグリットの婚礼のためよく来てくれた。皆も知っている通り、我が国の姫はその神秘性を保つため、普段は社交界に顔を出すことは許されぬ。此度は急なことだが、ここにいるクレイアイスの王子、エミリアン殿と皆の前で挨拶をしたいという。マルグリット」
ユークリッドが声を掛けると、オルガが優雅にドレスの裾を摘みお辞儀をした。
その所作に、ホールに感嘆の吐息が漏れる。
「皆様、国王陛下より発言のお許しを頂きました。わたくしがレイダリア王女、マルグリットです。若輩ですが、レイダリアとクレイアイスの平和の礎のひとつとして、わたくしも皆様のお力となれることを誇りに思っております」
淀みのない口調で落とされる言葉に、ホールに集う貴族たちからは割れんばかりの拍手が巻き起こる。
それを眺めていた宰相リレウスが、静かにするように手で制した。
「静粛に。お前たち、こっちへ」
リレウスが青年たちを促し、青年たちはマルグリットよりも一段低い位置へと案内される。
何事かと貴族たちがどよめく中、リレウスは顔色を変えず手元の資料に視線を落とした。
「ここに控えるはマルグリット王女殿下の近衛騎士団長、ファブリス。そして、部下のルーとヴァレリーだ。エミリアン王子とマルグリット様の護衛を務め、クレイアイスまでその身辺警護を担当する」
「謹んで承ります」
ファブリスが答えると、リレウスが頷き青年とヴァレリーに目配せし脇へ戻った。
リレウスは満足そうに頷くと、ユークリッドに視線を戻した。
「ふむ。では皆のもの、今宵は楽しまれよ」
ユークリッドの言葉に、楽隊が音楽を奏でる。
貴族たちは銘々ホールのあちこちで噂話を始めたり、目通りが叶う貴族はさっそくエミリアンやオルガにパイプを作るべく挨拶に進み出たりしていた。
「さて、俺は正式に国王陛下からの命令で騎士団長なんて肩書きを受け入れちまったからな。姫さんの側を離れるわけにはいかん。お前らは適当に楽しんでこいよ」
「え、でも」
ヴァレリーが戸惑ったように笑う。
「私こういう雰囲気なれなくって」
「そんなの俺もそうだ」
ファブリスが憮然として答える。
そんなことを話していると、すぐ側で立ち話をしていた1人の貴族が擦り寄ってきた。
「君、魔術学校でオルガ……いや、マルグリット様と仲が良かったヴァレリーだよね?」
「え?」
声の主に首を傾げて振り向くと、ヴァレリーの通っていた魔術学校の同じクラスにいた、マイトという名の青年だった。
貴族としての歴史が浅い家庭で、いわゆる成金貴族と他の貴族に馬鹿にされていたが、彼自身は明るく優しい人物だ。
「わ、久しぶりねえ」
ヴァレリーが答えると、マイトは安堵したかのように微笑んだ。
「ああ、やっぱりヴァレリーだ。びっくりしたよ、いつからマルグリット様の護衛なんて」
「うーん、色々あって。ビックリしたよね?」
「みんな驚いてるよ!今頃、マルグリット様に意地悪をしていた連中は生きた心地がしないんじゃないのかなあ」
マイトが「ちょっといい気味だ」と言いながら、オルガの方を見るように促すと、先程ヴァレリーに話しかけてきた少女たちがかわいそうなほど焦燥した顔でオルガに話しかけているところだった。
「あーあ、やめておけばいいのに」
マイトが肩をすくめる。
あれでは、彼女たちと王女との間に何かあったと言っているようなものだ。
「オルガなら、怒ってないけど」
ヴァレリーが言うと、マイトは微笑んだ。
「うん、マルグリット様はそうでも他の連中は違うだろうね。まぁ僕も僕の父も気安く上流階級に溶け込めるような身分じゃないから詳しくないけど、多分エドワール様なんかは妹君をとても溺愛されてるってきくし、これを知ったら怒ると思うよ」
「う、うーん。じゃああんまりきついお仕置きはしないでって言っておくわね……」
引きつった笑みを浮かべながらヴァレリーが答えると、マイトが驚いたように目を見開いた。
「驚いた!君はどんな風に生きてたら、エドワール様とまでそんな風にお知り合いになれたんだい」
「本当に色々あったの。それより、マイトもお友達と一緒だったんでしょう?貴族には社交界も大事な場だと聞いたよ。いいの?」
「うん、まぁそうなんだけど。僕としてはヴァレリーともう少し話してたいというか……」
急に歯切れが悪くなるマイトに首を傾げつつ、ヴァレリーはちらりと青年の方を見た。
「ん、友人と話があるなら行ってくればいい」
青年の言葉に、ヴァレリーの胸がチクリと痛んだ。
まるで鉛でも詰められたかのように、途端に胸が重くなる。
そんなことを知る由もないマイトは、瞳を輝かせた。
「うわー、あなたは話がわかりますね!ほら、ヴァレリー踊ろうよ」
「え、でも!私ダンスなんて踊れないよ!」
「大丈夫大丈夫、僕がちゃんとリードするから!」
無邪気に笑いながらヴァレリーの腕を取り、ホールの中央で踊る一団の中へとさっさと進んでいってしまう。
その背を見送りながら、ファブリスが何か言いたげに目を細めた。
「何だ、その顔は」
「いやな、そういえば昨日のデートはどうだったのかと思ってよ」
「デート?」
青年が眉根を寄せる。
ファブリスは溜息を零すと、乱暴に禿頭を掻いた。
「男と女がふたりっきりで街をぶらついたんなら、デートだろ。んで、昨日どうなったんだよ」
青年が首を傾げながら昨日の顛末を報告すると、ファブリスは哀れみのこもった目でヴァレリーが去った方を見つめた。
「だから何なんだ」
「いや、ヴァレリーも不遇だなと思ってな。お前は女心ってもんがわかってねえなあ」
「……どういうことだ」
「なんでもねーよ。後でヴァレリーが戻ってきたら、テラスでゆっくり話でも聞いてやんな。オルガの結婚だなんだで、あのお嬢ちゃんも色々心配事がたまってるだろ」
「ああ、わかった」
青年が頷くと、ファブリスは満足したように頷いた。
青年はただただ、ファブリスが言う意味がわからず首を捻っていたのだが。




