婚礼式典【1】
考えられる贅の限りを尽くし、銘々に着飾った紳士淑女たち。
散りばめられた宝石が室内の明かりに反射し、キラキラと輝きを放つ。
王城のホールでは、そうして華やかな宴が儀式の日まで連日行われる。
全ては、王女マルグリットの婚礼を祝ってのものだ。
今まで限られたものにしかその姿を見せることを許されなかった王女が、初めて公の場に姿を現わすとあってホールは賑やかだった。
「なんであなたが、ここにいるのかしら」
そうヴァレリーに声を掛けたのは、昨日ヴァレリーをからかった少女たちだった。
美しく着飾ったヴァレリーを見て、侮蔑の表情を隠そうともせず冷たく言葉を落とす。
ヴァレリーはどう答えたものかと暫し悩み、曖昧に微笑んで見せた。
「ちょっと、エドワール様に呼ばれて……」
「なんですって? 嘘も大概になさいよ。エドワール様は時期国王候補とも言われるお方よ? それがあなたみたいな貧乏人に、何を頼むというのかしら! もしかして、オルガも来ているんじゃないでしょうね」
容赦なく叩きつけられる言葉に顔を顰めつつ、ヴァレリーはやはり笑うしかなかった。
「おい、何をしてるんだ」
唐突に掛けられた声に、ヴァレリーも少女たちも声の方に視線を移す。
そこには、ここにいる紳士たちが身に付ける衣装に遜色ない服装をした、青年が立っていた。
「ル、ルー様?! 何故あなたまで?」
動揺した少女たちが、互いに顔を見合わせる。
「色々あってな。それよりヴァレリー、そろそろ時間だそうだ。エドワールが、後で呼ぶと言っていた」
青年の言葉に、少女たちが悔しそうに顔を歪める。
少女たちが認めようが認めまいが、ヴァレリーとエドワールが知り合いだということを理解させられる。
そうしていると、ユークリッドが深く腰掛ける玉座の側で、宰相リレウスが楽隊に合図を送った。
高らかなラッパの音がホールに響くと、それまで騒ついていた人々がホールの入り口を注視した。
「王女マルグリット様」
リレウスの言葉に、扉に控えていた騎士が2人。
仰々しい手付きで扉を開く。
貴族たちの息を飲む音が、ホールに響いた。
糸のように繊細な銀色の髪を柔らかに結い上げ、その頂には金色に輝くティアラが載せられていた。
透けるように白い肌は、纏うドレスの薄桃色に溶けそうなほど、王女の儚さを際立たせている。
側に立つエミリアンも美しい顔立ちをしていたが、王女マルグリットの美しさはホールの貴族たちの心を捉えるにはあまりあるものだった。
「マルグリットよ、こちらへ」
ユークリッドの言葉に、オルガが柔らかな笑みを浮かべる。
エミリアンに伴われながらユークリッドの前に進み出ると、ユークリッドは満足そうに頷いた。
ヴァレリーの側でその様子を見ていた少女たちは、声にならない悲鳴を飲み込んでいる。
それは、彼女たちのよく知る「オルガ」に他ならないのだから。
過去に魔術学校で彼女たちが行ってきた侮辱やいじめを思い出し、真っ青な顔をして口元を覆っている。
「まさか……こんなこと」
「そうよ、ありえない! 騙していたの?!」
負け惜しみとも言える少女たちの言葉に、ヴァレリーは困ったように笑う。
「国王陛下とオルガ……いいえ、王女マルグリット様の約束で、ご自分の力で課題をこなすという理由があったの。だから、身分を隠していただけよ」
「そんな……まさか、あなたまで王家の人間なんてこと」
「ないわ、安心して。私はオルガの手伝いをしていた、ただの宿屋の娘よ」
ヴァレリーがにっこりと笑うのを、少女たちは泣きそうな顔で見ている。
自分たちがしていたほんのお遊びのつもりのいじめが、国王の怒りにでも触れたらと恐れているのだ。
実際、ヴァレリーたちが通っていた魔術学校は貴族の娘や息子が多く在籍する。
当然、オルガと仲良くしていた生徒もいれば彼女たちのようにからかったりいじめていたものたちもいる。
そして、そのどちらの生徒も今日の舞踏会に多く招待されていた。
「オルガは告げ口なんてしないわよ。他の人は知らないけど」
ヴァレリーが言うと、ついに少女たちは足早に去って行ってしまった。
その後ろ姿を悲しそうに見送ると、ヴァレリーは青年に向き直った。
「行っちゃった」
「なんだ、あいつら」
青年が首をかしげる様を見て、ヴァレリーが微笑んだ。
「因果が巡っただけ。ルーさんって、たまに鈍いよね」
「鈍い? そうかな」
心外そうな青年に、ヴァレリーはくすくすと笑い声をあげると、遠くから歩いてきたファブリスに手を振った。
「おう、ここにいたか」
レイダリア近衛騎士団の鎧に、マントには大きく王女マルグリットの紋章が刻まれた姿は立派な騎士に見えた。
「俺も鎧でよかったんだが」
青年が心底不服そうに自身の衣装を見る。
「ま、若いもんはそういう格好のほうがいいだろう」
「フン、俺はこういうのは好きじゃない」
「諦めろって。さあ、王女様のご口上がそろそろ始まるから、俺たちは側に控えているようにだとよ」
ファブリスに促され、人波をかき分け玉座に近づく。
ちょうど、オルガがユークリッドとの話を終えホールに集う貴族たちの方を見たところだった。




