始まりの言葉【2】
半ば追い出される形で屋敷を出た青年とヴァレリーは、暮れ行く城下町を眺めながら歩いていた。
家々からは夕食のいい香りが漂い、道行く人々はどこか幸せそうな笑顔を浮かべている。
市場の方まで足を運ぶと、出店の料理を楽しむ者たちで賑わっていた。
「すごい人ね!」
ヴァレリーが驚きの声をあげる。
元々冒険者で賑うガレイアだが、いつにも増して人が多かった。
「わぁ、あのお店は何かしら」
ヴァレリーが指差した先には黒い衣装に身を包み、大きな口髭を生やした褐色の肌の男がいた。
男が焼いているのは豚肉を串に刺してタレで味付けしたものだ。
「南方の郷土料理だな」
青年が言うと、ヴァレリーは納得したように頷いた。
そうして当て所なく歩いていると、目の前から2人連れの少女たちが歩いてきた。
身なりが小綺麗な彼女たちは、下町の人間からは浮いていたがヴァレリーを見つけると親しげな様子で近寄ってきた。
「あら、ヴァレリー。ご機嫌よう。今日はオルガは一緒ではないの?」
少女のうち1人が声をかける。
「ええ、ちょっと家の用事で」
「あら、そうなの。それで、そちらの方は?」
少女たちが青年に視線を送る。
彼女たちの頬が朱に染まったのは、夕焼けだけのせいではないだろう。
「あ……ルーさんっていって、冒険者さんなの」
「まぁ、素敵。逞しいのね、ヴァレリーの彼氏……ではないわよね」
少女たちの言葉に、一瞬だけ侮蔑の色が混じる。
ヴァレリーは苦笑いを浮かべながら、首を横に振りかけた。
「……いや、そうだが」
ヴァレリーの細い腕を引き寄せ、青年が静かに口にする。
少女たちは一瞬ぽかんと口を開け、すぐに笑顔を引きつらせた。
「そ、そう。素敵な方とお付き合いできてよかったわね、ヴァレリー!」
捨て台詞のように吐き捨て、少女たちはすぐに人ごみに去っていった。
青年はそれを見送りながら、肩を竦める。
「すまない、あいつらがお前を馬鹿にしているようだったから」
言いながらヴァレリーに視線を戻すと、腕の中で耳まで赤くしたまま固まっているヴァレリーの視線とかち合った。
「ヴァレリー?」
目の前でヒラヒラと手を振ると、ヴァレリーが我に返ったように瞬きをした。
震える手で青年の胸を押し返すと、くるりと背を向けて顔を覆う。
「お、おい」
ヴァレリーの反応に戸惑いながら肩に手を置くと、ヴァレリーの肩がびくりと痙攣した。
「あ、あの……わかってる!でも、その……」
言葉にならないのか、ヴァレリーはそれきり黙り込んだ。
青年は暫く困ったように静止していたが、ややあって口を開いた。
「帰ろうか」
青年の言葉に、ヴァレリーはやっとの思いで頷くことしかできなかった。
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屋敷に帰り着き、ヴァレリーは心配する青年をなんとか言いくるめて一人きりで納屋へ来ていた。
ヴァレリーの様子に、大人しく身体を横たえていたセバスチャンが何事かと顔を上げる。
その首筋の毛に顔を埋めると、ヴァレリーは物憂げな吐息を零した。
「わかってるの。ルーさんは私を助けるつもりでああ言ったって」
ヴァレリーの声は悲しいほどに震えていた。
「でも、おかしいよね。ああ言われて初めて自分の気持ちに気がついて、ルーさんは私の事を好きなわけじゃないのに」
ヴァレリーが鼻をすする音に、セバスチャンも鼻を悲しげに鳴らした。
ヴァレリーは涙の滲む顔を上げ、セバスチャンの毛を優しく撫でた。
「ありがとう。オルガが言っていたの。自分の愛する人を見つけて、そして離れないでって」
ヴァレリーは1度大きく息を吸うと、決意したように微笑んだ。
「オルガは、わかってたのね。オルガも戦ってる。だから、私もこの気持ちは捨てない」
ゆっくりと立ち上がったヴァレリーを見つめ、セバスチャンが鼻先を擦り付けた。
「セバスチャンは優しいね。ごめんね、メソメソして。もう大丈夫だよ」
優しく頭を撫でてやると、ヴァレリーはもう一度微笑んだ。
自身の胸に広がる言葉に、胸が痛くなることもあるだろう。
それでも、ヴァレリーはこの気持ちを捨て去ることはないと誓った。




