不穏な噂【2】
「まぁ必要ないかもしれんが、一通りエドワールには報告するべきだろうな」
「そうだな……」
青年が頷く。
そうして買い物の続きをしていると、2人は街中が賑わっているのに気がついた。
「なんだ?祭りでもあるのか?」
ファブリスが様子を伺っていると、市場や商店の軒先などに花々が飾られているのが目に入った。
寒い地方でも咲く純白の花で、日の光と相まって美しく輝いていた。
昨夜のように雨が降ることは少ないが、雪に覆われるこの街の近くでも咲くことが出来る儚くも美しい花。
この花は、この国で何か祝い事があればこうして飾られるのだという。
「あぁ……オルガの婚約の件だろう」
青年が無感動に呟くと、ファブリスが納得したように頷いた。
「正式に王宮から発表があったか……ということは、話がまとまったんだろうな」
ファブリスが頭を掻く。
知っているものの婚姻なだけに、なんとも複雑なのだろう。
「だが、街の人間にはさっきの噂話は伝わっていないのかねえ」
「いや、恐らく伝わっていたとしても、対岸の火事か目の前の祝い事に浮かれているか……」
「両方かもしれんなあ」
ファブリスが溜息を零す。
誰もが、当たり前の平穏が壊されることを危惧などしていない。
冒険者ですらそうなのだから、民にそれを求めるのは間違いだろう。
青年たちは何か不気味な……言い知れぬ予感のようなものを感じながら、エドワールが待つ屋敷へと戻っていった。
+++++++
レイダリア王家から他国に姫を嫁がせる際、姫は特別な祝福を受ける。
かつてレイダリア王国を興した始祖の妻とも言われる、女神キルギスの加護を与えられる。
それは、レイダリア王国の永久の繁栄と一族の血を絶やさぬものとして。
そして、王都の護りをより堅牢なものとする一種の柱だ。
祝福を受けた姫自身も加護を受け弱い魔物であれば退ける、一種の神性を持つことになる。
そして自らの子らへと受け継がれていき、永劫レイダリアを守る柱になるというものだ。
当然、人の身にそのような加護を授ければ、代償がないわけではない。
ある姫は視力を失い、ある姫は美しい声を失ったという。
そして、ある者はその命を。
買い物から戻った青年とファブリスは、屋敷の広間でその話をオルガ聞かされたのだ。
青年は、まるで呪いのようだと思った。
永劫に続く呪縛の鎖。
繁栄の影に、一体何人の姫が泣きながらその生を嘆いたことか。
「だからか、国王がお前を女王に据えることに反対しなかったのは」
「……そうですね、多分そうなのだと思います」
オルガが微笑む。
もしかすると、オルガにとってそれは些細な問題なのかもしれない。
愛する国や、民や、友人たちが傷つくよりは。




