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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
2章 les derniers adieux
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不穏な噂【1】

エドワールからの依頼を受け、青年とファブリスは旅の支度を整えるために街へ繰り出していた。

冒険者ギルドや武器屋、道具屋を巡るうちに、他の冒険者たちの間である噂を耳にした。


「南方で魔物が狂暴化していないか?」


「俺は砂漠の国シャガールで、見たこともない翼竜を見た」


「なんでも、結界を破られて被害が出た村もあるらしい」


冒険者たちの間でだけだが、何度もこの噂話が付き纏っていた。

いずれも、南方にあるシャガールという砂漠とオアシスの国での話だ。


この国は、便宜上国と形容されているが実態は砂漠を支配するシャガールという民族だ。

広大な砂漠に点在するオアシスには無数の集落があるのだが、彼らは砂漠を放浪しながら危険な魔物の討伐を行い、外界との国交を繋ぎながら村を守る。


その何れもが武闘派で知られ、独特の文化を形成している。

国外との交渉に使われる形式上の都も存在するが、普段そこに長がいることはないのだという。


孤高にして誇り高い民族。

それがシャガールの民たちだ。


青年とファブリスは難しい顔で互いの顔を見合わせた。


「どこもこの噂で持ちきりだな」


「どう思う?」


青年がファブリスに尋ねる。

今のところ噂によるとシャガールの魔物が狂暴化し、幾つかの村が実際に結界を破壊され襲われているらしい。

これが事実ならば、他の地域の魔物が狂暴化していないとも限らない。


「狂暴化ねえ……まぁ、俺も長く冒険者をやっているからな。そういう例を見なかったわけじゃないが……」


ファブリスが考え込むように頭を掻き毟る。


「魔物には縄張りがしっかりとあって、棲み分けがされているはずだ」


青年が呟くと、ファブリスも神妙な面持ちで頷く。


「もしも噂が事実なら、魔物の生態系に何かしらの変化が起こったことになるだろう。だがなあ……」


「短期間で起こるはずがない」


青年が静かに言葉を落とす。

魔物にも生息地や食物連鎖が存在する。

通常それは人間たちも含め均衡を保っている。

この噂の真偽は別として、その均衡が崩れる要因は多くはない。


「小国同士の小競り合い如きで、魔物の生態系に影響があるとも思えんしな。俺が幾つか見た例だが……」


ファブリスが言いかけるのを遮るようにして、青年が口を挟む。


「魔術師か。それも高位の」


「ううむ……まぁ、過去にはそういう事もあった」


ファブリスが頷くと、青年も顎に手を当てて考えるような素振りを見せた。


「……だが、生態系に影響を与えるような魔術か」


「俺はそこまでのものは目にしたことはねえな。精々が、数頭の魔物を狂暴化させ、襲わせる程度だ」


魔術は術者の素養によって扱えるものが変わる。

魔術は7つの属性に大別することができる。

まず、5大元素とも言われる、火、水、土、風、空。

そして、その枠からはみ出した光と闇。


扱うものの体内に宿る素養によって、扱える魔術の属性がまずは決まる。

中でも特殊なのは光と闇で、前者は主に治癒の奇跡を起こすことが出来、医療機関や教会といった場で働くことも多い。

冒険者としての位置付けは、オルガがそうであるようにヒーラーとなる。


反対に闇の魔術は、相手の精神に作用し幻覚や精神の破壊などの効果を与える魔術がその代表だろう。

より高位の魔術師になれば、一度に効果を与えられる数は当然増える。

だが、闇の素養を持つものは人間ではあまりに少ない。


「魔族か」


ファブリスがぽつりと呟く。


魔族とは、人よりも永い時を生きることができ、強靭な身体能力と高い魔力、そして冷酷さと美しさを併せ持つ種族だ。

殆どが人間と交流を持つことはなく、また人間に対して興味もないことから普段は大きな問題に発展することはない。


だが、中には人間の欲に興味を持ち、人間に干渉するものもいる。


「どうかな……」


青年が曖昧に答える。

ファブリスは青年の表情に、眉根を寄せて詰め寄った。


「お前、心当たりがあるんじゃないか?」


「話していなかったか?」


「何をだ」


青年は頷くと、声を一際落とした。


「俺はある目的があって、災禍の魔女を探している」


「あの、おとぎ話のか?いや、実在するのかも知れねえが、その類の噂は眉唾だと思っていたが」


「……まぁ、ここ何百年も魔女を見たというものはいないしな」


「俺は自分で見たものしか信じない主義なんだが……まぁ、お前が言うなら、いるんだろう」


あっさりと頷くファブリスを見て、青年は拍子抜けしたように彼を見上げた。


「なんだその顔は。変なこと言ったか?」


「いや、いい」


青年は僅かに微笑んだ。

ファブリスは豪快に笑うと、青年の背を乱暴に叩いた。


「そんな顔もできるんじゃねえか。そんで?お前はその災禍の魔女が怪しいと」


「奴ならやりかねん」


「ほほう。ルーは魔女に会ったことがあるのか」


ファブリスの顔が愉快そうに歪んだ。


「……ああ。だから、人間に興味のない魔族の仕業より、魔女の仕業と思う方が俺にはしっくりくる」


「なるほどな。だが、そうする理由はなんだ?」


「さあな……」


青年は小さく首を横に振った。

ファブリスはどこか含みを感じないわけではなかったが、あえて何も聞かずに肩を竦めた。

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