貴族会議【2】
エドワールに充てがわれた屋敷には、立派な庭があった。
オルガは一人、庭園を歩いていた。
美しく整えられた花壇を見ながら、オルガはぼんやりとしていた。
エミリアンへの恋心を自覚してはいたが、それを表に出すこともまた、今のオルガの立場では難しい。
レイダリアにとって、オルガとエミリアンとの結婚のメリットがないのであれば、この気持ちもまた捨て去らなければならないのだから。
「オルガ?」
掛けられた声に振り返ると、ヴァレリーが立っていた。
「どうしたの?なんだか辛そう」
ヴァレリーが心配そうに近寄ってくる。
オルガは微笑むと、首を横に振った。
「大丈夫よ、ヴァレリー」
「嘘つき。大丈夫って顔してないよ」
ヴァレリーが少しだけ声をきつくする。
「うん、嘘。でも、仕方ないことだから」
寂しそうに呟くオルガの頬に、ヴァレリーの手が添えられる。
「やっぱり、結婚が嫌なの?そうなのね?だって、そうよね……オルガは政略結婚が嫌で、陛下から課題の条件を受けたのに」
ヴァレリーが心配そうにオルガの顔を覗き込む。
だが、オルガは首を横に振る。
「違うのよ、ヴァレリー。そうじゃないの。エミリアン様との婚礼に不満はないの」
「え?じゃあどうして……」
言いかけて、ヴァレリーがはっとした。
「まさか、オルガはエミリアン様のことを?」
頬を桜色に染めるオルガに、ヴァレリーは嬉しそうに笑った。
「やっぱり!そうなのね、よかった!私はてっきり、嫌な結婚を押し付けられてオルガが悩んでいるんじゃないかって、ずっと心配だったの」
「まぁ、ヴァレリー……」
オルガが驚いて目を見開く。
そこまでヴァレリーに心配をかけていたとは思いもよらなかったのだ。
「でも、それならどうしてあんな顔をしていたの?」
ヴァレリーがふと疑問を口にする。
「それは……」
思わず言い淀む。
手放しで喜んでしまえるのならどんなによかったか。
喉元まで出掛かった言葉を飲み込み、オルガは微笑んだ。
「例え両思いだったとしてもね、ヴァレリー。今、とても情勢は不安定なの。私が自分個人の感情を差し挟んでいいことではないのよ」
オルガの言うことは頭では理解できても、ヴァレリーにとって納得のいかないものだった。
「そんなのおかしいよ」
「うん、おかしいよね。わかってる。でも、貴族会議の決定には従わないと。私のワガママで、戦争を起こすわけにはいかないもの」
「エミリアン様も同じ意見なの?」
「……ヴァレリー、私たち王族はこの生き方以外は許されない」
それが、オルガの答えだった。
例えエミリアンがオルガを愛していたとしても、貴族会議が決裂したり、レイダリアの他の令嬢を妃に出した場合はそれに従う。
それはとても悲しいことのように思えた。
「ヴァレリー、あなたは見つけてね」
唐突にオルガが言った。
「あなたの本当に愛する人。見つけて、そして離れないで。あなたはどこへでもいけるのだから」
そう呟くオルガがとても寂しそうで、ヴァレリーは思わず彼女を抱きしめていた。
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日が暮れてから降り出した雨は止むことはなく、夜明けが近づいても激しく窓を雨粒が叩いていた。
外套についた雨粒を払いながら、エドワールが屋敷へ戻ってきた。
「遅かったな」
既に起きていたのか、青年とホールで鉢合わせる。
青年の手には、湯気が立ち上るカップが握られていた。
「ああ、なんとか話が纏まってね……」
疲れ切ったようにエドワールが呟く。
リレウスの姿が見えないことから、細かい話し合いはまだ済んでいないのだろう。
「……オルガは?」
青年が尋ねる。
エドワールは力なく笑うと、髪から滴る水滴を乱暴に拭った。
「正式にエミリアン王子との婚礼が決まったよ。ルードの身柄確保の件や、マルグリットの安全確保の件を引き合いに出されてね。予測はしていたが、何よりエミリアン王子がいたくマルグリットを気に入っている様子で、頑として譲らなかった」
「そうか。アイツは受け入れたんだろう」
「あの子は聡い子だ。それこそ、私のように直情型の人間ではない。賢く冷静に物事を考えることができる。女王になったとしてもやっていけるだけの素養がある。勿体無いよ」
エドワールが残念そうに呟く。
その瞳には悲しみすら見え隠れする。
「誰しも自分の天秤は傾けることは難しい。オルガにはそれができた。それだけのことだ。アイツは受け入れて、そして戦う度胸のあるヤツだ」
「……そうだね。マルグリットは強い。私や君よりもずっとね」
エドワールはやっと肩の力を抜いて微笑んだ。
「そうだ、約束通りレイダリアへの同行をお願いするよ。今、リレウス宰相が具体的な日取りや規模を煮詰めているところだ。あとは細かい条件もだが、これは君たちに報告する必要はないね。一応国家機密だ。また長旅になるが、明日一日は準備にあててくれ。それと、レイダリアに戻ったらルードとディディエの件もどうにかしないとならないか」
「騎士団に追従すればいいのか?」
「いや、君たちとマルグリット、そして宰相の馬車や使用人達の馬車を私の騎士団が前後で挟む形で移動する。レイダリア国内に入るまでは君たちも一応は魔物を警戒してくれると有難い」
「いいだろう」
「食料はこちらでも用意するが、セバスチャンは大食らいだったね。彼……でいいのかい?彼の分は君たちで用意してもらおうか」
「ああ、ヴァレリーに頼んでおこう」
その後、レイダリアまでのルート確認は夜に行うことを決め、青年とエドワールは別れた。
いつの間にか、すっかり雨は止んでいた。




