ドラゴネット【3】
翌朝、二日酔いで倒れ込んでいるルードを荷馬車に投げ込みクレイアイスへ向けてベリエ村を後にした。
ファブリスは青年と飲み比べをしていて相当遅くまで起きていたようだが、今は眠そうな素振りも見せず歩いている。
村からほど近い関所で手続きを済ませ、一行はいよいよクレイアイスへと続く洞窟へ足を踏み入れた。
竜の巣とも呼ばれるこの洞窟は、産卵期に入ったドラゴン種が入り組んだ洞窟のどこかで卵を産み落とすところに由来する。
冒険者にとって幸いなのは、ブラックドラゴンの産卵場所がここではないという一点に限られるだろう。
ドラゴンと遭遇しなくとも、巨大な蝙蝠の魔物や触手を蠢かせ酸の粘液を分泌する魔物など、バリエーション豊富な魔物が出迎えてくれる。
「く、暗いですね」
松明を掲げるファブリスの背にくっつくようにしてオルガが呟く。
洞窟の内部はドラゴンが通れるのも頷ける広さがあり、何本もの枝道にわかれているようだった。
冒険者が道に迷わないように正規のルートにはマジックアイテムで出来た目標がある。
薄緑に仄かな輝きを放つそれは、光源としては弱いものの彼らの行く手を正確に誘うものだ。
意外に思うかもしれないが、このクレイアイスへ続く道は行商人も使用する。
なので、道は綺麗に整備されているのだ。
クレイアイス王室腕利きの騎士団と魔術師たちが職人を護衛し、この道の整備を行っている。
公共事業としてこの道の整備は、クレイアイスにとってはいわばライフラインだ。
外界との唯一の連絡手段であり、冬の間作物がとれないクレイアイスにとって、諸外国との国交の要であるこの洞窟を整備することは必要なことだった。
ただし、他国の侵略を抑制するために、またドラゴンを神聖視しているところもあり、必要最低限の整備に留めているのだ。
そうして暫く歩くと、広いホールのような場所に出た。ここはかつて溶岩が溜まっていた場所で、太古の噴火の折、溜まっていた溶岩が噴火で消え去るとこのようにドーム状の空間だけが残った。
上を見れば、遥か遠くに青空が見える。
「今どこらへんなんでしょうね」
「まだ暫くかかるな。今のところドラゴン種には出会っていないが、いつひょっこり出てくるか」
ファブリスが汗を拭いながらオルガに言う。
「ピィイイイ」
唐突に甲高い鳴き声が、ホールに響いた。
鳴き声の出所を探り、ホールの上に視線をやると、遙か上空から一匹の竜が落下してくるところだった。
竜……ドラゴネット。
それはまだ小さな、ブラックドラゴンの幼体だった。
小さな翼をもつれさせながら必死に羽ばたこうとしているが、まだ上手く飛べないのかグルグルと身体を回転させ、ただ重力に引き寄せられるだけだ。
「ピィィ……」
憐れな鳴き声を上げ、落下していくそれに、青年が地を蹴った。
子竜の落下地点まで滑り込むと、その両手でしっかりと抱きとめる。
腕の中でぐったりとしている子竜を確かめると、青年の顔が曇った。
まだ産まれて間もない竜は、いかにドラゴンといえど鱗も柔らかい。
特に翼はまだ薄く、この子竜の翼は何か鋭いもので引き裂かれ、傷ついていた。
これでは上手く飛べないだろう。
「オルガ、診てやってくれ」
腕の中の竜を見せながら、青年が声をかける。
「ひどい……」
治癒の魔術を施しながら、オルガが顔を顰める。
最強を誇るブラックドラゴンも、小さな頃は弱い。
巣で母親を待っている間に、他の魔物に襲われたのか。
「止血はしましたけど、まだ翼は動かさないほうがいいでしょうね」
黒というよりも紫に近い鱗が、規則正しく動く。
呼吸も安定しているし、今は心配ないだろう。
「でも、この子どうするの?」
ヴァレリーが青年に尋ねる。
青年は何か考えているようだったが、言い出せずにいるようだった。
「とりあえず、ここに残しても魔物に食べられてしまうんじゃ……」
「連れて行こう。クレイアイスに行ってルードを引き渡したら、また考えようよ」
ヴァレリーとオルガは、ブラックドラゴンの鱗が青年の身体に生える鱗と酷似していることが気になっていた。
だが、青年が何も言わない以上2人が簡単に口を出していい問題でもないだろう。
ヴァレリーとオルガは顔を見合わせ、この憐れな子竜を背負えるように布を裂いて簡易の袋を作った。
子竜といっても、既に3、4歳程の子供くらいの大きさはある。
荷馬車に寝かせることも考えたが、目を覚ました子竜がルードを見て怯えても可哀想だということで青年が背負うことになった。
ファブリスは身体が大きすぎて、布が足りず却下だ。
再び一行はクレイアイスを目指し、暗くなる前に洞窟を抜けることに成功した。




