魔術師の国【4】
「セバスチャン!」
ヴァレリーとオルガが慌てて駆け寄る。
負傷していた右肩の毛を掻き分けると、矢が刺さっていた傷口が紫色に変色していた。
「毒だ。そんなに強いものじゃないから、手当てすればそのワン公なら数日で良くなるだろう」
ハンマーの男が呟く。
どうやら本当にこれ以上敵対するつもりがないのだとわかると、青年も剣をしまいセバスチャンの元へ行った。
固く瞳を閉じ、苦しそうに浅い息を繰り返しているが確かに命に別状はないようだった。
セバスチャンの巨体を死に至らしめるには、毒の量も致死性も低かったのだろう。
ヴァレリーが荷馬車から毒消しを持ってくる。
丸薬なので、青年がセバスチャンの大きな口をこじ開けている間に、ヴァレリーが喉の奥へ丸薬を押し込む。
吐き出さないように青年が口を押さえ、ヴァレリーが喉を優しく撫でている間オルガが治癒の魔術をかけていた。
やがて、セバスチャンの呼吸はゆっくりと深いものに変わっていった。
処置が早かったのもあり、ハンマーの男の言う通り数日休息をとれば回復するだろう。
セバスチャンの容態が安定すると、ハンマーの男はその場にどっかりと腰を下ろし3人を眺めた。
青年が視線に気がつき、ハンマーの男に視線を送る。
「名前、聞いてなかったな」
「そうだったな。俺はファブリス・パシアン。冒険者だが、もっぱら請け負うのは力仕事でな」
ファブリス・パシアンといえば、青年も聞いたことがあった。
依頼を受ければ完遂し、彼の持つハンマーに砕けぬものはないと噂される、腕利きの冒険者だ。
逞しい体躯と軽々とハンマーを扱う姿から、「剛腕のファブリス」という二つ名がついた程だ。
「俺はルー。あっちがヴァレリーで、あそこで治癒を施しているのがオルガ。それとセバスチャン」
青年が順番に紹介する。
「まず、誰からこの依頼を受けたんだ?悪党を倒すとは?」
「依頼主は、さっきのなーんもしてなかったアイツだよ。悪党に村の女が攫われたから、助けてくれって言われてな。まぁあの様子だと、依頼主は別にいるんだろうな」
ファブリスが顎に手を当てて呟く。
青年もしばらく難しい顔をしていた。
セバスチャンが怪我をしている以上、怪我が治るまではここから動けない。
だが、また人員を確保して追っ手がつかないとも限らない。
いや、まず間違いなく追っ手はつくだろう。
そんな青年の考えを読み取ったのか、ファブリスは勢いよく立ち上がった。
「ルーといったか。こうなったのも俺の責任でもある。しばらくアンタらの護衛をさせて貰えるか?勿論報酬なんかはいらない。俺も本当の依頼主ってやつに、ちょいとお返ししてやりたいしな」
ファブリスの申し出に、青年もひとまず頷くより他はなかった。
どちらにしても、セバスチャンなしで今追っ手を相手にすることは、いかにルーが優れた戦闘技術を持っていても限界がある。
何より、ヴァレリーとオルガを守らなくてはならない。
「じゃ、そういうことでよろしくな」
ファブリスが豪快に笑う。
一先ず、セバスチャンの目が覚めるまではこの場で待機することにした。




