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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
1章 des magouilles
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魔術師の国【3】

今回、いつもより長めなのとグロ注意です。

王都を出て3日後の早朝。

一行はミリューの首都クレージュに辿り着いた。

幸いにして、この辺りの魔物はそれほど強くない。

特に消耗することなく辿り着くことが出来た。


セバスチャンの入国手続きもちゃんと受けていたので、クレージュの街へ入ることが出来た。

ただし、今回はしっかりとした魔物用の檻に入れられることになる。


「ごめんね、セバスチャン。明日の朝には迎えに来るから」


セバスチャンにしては珍しく、情けなく鼻を鳴らしていた。

青年がセバスチャンに与える干し肉と、少し相場より多い金貨を世話係に渡したので問題ないだろう。

青年たちはセバスチャンを預け終わると宿屋をとり、まずはエドワールへ連絡を入れることにした。


案内された部屋で荷物から宝玉を取り出したヴァレリーは、風の魔力を注ぎ込む。

淡い緑の光が部屋に満ち、宝玉の上に映像を映し出した。


フードを目深に被った魔術師だ。

彼にもヴァレリーたちの姿が見えているのか、オルガの方へ恭しく頭を垂れた。


「ご無事で何よりです」


事務的な口調で魔術師は言う。


「その後、何かわかりましたか?」


ヴァレリーが尋ねると、魔術師はややあって首を横に振った。


「特に報告は受けておりません」


「そうですか。私たちは明日、問題がなければクレージュを発ちます。エドワール様にもそうお伝えください」


「かしこまりました」


宝玉の光がおさまると、魔術師の幻影も消え去った。

ヴァレリーは宝玉を鞄に戻すと、息を吐いた。


「まだ進展はないみたい」


「そのようだな。相手も相当慎重らしい」


青年が肩をすくめる。

いずれにしても、今はエドワールに任せるよりほかはないだろう。

今日1日は買い物と、少し観光をすることにした。


魔術師の国ということもあり、この街はガレイアとはかなり街並みに違いがあった。

例えば、ガレイアは住宅街や市場、色々な種類の学校が多いのだが、クレージュに住む人々で一般人はごくごく少数だ。

よって住宅街よりも魔術学校や寮、マジックアイテムを扱う店や、研究用に飼育する魔物を扱う店が多い。


特にこの街で特筆すべきは、機械細工だ。


魔術師たちは時間という概念をとても大切にする。

研究職に就いていたり、教鞭をとる魔術師も多いことから、時計がよく売れるのだ。

安いものではないので、ガレイアでは一般の家庭には普及していない。

貴族の屋敷や学校、市場などには置いてあるが、基本的にガレイアで時を知ろうと思えば30分ごとの鐘の音で知ることになる。


冒険者となると、専用の道具や日時計の原理を使って大まかな時間を図る。


ヴァレリーとオルガは当然初めて来た街に、はしゃいで歩いた。

特にヴァレリーは魔術師なので、珍しいマジックアイテムを見つけては店主にどんなものなのか尋ねたりと満喫していたようだった。


オルガも、城にいるだけでは見られない荘厳な光景に頬を紅潮させていた。


夕方まで歩き回り、宿に戻る前にセバスチャンの様子を確認したが、大人しくしていた。


「賢い子ですね」


オルガが驚いて何度もそう言っていた。

ヴァレリーはまるで自分の事のように喜んでいたわけだが。


クレージュはヴァレリーとオルガを興奮させたが、一つだけ不満を言うとするなら、食事が不味いということか。

元々観光向きの街ではなく、魔力を高めるためとか、集中力を上げる作用があるとか、そういう実益も兼ねた食事しかないのだ。


これが、驚くほど不味い。


例えるなら雑草を三日三晩生魚と煮詰めて、更に滅茶苦茶に薬を混ぜ込んで味のしない、苦いだけの「何か」だ。

ただし、栄養はあるらしい。不味いが。


結局少しだけ持ってきてあった干し肉で腹を満たす羽目になったが、ヴァレリーの作る干し肉の旨さは折り紙つきなので、その点は心配がなかった。


翌日、念の為もう一度魔術師と連絡をとり、そのままクレージュを後にした。

このまま街道沿いに北上し、東西に広がる森を北に進むことになる。


間に幾つか村もあるのだが、立ち寄れば少し遠回りになる。

そのまま森を抜けた先にある村で補給をして、次に控える山越えをしようという算段だ。


その為に昨日、防寒着は買い込んであった。


「ルーさんは、クレイアイスへは行ったことがあるんですか?」


歩きながらオルガが尋ねる。


「ああ」


ルーが頷くと、オルガが目を輝かせる。


「隠者様とお知り合いだと言ってましたもんね。お話では聞いたことがありますけど、クレイアイスは温泉があるんですよね?」


「あそこは四方を火山に囲まれているからな」


森と山に囲まれた、閉ざされた国。

それがクレイアイスだ。

首都はその山々の真ん中に位置し、北の一際標高の高い山にはブラックドラゴンが棲むという。


クレイアイスへ至るには、暗く長い洞窟を通らねば行けず、その道程は恐らく青年とセバスチャンがいても険しいものとなるだろう。


「温泉かぁ。どんな感じなんだろ」


レイダリアは、国土の殆どが平地だ。

近くに火山の類はなく、温泉の湧く場所がない。

オルガにもヴァレリーにも、馴染みのないものなのだ。


「隠者の森に行く前に立ち寄ることになるだろうから、その時ゆっくり入ったらどうだ」


青年が言うと、二人は手を取り合って喜んだ。


そうして暫く進むと、ゴロゴロと音を立て雨雲が近づいてくるのが見えた。

風が湿り気を帯び、雲が暗く広がっていく。


「おい」


青年が低い声でヴァレリーを呼ぶ。

何事かと首を傾げるヴァレリーの方を見ずに、青年は今し方歩いてきた後方を静かに見据えた。


「それをどかして、セバスチャンの綱を外したほうがいい」


ヴァレリーは言われた通りに、広い街道の端に荷馬車を誘導するとセバスチャンの拘束を解いた。

すぐにセバスチャンも青年の隣で、低い唸り声を上げる。


ヴァレリーとオルガには、まだ彼らが警戒するものが見えない。


数分そうして後方を睨んでいると、ようやく遠くに人影が見え始めた。

見たところ、鎧の類は身に付けていないようだが、荒くれ者という風体の人間が20人。

馬を駆りこちらへ向かっていた。


「おい、セバスチャン。いざとなったらオルガとヴァレリーを連れて走れるな?」


セバスチャンに伝わるかはわからないが、一応言っておく。

やがて20人の男たちは青年たちの目の前で馬を止めると、馬上からリーダーらしい男が下品な笑みを浮かべながら声を掛けてきた。


「お、本当にいたな。どっちが王女様だ?」


どうやら、さすがにミリューの領地に騎士団を派遣するわけにはいかなかったのだろう。

この野党崩れの男たちが、今回の追っ手のようだった。


「王女様なんていないさ、さっさと帰れ」


一応、青年が忠告する。

倒せない数ではないが、オルガとヴァレリーを守りながらとなると少し骨が折れそうだ。


「私たちのことはいいから、思いっきりやっちゃって!」


ヴァレリーが杖を構える。

隣で、オルガは既に防御の障壁を自分とヴァレリーに発動している。


この旅で、二人とも大分戦い慣れてきたのだろう。


「おい、お前たち。女二人には傷つけるなよ」


リーダーがニタリと笑い後ろへ下がると、他の男たちが馬を降りそも輪を狭め始めた。

男たちの獲物は殆どが剣だったが、弓を使う者が二人と、ハンマーを使う者が一人。

さすがにこのハンマーで殴られれば、セバスチャンも無傷とはいかないだろう。


「ヴァレリー!」


「もう準備出来てるわ!火竜の吐息!」


いつの間に詠唱していたのか、ヴァレリーの魔術が密集していた男たちのうち、3人を巻き込んで吹き飛ばす。

ヴァレリーが使える魔術の中で、最高ランクの魔術が男たちを襲い、黒焦げにする。


「なっ……」


明らかに走る動揺を好機と捉え、青年とセバスチャンが同時に血を蹴った。


セバスチャンが目の前の二人に飛びかかり、一人の肩口にその牙を沈める。

鮮血が舞い、噛み付かれた男が叫び声を上げようと口を開く。

だが、セバスチャンの鋭い牙が男の肺を裂き、虚しい呼吸音が響くだけだった。

そうして一人に食らいつきながら、もう一人は既に前足で踏みつけている。


「ぐぇっ……」


くぐもった呻き声と、みしり、と骨の軋む音。

だが、まだどちらも絶命してはいないようだった。

だが、戦闘不能だろう。


これで残りはリーダーもあわせて15人だ。


青年は美しい剣を抜き放つと、男たちの中で戦意を失っていないハンマーの男に斬りかかった。

金属音が響き、男はハンマーで青年の攻撃を受け止める。


「やるなあ、にいちゃん」


ニヤリと笑うと、男がハンマーで青年を押し返す。

巨大なハンマーを武器に選ぶだけのことはある。すごい力だった。


「おい、お前ら!相手は四人だ。ビビってるんじゃあねえ!」


ハンマーの男の叱責に、男たちは冷静さを取り戻したようだった。


「このっ……」


男たちはまず、セバスチャンを仕留めるつもりのようだった。

弓をもった二人が、矢を番えセバスチャンへ放つ。

右肩の辺りに刺さったようだが、セバスチャンは咥えていた男を落とすと低く唸った。

続けて剣を構えた男が二人、セバスチャンに斬りかかる。波状攻撃だ。


だが、セバスチャンはあっさりと避けると身を低く屈め駆け出した。

男たちを跳ね除け、薙ぎ倒し、弓を番え放とうとしていた一人の頭に噛り付き、引き千切る。


派手に血飛沫を浴び、セバスチャンの美しい被毛が朱に染まる。


「あーあ、なさけねーなあ」


青年と攻防を繰り広げながら、ハンマーの男が言う。


「まあ、寄せ集めの集団じゃこんなもんかねえ」


「話している暇があると思ってるのか」


青年が剣を振るうたび、その軌跡が輝く。

ハンマーの男はそれを受けつつ、豪快に笑った。


「おお、悪い悪い。俺は抜けるぜ」


軽い調子で言うと、仲間の男たちやリーダー格の男が動揺した。


「お、おまっ……約束が違う!」


「約束だ?俺は悪党を倒せって言われて雇われてんだよ、それがどこの王女様か知らんが、攫うだのこいつらを殺す流れになるだの。契約違反はそっちだろ」


それまでの快活な様子が一変、ハンマーの男はギロリとリーダーを睨みつけた。


「くっ……!お、覚えてろ!」


リーダーの男は分が悪いと判断したのか、一人だけ先に逃げていった。

それを見て呆然としていた男たちも、慌てて後を追う。

後に残されたのは、青年たちとハンマーの男だった。


「お前は行かないのか」


「あいつらとは元々仲間じゃないからな」


「そうか……。お前、誰からこの依頼を?」


「……ふむ。わけありなようだし、俺の知っていることを話してもいいが。まずは、あのワン公の手当てをしてやったほうがいい」


ハンマーの男の言葉と、セバスチャンが巨体を地面に横たえるのがほぼ同時だった。


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