魔術師の国【2】
夜中の見張りは、青年にとってかなりの楽なものになった。
相変わらず見張りはするのだが、少しくらい眠ったとしても結果的には問題なかった。
セバスチャンが敏感に魔物の気配に反応し、その巨体を夜空に翻す。
そのまま彼が夜食にしてしまうこともあったし、レイダリア国内の魔物であればグレイウルフという魔物は食物連鎖の頂点にいるようだった。
翌朝も代わり映えのない景色が続くかと思われたが、昼前にようやく北の街道へ到達した。
ガレイアの街を守る石壁をぐるりと回った形になるが、それでもセバスチャンを連れている以上仕方がない遠回りだ。
白い街道に出ると、魔物の心配をしなくていい分順調に進める。
青年は2、3日中にはミリューに着きたいと言ったが、それも何も問題がない場合だ。
レイダリア国内にいる間、こうして白い街道を進むことは時間の節約も考えて非常に重要なことだった。
何より、ガレイアからの追っ手にいち早く気が付けるというのも見晴らしのいい街道の利点だ。
そうして順調な行程を経て、レイダリアとミリューの国境へやってきたのは夜も更けてからだった。
ここには関所が設けられており、冒険者が所持しているカードを提示することで出入国を管理している。
「ご苦労さん」
関所には常駐の人員がギルドから割かれている。
入国審査の男が眠たそうな顔で対応していた。
「随分珍しいものに荷馬車を引かせてるなぁ」
別の男が荷馬車の中身を確認しながら呟く。
グレイウルフにこういう作業をさせることは少ないが、魔物使いはしばしば魔物を使役し行商人の護衛もすることから、広義の意味では珍しくはない。
「しかし、見た所魔物使いはいないようだが」
監視員が人数分の冒険者カードをチェックしながら頭を掻く。
「この子、赤ちゃんの頃怪我をしているところを拾って育てたんです」
予め決めておいた言い訳を、ヴァレリーが淀みなく口にする。
それで監視員は納得したのか頷くと、手元のファイルに色々と書き込み青年に手渡した。
「サインして、通っていいよ」
サインを済ませ、関所の中に入る。
中は簡易の宿泊施設と荷馬車を停めておくスペース、馬や動物を休ませるためのスペースなど、ちょっとした村程度の規模がある。
さすがにセバスチャンを他の冒険者の馬と同じスペースには休ませられないので、今は使われていないという納屋を貸してもらうことにした。
「私たちは宿屋にいるから、大人しくしてるのよ。今日はお疲れ様」
少し多めの干し肉をセバスチャンの為に下ろしてやる。
セバスチャンは自ら納屋の中に入ると、干草の上にごろんと横になって干し肉を食べ始めた。
青年たちはそんなセバスチャンを見届けると、一先ず宿屋に身を落ち着けた。
今夜は遅いため、明るくなるまでは待機だ。
宿屋に併設された食堂で軽い食事を済ませ、ヴァレリーとオルガは宿屋の風呂を借りに行った。
ヴァレリーの実家ほどいいものではないが、入れないよりはマシだろう。
青年はその間、関所の中にある道具屋や食料品を扱う店を回り、必要なものを買い揃えておいた。
一度ミリューの領内に入れば、あとはミリューの王都クレージュまで補給はできない。
そうして、関所での夜は平穏に過ぎていった。
翌朝早く、関所を出た一行は魔物を蹴散らしながら進んでいた。
当たり前だが、魔力石で保護されていない街道は魔物が我が物顔で闊歩する。
キラーラビットという、見た目こそ愛らしいウサギのような魔物がこの辺りには多い。
だがこの魔物の蹴りは、一撃で人間の背骨など粉々に砕く破壊力を持つ。
人間の子供ほどの背丈しかなく愛らしいその外見に、騙されてはいけない。
街道を歩く青年たちの前に、五羽のキラーラビットが現れた。
「セバスチャン!」
ヴァレリーがセバスチャンに駆け寄りその拘束を解くと、セバスチャンはヴァレリーたちの前に飛び出した。
低い唸り声を上げ、鋭い牙を剥き出しにする様はセバスチャンが高い戦闘能力を持つ魔物であることを再認識させられる。
元々、グレイウルフは群れを大切にする生き物だ。
何故セバスチャンが一匹でいたのかはわからないが、セバスチャンはこのパーティを群れだと認識したのだろう。
直後、セバスチャンが地面を蹴る。
キラーラビットたちはその場から逃げようと身を返すが、逃げ遅れた一羽がセバスチャンの太い脚に踏みつけられる。
キィッと小さな鳴き声が脚の下から聞こえるが、セバスチャンは既に他の個体に視線を向けている。
「そのまま押さえとけよ」
青年も既に駆け出しており、手近な一羽に斬りつける。
悲鳴も上げられず、キラーラビットの首が飛ぶ。
キラーラビットの毛皮は高く売れるので、出来れば汚したくはない。
セバスチャンは脚元の一羽を踏み殺すと、逃げていく三羽に見向きもせず誇らしげに荷馬車の側に戻った。
「こいつは売れないな」
無残に潰されたキラーラビットを見て、青年が呟く。
セバスチャンの口からヨダレが垂れた。
「食っていいぞ。でも、あっちでな」
青い顔をしているオルガを気遣って、青年が荷馬車の裏を指差す。
セバスチャンが今し方仕留めたばかりのキラーラビットを咥え、荷馬車の裏に走って行った。
「すみません……なかなか慣れなくて」
見えなくても、咀嚼音は聞こえてしまう。
オルガは泣き出しそうな顔で呟いた。
「仕方ないよ。セバスチャンの食事が終わったら、少し荷馬車で休んでて」
ヴァレリーが優しく背中をさする。
本来なら、王女であるオルガが慣れる必要のないことなのだ。
そして、セバスチャンもまた生きるために食べているにすぎない。
「ありがとう、ヴァレリー」
戻ってきたセバスチャンと入れ替わるようにして、オルガが荷馬車に乗り込む。
青年はそれを見届けると、キラーラビットの毛皮を剥ぎ、荷馬車の外にぶら下げた。
「さあ、そろそろ行こう」
荷馬車とセバスチャンを繋いでいたヴァレリーに声を掛け、青年は歩き出す。
明るいうちに少しでも距離を稼ぐ必要がある。




