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【番外編3】宅飲みなう!


 フリークス・パーティに参加する選手は身体検査の結果提出が義務づけられている。とは言え、参加選手の半数以上が身体をいじられたキメラやサイボーグだ。当然、ドーピングなんて言葉が馬鹿らしくなるぐらい、ほとんどの選手が何かしら薬を服用している。

 クロウだってそうだ。定期的に薬を摂取しなくては身体を維持できない。

 フリークスパーティではドーピングは禁止されていないのだが、以前、体内に大量の火薬を仕込んでいた機械人間もいたから、そういう意味で検査は必要らしい。

 とは言え、自分の体をあれこれ調べられるのは、やはり良い気はしない。お前は人間じゃないんだと、現実を突きつけられたような気がして。

 毎回、この身体検査の後は鬱々とした気分になり、塞ぎ込むか人や物に当たり散らすのが常だった。なのに、今回は不思議と憂鬱も苛立ちも感じなかった。マンションに向かう足取りも軽い。

 それはきっと、家に帰ればサンドリヨンがいるからだ。彼女が当たり前のような顔で「おかえり」と言ってくれるからだ。

 クロウはふと、誰かが「ペットを飼うと帰宅が楽しみになる」と言っていたことを思い出した。

(きっと、そいつもこんな気持ちだったんだろうな……うん。あいつ、ちょっと野良犬っぽいし。生意気で懐かない癖に、気まぐれに寄ってくるところとか)

 民家のそばを通ると夕御飯の匂いがした。今まではそういった生活の匂いに特に感慨を覚えたりはしなかったのだが、最近は所帯くさい女が近くにいたせいか、意識が引きずられている気がする。

 サンドリヨンが今日の夕飯は、まーぼーどうふだと言っていたけれど、まーぼーどうふとはどんな料理なのだろう? とうふ料理だから、あっさりした味付けなんだろうか?

 何にせよ、サンドリヨンが作る物は全部美味しいから楽しみだ。



「ただいま」

 おかえりとただいまの習慣は、優花ではなく妹の美花がいた頃にできた習慣だ。

 あの馬鹿女は礼儀もクソもない、いい加減な性格の癖に、そういうところはうるさかった。

 クロウが何も言わず部屋に上り込むたびに、美花は眉を釣り上げてこう言うのだ。

『帰ってきたら、ちゃんとただいまって言わないと駄目なんだよ! だって、ちゃんとただいまって言ってくれなきゃ、帰ってきた人に、おかえりって言ってあげられないじゃん!』

 きっと、その辺も姉の躾の賜物だったのだろう。

 当然、姉の方も挨拶にはうるさいので、クロウが「ただいま」と言えば、必ず「おかえり」と返してくる。

 なのに……


「……ただいま」


 返事がない。

 背筋がすうっと冷たくなる。

 いない。いない。

(……あいつの妹が消えた時と同じだ)

 人の気配の無い部屋。

 静かすぎる部屋。

 あの時と違うのは、ダイニングテーブルに一人分の食事がラップをかけた状態で置かれていることぐらいだ。

 食器の横には書き置きらしき紙があって、いよいよ背筋が冷たくなった。

 冷たくて暗い部屋。残された書き置き。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 頼む、頼むから。

 さようなら、なんてやめてくれ、どうか。

 祈るような気持ちで、クロウは二つ折りにされた書き置きを開く。




『オレの部屋で飲み会するから、サンドリヨンちゃん借りてくな!

 子どもは夜ふかししないで、ちゃんと9時に寝ろよ☆


                    By ウミネコ』




 書き置きを握り潰し、クロウは部屋を飛び出した。




 * * *



「それじゃあ、乾杯ー!」

 ウミネコが缶ビールの缶を掲げれば、優花とエリサもそれに合わせて各々手にした缶を掲げる。

「「乾杯ー」」

 三人は缶をぶつけると、その中身を一気に煽った。ウミネコが鼻の下にビールの泡で髭を作りながら「プッハー!」と息を吐けば、エリサが唇を尖らせて言う。

「ウミネコさん、親父くさいです。あと、ワインは無いんですか。なんでビールばっかなんですか」

「だってオレ、ワインの味なんて分かんないもん。あ、女の子が好きそうなサワーとかカクテルも買ってきたぜ!」

「日本のサワーはジュースみたいで物足りないんですよ」

 比較的若く見えるエリサだが、アルコールを飲める年齢には達しているらしい。彼女は唇をへの字に曲げて、サワーの缶のアルコール度数を眺めている。

 一方優花は、初めての宅飲みなるものに密かに緊張していた。

(初めての宅飲み……友達の家で宅飲み……嬉しくて、ついついおつまみたくさん作っちゃったけど、気合い入れすぎたかな……引かれたらどうしよう……)

 そわそわしながら慣れないサワーをちびちび飲んでいると、唐揚げを頬張ったウミネコが「んまい!」と声をあげた。

「この唐揚げうまいな~! どこのデリで買ったんだ?」

「ウミネコさんが買い出しに行っている間に、サンドリヨンさんが作ってくれたんですよ」

「マジで!? このスパイシーポテトフライも!? 鯵の南蛮漬けも!?」

「トマトソースの煮込みも、肉団子の餡かけも、彩り野菜サラダもです!」

「うぉぉぉ、すげぇぇぇ!」

 ウミネコはうまいうまいと言いながら、優花が作ったおつまみを次から次へと口に運んでいく。

 喜んでもらえたことに、優花はホッと胸を撫で下ろした。

「クロちゃんは毎日こんなの食べてんの? 超羨ましい! でも、今日はオレがサンドリヨンちゃん、独り占めだもんね~」

「私もいるから二人占めですね!」

「っは! 今気がついたけど、この状況って両手に花!? やっべ! 超役得じゃね!?」

「はいはい。あ、サンドリヨンさん、次は何飲みます?」

 エリサにサワーの缶を勧められ、優花は密かにギョッとした。エリサは既に一缶空になっている。早い。いや、もしかして世間ではこれが普通のペースなのかもしれない……と、優花は慌てて飲みかけの缶を空にする。ウミネコが「よっ! いい飲みっぷり!」と手を叩いた。

「次はこっち開けようぜ! 季節限定商品、特濃ドリアンサワー!」

「うわ、なんですかそれ。こっちまで臭気が漂ってくるんですけど」

「季節限定商品って、とりあえず買ってみたくなんね?」

「ウミネコさんお一人でどうぞ。サンドリヨンさん、私達はこっちを飲みましょう。ピーチ&ライチサワーですって。甘くて美味しそうです!」

 エリサが勧めてくれたサワーはジュースのように甘くて飲みやすかった。美味しい〜とほっこりしている優花の横では、ドリアンサワーを開けたウミネコが悶絶している。

「ドリアンきっつ! ヤバい、これヤバい!」

 エリサが笑顔で手拍子をした。

「ウミネコさんの、ちょっとイイトコ見てみたいー」

「まさかの一気飲みコール!? いや無理無理無理!! これは無理!」



 飲み会開始から一時間が経った。

「それでさぁ、スーパーのレジのおばちゃんがオレに酒売ってくんないの! 免許証見せてんのに『嘘おっしゃい!こんな29歳がどこにいるの!』って! ここにいるっつーの!」

 スルメを咥えながらクダを巻くウミネコに、優花は「うーん」と曖昧な相槌を打った。正直、そのレジのおばちゃんの気持ちも分からなくはない。

 だが、ウミネコにはそれなりに切実な悩みなのだろう。彼は切なげに溜息を吐いて、スルメを噛みちぎる。

「この童顔のせいで、女の子にも相手にされないし……オレ、結構たくましいんだけどなー。お姫様抱っことか超余裕なんだけどなー」

「ウミネコさんの場合、お姫様抱っこどころか片手で振り回す勢いじゃないですか」

「やらないよ!?」

 ウミネコが叫ぶが、エリサは耳も貸さずに拳を振り上げて主張する。

「だいたい、ウミネコさんはずるいです! 女の子の敵です! その童顔はどんなアンチエイジング・マジックですか! 美女の生き血を啜ってんじゃないですか!?」

「あはは、やりたいことを我慢しないのが若さの秘訣かな。クロちゃんは我慢しすぎるから、老けちゃったんだよ」

 なるほど確かにそのとおりかもしれない……と納得しつつ、優花はおっとり口を挟む。

「でも、クロウもあれで子どもっぽいところあるんですよ? 最初は年下なんて信じられなかったけれど、一緒に暮らしてみると案外、甘えたがりだし」

「へぇぇぇ。クロちゃん、サンドリヨンちゃんに甘えたりするんだぁ?」

「どんな風に甘えるんです? そこのところ、詳しく訊きたいです」

「えーと、例えば……」




 更に一時間が過ぎた。

 ウミネコは「栄養ドリンクカクテル作ろうぜ!」と言い出し、部屋の奥から箱入りの栄養ドリンクを引っ張り出してくると、何を思ったかそれを黙々と積み上げ始めた。ピラミッドのごとく。

「ちょっ、見てこれすごくね!? すごくね見てこれ!?」

 一メートルを超える高さの栄養ドリンクタワーに、優花はケラケラと笑った。

「凄いですー。栄養ドリンクタワー。あはは」

「やっべ、オレ、超天才!」

「これだけあれば、元気はつらつですよね、あはははは」

 なぜか栄養ドリンクを前に盛り上がるウミネコと優花に、いまだ飲むペースの落ちないエリサがしみじみと呟く。

「うーん、お二人とも、かなり良い具合に出来あがってきましたね」

「あー、やっべー楽しいー、超楽しいー! やっぱ、飲み会は女の子がいなきゃ盛り上がらないよなぁ!」

「私も楽しいですー。こんなに楽しいの初めてー」

「そうかそうかー。ならいっそ、サンドリヨンちゃんもこの部屋に住んじゃおうぜー」

 酔っ払い特有の勢い任せな提案に、エリサが生温い目を向ける。

「私は大歓迎ですけど、クロウさんがぶち切れますよ」

 そんなエリサにウミネコは「なら、クロちゃんも一緒に住めば良いんだ! 夢の二世帯住宅!!」などと言い出し、優花も声をあげて笑う。

「お二人とも、だいぶ飲んでますけど、大丈夫ですか? そろそろ、お水飲みます?」

 エリサが水のグラスを勧めると、ウミネコは真っ赤な顔で陽気に言った。

「へーき、へーき! おーい、店員さーん! ピッチャー追加でー!」


「……誰が店員だって?」


 絶対零度の低い声に、ウミネコはきょとんとした顔で背後を振り向く。

「あれ、クロちゃん、いつから居酒屋でバイトなんて始めたの?」

「ここは居酒屋じゃねぇ。なに寝ぼけたこと言ってやがる。でもって、なに勝手にうちのサンドリヨン連れ出してんだ、ごるぁ」

 クロウが顔に青筋を浮かべても、酔っ払いの前では暖簾に腕押し、糠に釘。

「だーってさぁ、飲むなら大勢でワイワイやる方が楽しいじゃん! 可愛い子がいるとなお良し! あ、もしかして、混ざりたかった?」

「黙れ酔っ払い。いいから、サンドリヨン返せ。大会諸規定で、騎士と姫は二週間は寝食を共にしなくてはいけないと決まってんだろうが」

「そんな規定、あって無きが如しだろぉ。運営もそこまで監視はしてないもん。サンドリヨンちゃん取られて寂しいなら、素直にそう言えって!」

 ウミネコが若者に絡むおっさんのテンションでクロウの背中をバシバシ叩けば、クロウは目を剥いて叫んだ。

「はぁっ!? 寂しいとか、そんなんじゃねぇよ!」

 これに反応したのが優花である。

「……寂しかったの?」

「だから、違……」

「ごめんねぇぇぇ! いつも寂しい思いさせて! 私ってば、本当に駄目なお姉ちゃんでごめんねぇぇ!」

 優花はクロウに抱きつくと、咽び泣きだした。クロウが思わず「ぎゃっ!?」と叫んでも御構い無しだ。

「うぅっ、ぐすっ、次のサッカーの試合はちゃんと応援行くからね。いつもバイトばかりでごめんねぇぇぇ!」

「サッカー!? 何の話だ!?」

「お弁当のおかずは草太の好きな唐揚げいっぱい入れるからね! 頑張ってシュート決めてきなさい!」

「いや、っつーか、ソータって誰だよ!? おい、誰か助けろ!」

 クロウがわめき散らせば、ウミネコは腹を抱え、転げ回りながら爆笑する。

「あっひゃっひゃっひゃ!」

「笑ってないでなんとかしろ!」

「あ、そうそう、見てこれ、クロちゃん! 栄養ドリンクタワー! 凄くね? 超元気ハツラツじゃね?」

「知らねぇよ!?」

「若葉ぁぁぁ、授業参観、観に行けなくてごめんねぇぇぇ」

「ジュギョーサンカンって何だよ!?」

 そんな実に騒がしい光景を安全圏で眺めながら、エリサはクッションを敷き詰めてそこにゴロリと横になる。

(うーん、実に楽しい光景ですけど、とばっちりが来ると面倒ですし……寝たふりでも、しておきますか)

 エリサの背後では、酔っ払い二人に絡まれた哀れな若者が悲鳴をあげていた。

「クロちゃん、うーけるー! あっひゃっひゃっひゃっひゃ!」

「いつもごめんね、草太ぁぁぁ、若葉ぁぁぁぁ!!」

「なんなんだ、この状況!! いい加減にしろ、酔っ払い!!」



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