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【幕間11】彼の悪夢

 向こうはルーキーだから油断していた……なんて、そんなのは言い訳だ。

 クロウはフリークス・パーティの戦闘で油断したことなんて一度もない。一瞬の油断が死につながる場所で、どうして油断なんてできるだろう。

 肩の力を抜けとか、リラックスしろとか言われたことはあっても、緊張感を持てだとか、油断するなだとか言われたことは一度も無い。むしろ、そういう言葉はウミネコにこそ相応しい(あの男は肩の力を抜き過ぎだと、クロウは常々思っている)



 春に行われるフリークス・パーティ、シングルバトルの第一試合。

 対戦相手のイーグルという男が鷹羽コーポレーション所属の先天性フリークスだと聞いて、クロウは違和感を感じていた。

 鷹羽コーポレーションは合成獣を多く輩出している企業だ。合成獣の所有数だけなら、グロリアス・スター・カンパニーやアルマン社を上回る。

 フリークス・パーティでは毎回、鷹羽コーポレーション所属の選手が必ず十人近く出場していたのに、今回のパーティでは鷹羽コーポレーション所属の選手はイーグルという男一人だけ。

 それも合成獣ではなく先天性フリークス……生まれつきの化け物だと言うのだから、何かあると疑うのは当然だ。

 シングルパーティの舞台は、パートナー戦と違いシンプルだ。

 石造りで障害物の無い広いステージでクロウはイーグルと対峙した。

 繰り返すが、クロウは油断はしていなかった。

 ただ、情報が何も無い相手だったので少しでも多くの情報が欲しかった。

 そのためにまずは様子見の一撃を繰り出し……次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

 イーグルが振り下ろしたステッキが自分の肩を直撃したのだと、理解するまで数秒かかった。

 状況が把握できた頃には、すでにクロウの体は動かなくなり、審判が勝者を告げる宣言を下したところだった。


(馬鹿な、なんで、どうして、そんな)


 意味の無い単語がグルグルと頭の中を駆け巡る中、自分を見下ろす男の声が聞こえた。

「無様な化け物だ。生きている価値も無い」

 カッと頭に血がのぼった。奴の首をねじ切ってやりたかった。

 だけど体は動かない。意識がどんどん闇に呑みこまれていく。


 ──無様な化け物


(そんなの知ってる!)


 ──生きている価値も無い


(あぁ知ってるさ! それでも……)


 死ぬのは、怖いんだ。



 * * *



 イーグルに初戦で敗北したという報告を受けた月島は笑顔だったが、目がこれっぽっちも笑っていなかった。

「実に無様な試合だ。まさかの初戦敗退だなんて。お前はグロリアス・スター・カンパニーの名に泥を塗ったも同然だ」

 何も言い返せず俯くクロウの顔を、月島は至近距離で覗き込む。

 薬品で荒れた女の指が、クロウの顎を鷲掴んだ。目をそらすなとばかりに。

「もう、お前に後は無いよ。次にイーグルが出場する試合でイーグル以上の成績を収めなかったら……」

 月島は唇を三日月のようににんまりと持ち上げて、一言。



「廃棄する」



 もう後は無い。

 次にイーグルに負けたら……否、それ以前にイーグルよりも悪い成績だったら、廃棄。

 それはつまり、薬の供給の停止。緩慢で、それでいて地獄のように苦しみながらの死。

 死にたくない。嫌だ。怖い。死にたくない。

 あれだけたくさん殺してきて、たくさん傷つけてきて、それでもクロウは死ぬのが怖い。

 助けてなんてどの口で言える?

 自分に助けを請う連中を散々踏みにじってきた。自分が生き残るためだけに。

 助けてなんて言えるわけがない。言っても無駄だ。言ってはいけない。

 ただ、生き残りたければ、踏みにじるしかないのだ。

 己の前に立ち塞がる奴を、強者も弱者も関係なく。



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