【幕間1】オレがもてないのは、あいつのせい。多分きっと絶対そう
「……またダメだったかぁ」
はぁ、と溜め息を吐いて、ウミネコはスマートフォンをポケットに押し込んだ。
フリークス・パーティの参加申請をして二ヶ月が経つが、ウミネコの姫はまだ見つかっていない。
彼の場合、身近に姫になってくれるような知人はいないし、できれば後腐れのない女の子が一番なので、委員会の斡旋を受けることが多い。
斡旋料と姫への報酬が馬鹿高いのが難点だが、背に腹は変えられない。多少の出費はファイトマネーで賄える。
そういうわけで今回も運営委員会に姫の斡旋を頼んだのだが、いまだにウミネコの姫は決まっていなかった。
この斡旋システムは運営委員会がパートナーを割り振ってはいるが、姫側にも自分の騎士を選ぶ権利がある程度は与えられている……つまりはまぁ、そういうことだ。
(オレってモテないんだよなー)
運営委員会から斡旋される姫は、騎士から性交渉を持ちかけられた場合、断ってはならないという旨が、契約で義務付けられている。騎士を持て成すための運営側の取り計らいというやつだ。
その一方で、姫側にも騎士を選ぶ自由が与えられているともなれば、姫が強くて格好良い騎士を選びたいと考えるのは当然の流れである。
(どうせオレは、地味顔童顔チビですよーだ……)
その点、クロウは申請した翌日には姫が決まったというから、イケメンは得だとしみじみ思う。世の中は不公平だ。自分なんて二ヶ月待ちで、まだ決まってないのに。
まぁ、クロウの場合は容姿云々はもとより、パートナー戦における姫の死亡率がダントツで低いことも人気の理由の一つだろう。
クロウはどちらかというとシングル戦よりパートナー戦の方が得意だし、準優勝経験もある。
逆にウミネコはシングル戦の方が得意で、パートナー戦の成績は決して良くは無かった。
特に去年は、戦闘に夢中になるあまり、殴り飛ばした敵の騎士に巻き込む形で自分の姫をふっ飛ばしてしまったのが良くなかった。いやはや、殴った先に自分の姫がいるなんて、あれは実に運が悪かった。
ウミネコは戦闘に集中しすぎると、熱くなりすぎて周りが見えなくなってしまう性分である。そのせいで「狂戦士」という不名誉な名前で呼ばれることもしばしばだった。
(しかも、笛吹がそれを吹聴して回るせいで女の子達に怖がられるし!)
笛吹とは若い頃に一悶着あり、笛吹はいまだにその時のことを根に持っている。それ故、奴はチクチクネチネチとウミネコにガキ臭い嫌がらせをしてくるのだ。
考えれば考えるほど、姫が決まらないのも笛吹の陰謀のような気がしてきた。
(つまり、オレの姫が決まらないのはオレがもてないからじゃなくて、笛吹の陰謀のせい! それなら笛吹をタコ殴りにすれば一件落着だな!)
晴れやかな顔でとんでもなく物騒な結論に至った男は、よーし早速笛吹をボコるぞー! と軽やかな足取りで歩き出す。
その足がピタリと止まったのは、正面から歩いてきた女がウミネコの前に立ち塞がったからだ。
「こんにちは、ウミネコさん」
ウミネコ、というのは当然本名ではない。フリークス・パーティでのみ使われる偽名だ。つまり、この女はフリークス・パーティの関係者ということで間違いないだろう。
(……運営委員会のメンバーにこんな子いたっけ?)
ウミネコは人の顔を覚えるのが苦手だ。それでもフリークス・パーティの参加歴がそこそこ長いので、運営委員会の主要メンバーの顔はだいたい覚えている。
「えーっと、運営委員会の子?」
「いいえ、ただの一般人です」
「ただの一般人はオレのことをウミネコって呼ばないぜ?」
軽く睨みを利かせても、その女は怯まなかった。それどころか余裕ありげにクスクス笑いながら、ウミネコの顔を覗き込む。
ぱっちりと大きな薄茶の目が、ウミネコを真っ直ぐに見上げた。
「なんでも姫が決まらなくてお困りだそうですね。どうです、私を姫にしてみませんか?」
「あんたを?」
女はコクリと頷く。
自分を姫にしてほしいと騎士にアピールする女は、実を言うと珍しくはない。女達だって生きるのに必死なのだ。自分を守ってくれそうな強い騎士に、自分を姫にしてほしいと懇願するのは当然のことである。その過程で、身体を差し出す女も珍しくはない。
だが「狂戦士」と呼ばれているウミネコにそんな話を持ちかける女は、今まで一人もいなかったのだ。
この子オレに気があるのかも、ラッキー! と思えるほどウミネコはおめでたくもないし、ついでに若くもなかった。なにせ三十路目前なのである。
「あんたは運営委員会から斡旋されてきたの?」
「いいえ。なので斡旋料も報酬もいりません」
ますますおかしな話だ。姫には多額の報酬が提示されており、その金額は騎士と姫の間で交渉しても構わないことになっている。
ウミネコは、姫が見つからなくて困っている自分に、この女が多額の報酬をふっかける気だとばかり思っていたのだ。
それなのに報酬はいらない? 無償で命懸けの試合に出る? そんなのおかしいを通りすぎてイカれている。
「何か企んでない?」
「のんでいただきたい条件が二つほどあります。プライバシーの詮索はしない。性交渉は無し。私から出す条件はこれだけです」
「えー、枕は無し?」
「どうせ、私はウミネコさんの好みではないでしょう?」
正解、とウミネコは声に出さず呟いた。
ウミネコの好みは、頭が悪くておっぱいが大きくて、すぐにヤらせてくれる女の子だ。何かを企んでるような目をした慎ましいバストの女の子は、ウミネコの好みではない。
(でもまぁ、ヤりたけりゃそーいうお店に行けばいいわけだし)
「あなたにとって悪い話ではないと思いますが……どうですか?」
「いいよー。そんじゃヨロシクー」
あっさり頷くと、女は少し拍子抜けしたような目でウミネコを見た。
ウミネコはポケットから飴を引っ張りだしながら「どしたの?」と女を見る。
「……いえ、案外あっさり了承して頂けたので驚きまして。もう少し警戒されるかと思っていたので」
「裏切られたら叩き潰せばいいだけのことなのに、なんであれこれ警戒する必要があんの?」
呆気にとられたような顔をする女の手に、ウミネコは「ほい、お近づきの印」と飴を一つ乗せる。
そうして、自身の口にも飴を放り込むと、舌の上でコロコロ転がしながら笑った。
「あぁ、うっかり叩き潰されたくないなら、早めに逃げてくれよ? オレ、ぺしゃんこになった女の子は、あんまし見たくないし」
パキッ、とウミネコが飴を噛み砕くと、女は手の中に飴を握りしめ、苦い顔で笑う。その頰には一筋の汗が流れていた。
「……どうやら、試すつもりが試されたようですね」
「試すって、何を?」
「無自覚なのが怖いですね……良いでしょう。あなたを裏切らずにすむよう、精一杯努力させて頂きます。どうぞよろしく、ウミネコさん」




