◇52◇ 心の折れた2人。
「そんな、馬鹿な……。
そ、そうだ!!
まだ、あの狙撃部隊が残っている!!
あの者たちが、ここに駆けつけてくれれば……!!」
ライオット伯爵が一縷の希望を見つけたように言うと、「来ませんよ」と声をかけながら、壁の大穴からヴィクターさんが入ってきた。
「――――きさま、は……ヴィクター・エルドレッド!?
王族令嬢をたぶらかした恥知らずの平民め! おまえが共犯だったのか!?」
「へ、平民風情が入ってきて良い邸ではないですわよ!? わたくしの、侯爵夫人の邸だと、わきまえなさい!!」
わめくライオット伯爵とメイス侯爵夫人を、アイギス様が「少し黙りなさい」と続けて物理的に黙らせた。
今まで殴られたことなどなかったのか、メイス侯爵夫人は背中を建物にぶつけてしりもちを突きながら、痛がるよりも目を白黒させている。
「ヴィクター、あの連中、もう来ないってのは?」
ヘリオスがヴィクターさんに問いかけた。
「ヘリオス先輩たちを遠くから狙撃してきた部隊ですよね。
今頃全員捕らえられている頃です」
「う、嘘だ!!
高い金を出して雇った精鋭だ、そんな柔なわけがッ……
………………捕らえられている?」
さっきからライオット伯爵はとても饒舌だ。
有利不利、思ったことを隠せないのは心底動揺しているからなのだろうか?
「ええ。エルドレッド商会の者にではなく、憲兵に。
王都の治安維持を担う者すべてを総動員できる方が、予定より早く、つい先ほど王宮に帰還されました」
「…………まさか……!?」
「クロノス王太子殿下の指揮のもと、この邸のみならず関係各所一斉に憲兵が囲んでいます」
「……………………ッ」
とうとう言葉を完全に失い、こんな馬鹿な、とも、ふざけるな、とも言えずに、ライオット伯爵は這いつくばった。
そして、さっきからヘリオスとアイギス様から蹴られたり殴られたりした痛みがぶり返したようにうめく。
服の上からじゃわからないけど、たぶん、怪我はけっこうな酷さのようだ。
メイス侯爵夫人は、アイギス様に殴られて腫れ上がった顔と、めちゃくちゃになったメイクにボロボロになった服に乱れきった髪型という、大変酷い格好になった。
それでも彼女は、ヨロヨロと立ち上がり、邸の中に入ろうとした。だけど。
「無駄ですよ、メイス侯爵夫人。
邸はもう包囲されていますし、抜け穴も使えません」
ヴィクターさんの言葉に、侯爵夫人は足を止める。
「…………なんで、抜け穴があると知ってるのよっ」
侯爵夫人が言い返す。
「元々、この邸の存在、それから抜け穴があることを俺たちに教えてくださったのは、あなたのご子息ですから」
「…………嘘」
「すでにもう、ご子息が抜け穴の出入り口の場所へ憲兵を案内し待ち構えています。
裁判はしっかり開かれるはずですから、どうぞ、がんばって弁明なさってくださいね」
「まさか…………?
いくらなんでも、あの子が、母親を売るなんて…………ッ」
ヴィクターさんの言葉を聞いたメイス侯爵夫人は、まるでこの世の終わりが来たような顔でへたりこんだ。
そして、「お腹を痛めて産んだ子なのに」「実の母親を……?」とうわ言のように呟いてから、地面に突っ伏して、泣き始めた。
見計らったのか、塀の大穴から憲兵の方々がぞろぞろと入っていらっしゃった。
力尽きたようなライオット伯爵と、腫れた顔と涙とでぐしゃぐしゃになったメイス侯爵夫人を、立たせて連行していく。
ほかにも、ヘリオスとアイギス様が倒した男の人たちが連れていかれる。
(――――終わった…………?)
すっかり心が折れたような2人を見ながら、それから連れていかれる皆さんを見ながら、私は深く息をついた。
「ごめんな」
ヘリオスが近くに来ていた。「危ない目に遭わせて、ほんとに……」
「全然!!
……ただ、あとでちょっといろいろ教えてください。
それから」
濡れた身体や汚れた服を気にしてなのか少し距離を取っているようなヘリオスに、私は自分からギュッと抱きついた。
「本当にありがとう」
◇ ◇ ◇




