◇50◇ それはあまりにも。
「…………まだ人数は微妙だが、とにかく早くしなければ、ヘリオス・ウェーバーかアイギスが誰か一人にでも話してしまえば終わりなのだ……。
後の者たちはまだこちらに来ていないからあいつらの生死はわからんが、いるだけの人数このまま折り返しで馬車に乗せて、さっきの場所に向かわせるか」
「――――もう警察か憲兵が来ていると思いますけど、憲兵の皆さん相手に戦うつもりですか?」
私はライオット伯爵の独り言にぶつけた。
根拠のない話じゃない。
東の職業案内所に向かう途中、憲兵の詰め所を見かけた。
あの場所なら今頃はもう駆けつけているはずだ。
だけど私に指摘されるのは嫌だったのか、顔を赤くして「う、うるさい!!」とライオット伯爵が叫ぶ。
メイス侯爵夫人は、集まりつつある男性たちの人数を数えている。
私たちが着いてからも徐々に人は集まっていて、伯爵と一緒に来た人も含めれば、20人近くに達していた。
全部の人数が集まるまで、どれぐらい時間がかかるんだろう。
どれぐらい……時間を稼げるんだろう。
「…………伯爵。
わたくしも、やはり後続の皆様の報告を待ったほうが良いと思いますわ」
「メイス侯爵夫人まで!?」
「もしお二人が生きていたとしても、いったん空とぼければ良いお話ではありませんか?
楯は回収なさったのでしょう。
ならば、ライオット伯爵さえ認めなければ、すぐにはアイギス様だと証明することはできませんわね。時間は稼げますでしょう?
今すぐ、伯爵が御自ら危ない橋を渡られることはございませんわ」
メイス侯爵夫人が言っているのは、『これは私の娘ではない』とライオット伯爵が否定して、時間を稼いだ上でアイギス様を殺せということだ。
「……自分だけ逃げる気ですか??」
「まさか。いまアイギス様のことが明るみに出てはまずいのは、わたくしも同じ。
一蓮托生、わたくしは『人まで殺したくなかった』などと甘いことは申し上げませんことよ。
…………伯爵。申し上げている意味はわかりますわね?」
そう言って、メイス侯爵夫人はゆっくりと私に目を向けた。
(…………!?)
「フ……フランカを、殺せと!?」
メイス侯爵夫人の提案にも驚いたけど、それ以上に、ライオット伯爵が動揺していることに私は驚いた。
あなたさっき、私のいるところめがけて馬車を突っ込ませてきましたよね?
十分私を殺す気、または死んでもかまわないつもりでしたよね?
心のなかで思わず突っ込んだけど、もう理由はわかっていた。
本当に、この人にとってすべてはその場その場の感情なんだ。私の命さえ。
「それ以外に彼女の口を封じられるのでしたら、それでもよろしいですけれど?」
「それは……確かに、もし他の男のものになっていたのなら殺してやろうとは思いました。
だが、すべてはフランカを手にいれるための犠牲だったのです。
そのフランカを殺してしまうなんて」
「でしたら、絶対に口を封じることができるようお考えになられては?」
「……わ、私の愛人に……フランカがいまだ純潔の身でいて、かつ私に愛を誓うのであれば、命を助けるとしては?? もちろん、邸の外には絶対に出しません。一輪の薔薇のように、鳥かごの小鳥のように愛でましょう……」
こんなときですが、やっぱり気持ち悪い。何を言ってるんですか。
「それでフランカ嬢を従わせられるとお思いなのですか?」
「フランカ、こちらを向きなさい」
ライオット伯爵が、私のあごをつかみ、くい、と持ち上げた。
「どうも、ここでの君の返答次第では殺さなければならなくなるようだ。
私は君を殺したくないんだ。
教えてくれ、まだこの身は清いんだろう? なら一言、私を愛していると言ってくれ。そうすれば私は君を殺さずに済む……! 誰よりも愛し、幸せにすると誓うよ」
46歳既婚者は熱弁する。
愛していると言わなければ殺すと言ってる同じ口で、幸せにするとか。
こんな場じゃなければ突っ込みたいのに。
(でも、そう言わなければ、この人は本当に殺すんだわ。一時の感情に流される人だから)
改めて、自分の置かれている状況を痛感して、震えてしまう肩。
縛られているから自分で押さえることもできない。
だけど、ここは生き残る選択をするべきだわ。
だって生きていなければ何もできない。
生きていれば、ライオット伯爵を妨害できるかもしれない。
少なくとも、この場は生きて切り抜けないと。
「私は、あなたのことを…………」
目の前に、期待に満ちたライオット伯爵の顔が突きつけられる。
――――あ、無理。
「……………………あいせません…………」
やっぱり嘘でも言えなかった!!!
メイス侯爵夫人が私の後ろで高笑いしている。
ライオット伯爵の顔色がみるみる赤くなり、怒気をはらんだものになる。
ああ、やっぱりそうよね。でも、言えないものは言えないんだもの!!
身を翻して走り、邸の外へと逃げる。スカートが足に絡み、転びそう。
あっという間に邸にいた男性たちに捕まってしまう。
膝を折り、崩れ落ちる。
ライオット伯爵が、私に迫る。
……これで最期なのね。
ごめんなさいガイア様。侍女の仕事ができなくなります。お母様、アルマ、ルドルフ。会えて良かった。ウェーバー侯爵、ありがとうございました。
だけど死ぬ前にせめてヘリオスが生きてるかだけでも、わかれば良かったのに。
私は、ゾッとしながら、ライオット伯爵を見上げ――――
――――そのライオット伯爵は、まるでいつかの再現のように側頭部を真横から蹴りとばされた。
かつて見たのと同じぐらい、魂を奪われるほどの美しく容赦のない蹴り。ただひとつ違うのは、その革のブーツが濡れていたことだ。
「ごめんな、遅くなった」
蹴りから着地したその人は、全身ずぶ濡れ、額なんか血が吹き出してるし綺麗な顔も汚れてるけど、ちゃんと身体は実体で足もあって、幽霊なんかじゃなかった。生きてた。
「ヘリオス……!!!」




