◇41◇ 母の選択。
「そんなことが……。
それで今、フランカは侯爵夫人のもとで侍女として働いているのですね」
「よく働いてくださり大変助かっていると、妻から聞いております。
ヘリオスも大変懇意にさせていただいてるとのことで」
「そうですのね……フランカはがんばったのですね。
ウェーバー侯爵家の皆様には、なんと御礼を申し上げてよいか……本当にありがとうございます」
話を聞いたお母様は、繰り返し繰り返し、ウェーバー侯爵とヘリオスに頭を下げた。
「フランカ。
本当にごめんなさい。夜会であなたを危険な目に遭わせてしまって。
それから、あの夜会のあとにあなたを虐げてしまった。結果、さらにあなたを危険にさらすことになってしまいました」
今まで明瞭に自分の意思を示しているところを見たことがないお母様が、お父様の借り物じゃなく、自分の言葉で話している。
私も、ひとつ謝らなければと思った。
「――――私も、醜聞をそのままに、自分だけ家出してしまってごめんなさい」
私と目を合わせないアルマに、「ほら!アルマお姉様も謝って!」とルドルフが促している。
でもいま、アルマが何を考えているか、私にはわかったから、「アルマ」と声をかけた。
「一度広がった醜聞は消えない。ボスウェリア家の問題は相変わらず残っていて、社交界には戻れない。
アルマやルドルフの将来のことも解決していない。
だから謝りたくない。
そういうことでしょ?」
そう私が言うと、アルマは顔を真っ赤にする。「そ、それは……」と、お母様がなにか言いかけて、言葉につまる。まだわかっていないルドルフはきょとんとする。
ウェーバー侯爵が再び口を開く。
「失礼ですが、ボスウェリア子爵はいかがなさるおつもりなのですか」
「…………」
お母様の目に陰が落ちた。
「私と使用人たちとでは、話し合いをもちかけても聞いてもらえず……何人かの親戚の力を借りて、ふたつ、夫を説得いたしました。
これで解決とは言いがたいですが――――今後わたくしたちは夫と別居し、アルマとルドルフは、学校に通わせます。最初は公立学校で様子を見て、そして15歳になったら、王立学園に入れます。
学校は、醜聞など関係なく通うことが可能ですから」
「学校に……どうして?」
疑問に思い私が尋ねると、ウェーバー侯爵が、答えてくださる。
「学校はね、こどもに教育を与えるだけではなく、人間関係を学ぶ場、そして交遊関係をつくる場なのですよ。
社交界を追い出されてしまった方が、新たにお付き合いをしてくださる相手をつくっていくには良い場でしょう」
「あ、なるほど……そういうことなのですね」
お母様もうなずく。
「社交界に戻れるまで何年かかるかわかりませんし、平民が通う公立学校に通わせることでまた後ろ指をさされるかもしれませんが…………ずっとこどもたちを邸の中に閉じ込めているよりマシですわ。事情を汲んでくださる学校も見つけました。
それに、王立学園でご縁があれば、そちらで結婚相手を見つけられるかもしれません。
醜聞の記憶が薄れた頃に、社交界に戻るきっかけをつかむことができるかもしれません。
ただ、夫がいては、こどもたちの学校に通う意欲を削ぐことになりかねない。ですので、当面の間、王都と領地とに分かれて別居を」
それは、お母様なりに模索した、アルマとルドルフを守る方法ということなのね。
「ただ、フランカなのですが……。
大変厚かましいお願いではあるのですが、引き続き侯爵夫人のもとで働かせていただけないでしょうか?」
「もとより、フランカさんには引き続きこちらに居ていただきたいと考えておりましたが」
ルドルフが「え!? お姉様帰ってこないの!?」と声を上げるのを、今度はアルマが「お父様がいるから無理よ」と、逆にたしなめる。
「フランカ。
勝手を言って、本当にごめんなさい」
私はうなずいた。
ここまでの話を聞いていてお父様が私を許してはいないだろうことがわかったので、驚きはしなかった。
お母様は変わったと思うけれど、大人がそうそう変わることはできないと思う。
「おそらく帰ってきたとしたら、お父様はあなたを傷つけるようなことを繰り返すでしょう。私たちが止めても、きっと止めきれない。当主という存在はそれだけ、貴族の家のなかで絶対だわ。
それにたとえば、お父様が誰かに唆されて、あなたにとって悪い決定をしてしまうかもしれない。当主の決定を私たちが覆すことはできないわ」
「…………それって、たとえば、お父様の気が変わってライオット伯爵に従ってしまうかもしれない、とか?」
私がそう尋ねると「……知っていたのね」と、お母様がつぶやく。
「そうよ。そしてライオット伯爵は相変わらずこちらに人を寄越しているわ。いまは、お父様は追い返してはいるけれど……。
だから私たちも、フランカのことはお父様には言わない。
本当にこんな親で申し訳ないけれど、勝手な、厚かましいことばかり言っているのは承知の上だけど…………どうか、いまいる場所で幸せになって」
◇ ◇ ◇
その後、母と妹と弟は帰っていった。
アルマはやっぱり最後まで目を合わせなかった。
もしかしたらこのままアルマとは和解できないかもしれないけれど、それも仕方ないのかもしれない。
「大丈夫だったか?」
3人を見送った私に、ヘリオスが声をかける。
「解決していない問題だらけですけど、諦めはついた、という感じでしょうか」
「そっか」
「ヘリオスがそんな顔しないでくださいよ!
母も、いろんな方の知恵や力を借りたんでしょうね。
薄情な選択、って人からは言われそうですけど、私の安全と、いまの気持ちと、それから将来の邪魔をしないことを考えてくれたんだなと私は思いましたよ。
私、これからもガイア様のそばでがんばって働きますね」
ヘリオスは私の頭に触れた。
優しく撫でるような、様子を見るような触れ方。私はその手を払いはしなかった。
さっき私を抱きしめた理由は、やっぱりわからない。だけど、ヘリオスがまだ私のすぐ近くにいてくれるのなら、いまはまだ、その幸せを堪能してもいいのかもしれない。
「あとは今日は、うちの侍女とメイドをつけるからゆっくりしてくれ。
アイギス・ライオットには明日会いにでかけよう」
「はい!!」
◇ ◇ ◇




