◇22◇ メイス侯爵夫人は要求する。【ライオット伯爵/メイス侯爵夫人視点】
「そうですね、何か知っていたような忘れたような……。
伯爵のお気持ち次第で、何か思い出すかもしれませんわ」
すると、伯爵はパン、パン、と手を打った。
とたんに、待機をしていたらしい従者が、天鵞絨の箱をうやうやしく持ってきて、開いてみせた。
箱の中にあったのは、なんともきらびやかな、ダイヤモンドとサファイアの三連のネックレスだった。
箱を受け取り、侯爵夫人は笑む。
「――――そうですわね。少し、思い出してまいりましたかも。
我が国ではここ百年、魔法は衰退し、いまやほぼ、失われた技術。
貴族がたしなみとして、それぞれの家で特徴的な魔法を保ち続けているのみでございますわ。
ライオット伯爵家では身体強化魔法、フォルクス侯爵家では予知の魔法、クラウン公爵を継承されたテイレシア様は高度な治癒魔法に透視魔法……」
「わ、わかりましたので、その、記憶に関するものは!?」
「記憶をいじることができる魔法は、実は非常に高度で……他の国でも使いこなせた例はまれなのです。
ですが……」
「いるのですね!?
何者ですか!?」
「ええと……あと、少しで思い出せそうな気がするのですけど?」
ライオット伯爵は舌打ちしたが、またしても、パン、パンと手を打つ。
また違う従者が入ってきて、今度は、美しいルビーのネックレスをメイス侯爵夫人に渡した。
夫人は再び、優雅に微笑む。
「そうそう思い出してまいりましたわ。
国内で唯一の記憶系魔法使いが存命の間に、その人物のもとに足しげく通った人物がいたのです。
おそらくはその方か、縁者の方でございましょう」
「誰です!? それは!?」
「ウェーバー侯爵ですわ。
現王太子クロノス殿下の義父です」
「あの男か!?
おのれ、私のフランカを!!
いったい自分を何歳だと思っているのだ!!」
荒々しく立ち上がったライオット伯爵(※ウェーバー侯爵の6歳年上)。メイス侯爵夫人は続ける。
「しかし、あの方がフランカ嬢に干渉する動機はまったくわかりませんわ」
「フランカが美しいからです!!
あいつめ、目にもの見せてくれる!!」
侯爵夫人はため息をついた。
そんな理由のわけがない、と、彼女は半ばライオット伯爵を馬鹿にしていた。
そもそも現政権の中枢を担うウェーバー侯爵が、王宮のそとをふらふら歩いているなど考えにくい。
また、身体強化魔法の使い手であるライオット伯爵とその手下たちを昏倒させるような戦闘力は、侯爵にはないだろう。
だとすれば、ウェーバー侯爵から記憶奪取の魔法を受け継いだ息子のしわざだと見るべきだ。
(ウェーバー侯爵家は、たしかに敵としては厄介ですけれど……。
フランカ嬢のお父上ボスウェリア子爵は、強硬な反王太子派。
今さら王太子派に鞍替えすることはないでしょうし、そうさせるメリットも薄いでしょう)
(クロノス殿下が王太子となり、繰り上がって跡継ぎとなった次男ヘリオス卿は、お顔に傷がおありとはいえ、身分的にも容姿的にも財産的にも、どんなご令嬢でもよりどりみどりの御立場。
斜陽の子爵家の、それも悪評の立ってしまった娘など気にはかけないでしょう。
それも小柄でハツカネズミのように垢ぬけない田舎娘を……)
となれば――――ウェーバー家の狙いはおそらく。
(フランカ嬢のことを口実に、クロノス殿下のために政敵ライオット伯爵を攻撃すること、と、考えるべきですわね。
ライオット伯爵は反王太子派の支持を集めて、国政に返り咲こうとしているのですから)
そう思い至って、メイス侯爵夫人は安心する。
(だとすれば、問題はございませんわ。
わたくしは明確に派閥に属してはおりませんもの、ヘリオス卿からすれば、対象外のはずですわ。
ならば、どこかでライオット伯爵に見切りをつけ、ほとぼりが冷めました頃にまた副業を再開いたしましょう)
――――ライオット伯爵よりも少しは知恵の回るメイス侯爵夫人だったが、彼女は完全に貴族社会のルールで物事を考えていた。
ヘリオスがただただフランカのために、ライオット伯爵とメイス侯爵夫人を叩き潰そうとしていることなど、想像もできなかったのだ。
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