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 私たちが教室に戻ると、気まずそうに私を見る蓮見ファンの人と、野次馬根性丸出しで私たちを見つめる人と、ただ心配そうに見ている人の3種類に分かれていた。

 しかし、誰も私たちに話しかけようとはしない。

 そういえば、ヘタレと美咲様にあとを任せてきてしまったけど、あのあとどう対処したのだろう。

 私はそんな疑問を抱えながら、授業を受けた。



 私のその疑問が解決したのは、放課後の生徒会室で、だった。

 生徒会室で私たちを待ち受けていた飛鳥と顧問の一色先生によって説明がされた。


「なんというか……災難だったな、神楽木」

「ええ……そう、ですね」

「いやぁ、青春だねぇ。いいなぁ、そういうの。楽しいだろうなぁ」


 先生、なにが楽しいと思うのですか?

 まさか、陰謀を企てるのが楽しいとか、言いませんよね?


「まぁ、冗談はともかく。女子生徒に手を上げるのは、感心しないな、蓮見くん?」

「……はい。反省しています」

「うん、たっぷり反省すればいいよ。特に君のその行動は、君の家にも影響を及ぼす可能性もあるんだからね。これからは気を付けるように」

「はい」

「あの……あのあと、結局どうなったのですか?」

「ああ……あのあと、俺が現場に着く前にきれいに収まっていた。神楽木に嫌がらせをしていた女子生徒たちも深く反省しているようだったし、野次馬たちも二人が対処していた。この事が広まることはないと思っていいと思う。東條と水無瀬の手腕の凄さを実感したよ」


 飛鳥がとても感心したように言った。

 うん……さすが、この学園のカーストに君臨する二人である。


「ただね……気になることが一つだけ、あるんだよ」

「気になること、ですか?」

「あぁ……神楽木に嫌がらせをしていた生徒たちに詳しい話を密かに聞いたのだが、彼女たちは皆口を揃えて『どうしてあんなに神楽木さんを目の敵にしていたのかわからない』と言うんだ」

「わからない……だって?」


 蓮見が怪訝そうな顔をする。

 飛鳥は神妙な顔つきで頷く。

 一色も困ったような顔をして続きを離した。


「彼女たちはね、ある日突然、神楽木さんを目の敵にするようになったらしいんだ。それまではそこまでの感情は持っていなかったようだけど、何かのきっかけで嫌がらせをするようになったらしい。でもそのきっかけがどうしても思い出せないらしいんだ」

「思い出せない……?そんなことが……」

「…………」


 蓮見は眉間に皺を寄せて考え込む。

 私は、飛鳥や一色のした話に、聞き覚えがあった。

 まさか。いや、でも。

 私の中で疑惑が膨れ上がっていく。

 もし、私の考えている通りだとしたら。何が目的でこんなことをしたのだろう。


「神楽木?どうしたの?具合でも悪くなった?」


 蓮見の声に意識を浮上させた私は、決断した。


「……すみません。少し、気分が悪くなったので、今日はもう帰りますわ」

「大丈夫か?」

「無理はよくないよ。ちょうど仕事もひと段落しているし、今日はもう帰りなさい」

「はい。では、失礼致します」


 私はぺこりと3人に頭を下げて生徒会室を出た。

 その時に、蓮見の不審そうな顔が目に入ったが、私は構わず進む。

 今のこの時間なら、まだいるはず。

 私は帰宅するのではなく、目的の人物のもとへ向かった。




 目当ての人物は、まだ、教室にいた。


「見つけたわ……カイ」

「リンちゃん……そろそろ来るかなぁって思っていたよ」


 そう言ってカイトはいつもと変わらない笑みを浮かべた。


「どうして、そう思ったの?」

「なんとなく?おれの勘だよ?」


 にこにこ、と笑ったままカイトは答える。


「……ねぇ、カイ。あなた、昔、催眠術を試したことがあったよね?それで、事件を起こしたことがあったのを覚えている?」

「あったねぇ、そんなこと。もちろん覚えているよ」

「あの時は、クラスのみんなに私のためにお菓子を持ってきてって暗示をかけて、みんな本当にお菓子を持ってきて、私、とても困ったわ」

「でも全部ちゃっかり貰っていたよね?」

「……そうだったかしら」


 うん、そうだったような気がする。

 いや、その話は置いて。


「今でも、催眠術は使うの?」

「どうしてそんなことを聞くの?」

「お願い、答えて」


 小学生のあの時、みんな私にお菓子を持ってきたはいいけれど、なぜ私にお菓子を持ってきたのかはみんなわからなかった。

 なぜそう思ったのか、そのきっかけが思い出せない、と口を揃えてみんな言っていた。

 これは、今回の件の話に似ている。

 ううん、そっくりだ。ただ、暗示の内容が違うだけで。



「うーん……バレちゃったか。まぁ、いずれバレるとは思っていたけど」

「カイ……!どうして……?」


 ヘラっと笑って認めるカイトが、私は信じられなかった。

 カイトが彼女たちに嫌がらせを指示していたなんて、信じられない。

 だって、カイトは私の大切な幼馴染みで、仲の良い友人だと思っていたから。

 人を傷つけるようなことをする人じゃないと思っていたのに。


「どうして?わからない?」


 カイトは笑みを浮かべたまま、私に近づく。

 そしていつか見た、冷たい笑みを私に見せた。


「リンちゃんの……凛花のせいだよ」

「私のせい……?」

「そう。凛花が、あっさり心変わりをするから」


 ぞくり、と嫌な悪寒がした。

 これは、誰?これは本当にカイトなの?


「嬉しかったんだよ?凛花がおれのこと好きだって言ってくれて。日本に帰ってきたら、サプライズで登場して、凛花を驚かせて、ちゃんと返事をしようと思っていた。―――おれも、凛花が好きだって。なのに、凛花はおれのことをすっかり忘れて、別の男に惚れていた。酷い裏切りだよね?だから、赦せなかった。おれのことを忘れた君が。そして君の心を奪った蓮見が」


 私は目を見開く。

 憎しみのこもった瞳で私を見つめるカイトに、初めて恐怖を抱いた。

 そんな風に思っていたなんて、気づかなかった。

 笑顔の下で、そんなことを思っていたなんて。


「だから、だよ?まずは蓮見が大切にしている幼馴染みの従妹に近づいて、そして蓮見のファンたちに近づいて暗示をかけて。途中まで上手くいっていたのに、邪魔が入ったけど」


 本当に、すばるんたちは厄介だよ、とカイトは言う。


「まさか、こんな風に終わるとはね……予想外だったな」

「カイ……」

「ねえ、凛花。君が、おれを取ってくれるなら、赦してあげる。もう蓮見にちょっかいは出さないし、ちゃんと君を大切にする。だから、おれを取りなよ」

「…………」


 私は俯いて黙り込むんだ。

 私がカイトの手を取れば、蓮見にはもう手を出さないという。

 じゃあ、私がカイトの手を取らなければ?

 今よりもつらい目に、蓮見は遭うの?


 先ほど、橘さんを追い詰めていたと、自分を責めていた蓮見の姿が脳裏に浮かぶ。

 もう、あんな姿を見たくない。

 なら、私がカイトの手を取れば。


『俺の気持ちが変わることはない。だから、来年の今日、君の答えを聞かせて』


 カイトの手を取ろうとした私に、卒業式の日に言われた蓮見の言葉が蘇る。

 ここでカイトの手を取ったら、私は、自分の本当の気持ちを蓮見に伝えられなくなってしまう。

 約束、したのに。私の気持ちを打ち明けるって、約束したのに。

 その約束を、反故してしまっても、いいの?


 ぐるぐると頭の中を激しく思考が飛び交う。

 そして私は結論を出した。



「ねえ、カイ。嘘は、やめて」

「嘘?嘘なんてついてないよ」

「それも嘘ね。カイは嘘が上手で私はすぐ騙されてしまうから、嘘はつかないでって、昔から言っているでしょう?」

「だから、おれは嘘なんて……」

「カイはとても賢いもの。だから、こんな風に終わるだなんて思わなかった、というのは、嘘でしょう?本当は、わかっていたんでしょう?カイは、この結末を望んでいた。私に、カイが主犯だとわかるように、手がかりをきちんと残して」


 カイトは、とても賢い。

 カイトが本気で私に知らせたくないと思っていたなら、私はきっと主犯がカイトだと気づくことはなかったはずだ。

 証拠や証言すら残さないように、完璧に痕跡を消して、決してカイトへとたどり着けないようにすることくらい、余裕でできたはず。

 それなのにそれをせずに、ヒントをあちこちに残した。

 つまり、カイトは、私に知ってほしかったのだ。

 ―――黒幕は自分である、と。


「…………参ったな。やっぱりリンちゃんには敵わないや……」


 カイトは泣きそうな顔をした。


「お願い、本当の事、言って。カイが優しいって、私は知っているわ。なのに、どうしてこんなことをしたの?」

「……あのね、リンちゃんは誤解しているようだけど、おれは優しくないよ。さっき言った台詞のほとんどは本気だった。リンちゃんが好きなのも本当。はすみんが憎いのも本当。

 だけど、一番悔しかったのは、リンちゃんの心の中に、おれという存在がほとんど存在してなかったことと、リンちゃんがおれのことなんとも思ってないってこと。だから、思ったんだ。―――なんとも思われないなら、好きになってもらうのが難しいなら、いっそ嫌われてしまえって」

「カイ……」

「好きの反対は嫌いじゃない。好きの反対は“無関心”だよ。おれはリンちゃんになんとも思われないでいられるよりも、嫌われてリンちゃんの心の中にずっと居座り続けたかった。リンちゃんの中におれという存在を刻み込みたかった。だから、リンちゃんが苛められるように仕向けた。おれ、最低でしょ?嫌いになった?」


 カイトは笑いながら言っていたけど、その語尾は少し震えていた。

 いっそ嫌われたい。

 そうは思っても、やっぱり嫌われるのは、つらい。

 それが好きな人なら、尚更だ。


「……正直、カイのこと許せない、って思うわ」

「そっか」

「でも、でも、ね。私、カイのこと、嫌いになれないの」

「え……?」

「最低だって思うし、軽蔑もしてる。でも嫌いじゃないの。だって、カイは私の大切な幼馴染みだもの……簡単に嫌いになれるような絆ではないでしょう?それに、カイに助けられたこともたくさんある。だから、嫌いになんてなれないわ」

「リンちゃん……ほんと、リンちゃんって甘いよね」

「……自覚はしているわ」

「ねえ、リンちゃん。もし、リンちゃんが告白してくれたあの時、おれも返事をしていたら……そうしたら、リンちゃんは今でもおれを好きでいてくれた?」

「……そうね……」


 私は目を閉じて考える。

 自分の胸に手を当て、自分の鼓動を聴く。

 そしてゆっくり目を開いて、答えた。


「もしものことなんて、わからないわ。でも、ひとつだけ言えるのは、それでもきっと私は蓮見様に惹かれていた。きっと、蓮見様に恋をすると思うの……」


 私がそう言い切ると、カイトは「そっか」と言ってへにゃり、と笑った。


「あーあ……はすみんにリンちゃんとられちゃったなぁ……悔しいけど、仕方ないよね」

「カイ……その……」

「ごめん、は聞かないから。―――最後に、リンちゃんの気持ちが聞けて良かった」

「最後……?」


 私がはっとしてカイトを見ると、カイトは優しく笑っていた。


「おれ、明日イタリアに帰るんだ。父さんとの約束でね……本当はもっと短い間だけしか日本にいれなかったんだけど、無理言って今日まで伸ばしてもらったんだ。だから、今日でお別れ」

「そんな……」

「あはは。そんな顔しないで、リンちゃん。今度はちょくちょく日本に帰って来れるからさ。そうしたらちゃんと連絡するし、またみんなで遊んでよ」

「カイ……」

「Addio, il primo amore Donne」


 カイトは私の頬にキスをして、そよ風のように教室を出ていった。

 1人残された私はカイトにキスをされた頬に手を当て、静かに涙をこぼした。



「さよなら、ありがとう。私の初恋の人……」




 今度会うときは、笑顔で笑い合っていられますように。





補足。

小学生のころって催眠術とか流行りましたよね。紐に五円玉つけて「あなたは眠くなる~」ってやりませんでしたか?え?ジェネレーションギャップ?

いや、少なくとも私の小学校時代ではやりました!

カイトが催眠術を試したのは、そんな感じのノリです。

お父さんの本を読んでやってみたくなってやったらマジでみんな暗示にかかっちゃった、という感じです。

その時以来、カイトは催眠術を悪用することはしてません。日本に帰ってくるまでは。

催眠術を悪用するのは今回きりでしょう。


補足その2。

カイトの最後の台詞。

「Addio, il primo amore Donne」

=「さよなら、初恋の人」

イタリア語です。間違っているかもしれませんが……。



ただでさえ今回長めなのに、後書きまで長々として申し訳ありませんでした。

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