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体育祭も無事に終わり、もうすぐ夏休みに入るという頃に事は起こった。
「神楽木さん、少しよろしいかしら」
数人の女子生徒に詰め寄られる私。
彼女たちの顔に見覚えがある。蓮見ファンの人たちだ。
ちょっと待って。私、職員室に用があるのですが。
え?そんなの関係ないって?
確かに今日でなくてもいい用だけど、そんな横暴な……!
お約束な展開に私はびくりと肩を震わせる。
え?なんで?どうして?
最近嫌がらせがないから、もう飽きたんだと思っていたのに。
「少しお話をしたいの」
じりじりと追い詰められる。
に、逃げたい。
だけど、私に逃げ道はなく、女子生徒に連行されるように連れ出された。
ドン!と私は女子生徒に押されて、壁に背中をぶつける。
い、いったぁ……。
顔をしかめながら前を見ると、彼女らは怖い顔で私を睨んでいた。
「あなた、水無瀬さんになにか言ったのではなくて?」
「はい?」
「とぼけないで!わかっているのよ。告げ口するなんて、なんて汚い……!」
ちょっとぉ、なんの話かさっぱりよくわからないんですけどぉ。
背中痛いし怖い顔で睨まれるしなんなんだもう……。
「あなたが水無瀬さんに告げ口をしたせいで……!私たちが居づらくなってしまったじゃないの!どうしてくれるの!?東條様にまで睨まれるし……全部、あなたのせいよ!」
どういうこと?
美咲様には確かに嫌がらせを受けていることは言ったけど、ヘタレにはそんなこと一言も言っていない。
なにより、私は平気だから大丈夫だと美咲様には言ったのに。
陰で動いてくれていたってこと?
そんな……私のために動いてくれていたの?
「黙ってないでなにか言ったらどうなの?」
「だいたいあなた、ちょっと会長や東條様、それに蓮見様によくされているからって良い気になりすぎだわ!天狗になるのも大概にしてもらいたいわ。見ていて不愉快よ」
「そうよ!それに、蓮見様に相応しいのは姫樺様だわ。あなたなんかではなくってよ」
「あなた、姫樺様に不愉快な想いをさせているのがわからないの?」
彼女たちの台詞のお蔭で、私の中で繋がった。
そうか、彼女たちは橘さんと繋がっていたのか。
そして私に嫌がらせをしていたのは彼女たち。
そういうことだったのか。
「みなさん、そこでなにをしていらっしゃるの?」
どう答えようか悩んでいると、可愛らしい声が問いかけてきた。
彼女たちが後ろを振り向けば、そこには可愛らしく微笑んでいる橘さんが立っていた。
「姫樺様……いえ、これはその……」
「とても楽しそうね?私もまぜてくださる?」
彼女たちはすっと二手に分かれて、私の目の前に道を作る。
その道を橘さんはゆっくりと歩き、にっこりと私に向かって微笑んだ。
「ごきげんよう、神楽木さん。とても楽しそうですわね?」
「橘さん……そこをどいてくださる?私、職員室に用がありますの」
「まあ!姫樺様が話しかけているのに、そんな言い方……!」
「みなさん、落ち着いて」
橘さんは周りの女子生徒たちを見回し微笑む。
そして私を見据えると冷たく嗤う。
「あなた、自分の立場をわかっていらっしゃる?私、あなたのやり方に頭にきていますのよ?」
「私のやり方……?」
「ええ。美咲様や東條様を巻き込んで私たちを追い詰めるようなやり方。あなた、とてもずるい人なのね」
「仰っている意味がわかりませんわ」
「まあ、まだとぼけるつもり?陰から私たちをじわじわと追い詰めておいて……!」
いえ、本当に意味がわからないのですけれど……。
美咲様たちなにをしたんだろう……?
「本当に、あなたに奏祐様は相応しくないわ。なぜ奏祐様はこんな女を……」
ぎりっと橘さんは唇を噛む。
「あなたさえいなければ……!あなたさえいなければ奏祐様は……!」
橘さんの手が振り下ろされる。
私は叩かれるのを覚悟して、目をつむった。
「―――なにをしているの、姫樺」
涼しげな声が辺りを支配した。
いつの間にか橘さんの手は蓮見に掴まれている。
橘さんの背後に蓮見が立っていて、いつもと変わらない無表情を浮かべていた。
でも、その瞳は凍えそうなくらい冷たい。
「なにをしているの、って聞いているんだけど」
「奏祐様……」
恐る恐るといった感じで橘さんは蓮見を見つめた。
そんな彼女を蓮見は冷たい目で見つめている。
「まさか、君がこんなことするなんて……思ってもみなかった」
「あ……わ、私は……」
「やっていいことと悪いことがある。そんな分別もわからない子供じゃないはずだ。姫樺、彼女に謝るんだ」
いつになく厳しい口調で言う蓮見に、橘さんはぶるぶると体を震わせる。
そんな彼女に苛立ったように蓮見はもう一度言った。
「姫樺。彼女に、神楽木に謝れ」
橘さんは目を大きく見開き、その瞳に涙をいっぱいためた。
そして俯き、少ししてぱっと顔をあげると、瞳に涙をためたまま、言った。
「―――嫌です。私は、謝りません」
「姫樺」
「奏祐様はなにもわかってらっしゃらない……私の気持ちを。私は、こんなにも奏祐様をお慕いしているのに……!奏祐様は少しもわかろうとしてくださらない」
「姫樺……?」
「彼女に、嫉妬してなにが悪いのですか?私から奏祐様を奪った彼女に復讐をして、なにが悪いのですか?」
蓮見は戸惑ったように橘さんを見つめている。
そんな蓮見を橘さんは睨む。
「――ほら。こうして言っても奏祐様は私の気持ちをわかってくれない……いいえ、わからそうとしないんだわ。そして私より、彼女を選ぶの。だから、私は、あなたが、神楽木さんが嫌いだわ。奏祐様の心を奪った、あなたが憎い。あなたなんていなくってしまえばいいんだわ!」
「姫樺!」
思わず、と言ったように蓮見が橘さんに手を上げる。
私の体は勝手に動いていた。
パシン、と私の頬に鋭い痛みが走る。
「神楽木……どうして」
「なぜ……なぜあなたが私を庇うの……?」
二人の戸惑った視線を私は受けながら、にっこりと微笑んでみせた。
本当は頬がすごく痛むのだが、今は我慢。
「いけませんわ、蓮見様。女の子に、それも大切な幼馴染み手を上げたりしては」
「………神楽木……」
「……どうして!なぜ私を庇ったの!?」
「別に、あなたを庇ったつもりはありません。あなたを叩いたら蓮見様がとても後悔しそうだと思ったら、体が勝手に動いただけです」
「……あなた……」
「それに、橘さんの気持ちも、少しはわかりますから」
そう言って私は橘さんに微笑む。
わかるよ。だって、私もそうだもの。
私も、橘さんに嫉妬している。それに、私が彼女の立場だったら同じことをしてしまうかもしれないと思うから。
「凛花!?」
美咲様の声が聞こえると、美咲様が慌てた様子で駆け寄ってきた。
周りを見てみると、野次馬が増えていた。
あ、なんか見世物になっている……?
「凛花、その頬……どうしたの?まさか……」
「違うわ。これは私が勝手にやったことなの」
「凛花……」
美咲様は痛々しそうに私の赤くなった頬に触れた。
そして呆然と私を見ていた橘さんを見た。
「姫樺さん。私は凛花の味方よ。あなたがこれ以上凛花になにかするようであれば、私の持てる力すべて使ってあなたを潰すわ。それだけは覚えておいて。そしてこれからの自分の身の振り方を考えることね」
冷たく嗤う美咲様に、橘さんが恐れをなしたように一歩後ずさる。
そして彼女に追い打ちをかけるように、もう一人私たちに近づいてきた。
「とても賑やかしいね」
そう言って現れたのは東條昴だった。




