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最近、私に対する目に見える嫌がらせが減って来た。
飽きてきたのだろうか。
まあ、苛めなんてそんなものか。
私はあまり深く考えず、ただラッキーだと思うことにした。
体育祭の日がやってきた。
私は今年も生徒会のメンバーとしての仕事をこなし、自分が出る競技に出て、ふぅと一息をつくと、男子の100メートル走が始まるところだった。
私は日陰に入り、100メートル走を見ることにした。
そういえば、ヘタレが蓮見との決着をつけると言っていたけど、一緒に走れるのだろうか。
あれはランダムで選ぶはずだ。
一緒に走れなかったどうするのかなあ?
記録係にタイムを聞くとか?
考えていると、ヘタレと蓮見の番がやってきたようだ。
周りからざわざわとする。
ああ、一緒に走れたんだなあ、とヘタレと蓮見以外の生徒を見てみると、なぜか弟の姿もそこにあった。
ヘタレ、蓮見、弟の3人で走るらしい。
え?おかしくないか?学年違うのに。
学年違うのにこれってありなの?普通は学年ごとだよね?
なにかの陰謀を感じる。
弟は顔を強張らせているようだ。
それはそうだ。きっと二人と一緒に走るつもりではなかったはずだ。
ああ、ここでも弟は犠牲になったか……。
なんだか、不憫だな……。
せめて弟のために応援してあげよう。
頑張れ、悠斗!君の犠牲は忘れない。
そして100メートル走が始まる。
3人ともいい勝負である。
ほぼ水平に並んで走っている。
ああ、誰が勝つんだろう。
誰が勝ってもおかしくはないほど、実力は互角。
私はどきどきしながら結果を待った。
結果は、ほんのコンマ数秒の差で、ヘタレが勝ったようだ。
走り終わった彼らのもとに私が近づくと、美咲様が私より一足先にやってきていた。
「おめでとう、昴。ようやく奏祐に勝てたわね?」
「ありがとう、美咲。ようやくって……酷いな」
「本当の事でしょう?奏祐も悠斗君もお疲れ様。惜しかったわね」
「ああ……ありがとう」
「ありがとうございます」
ああ、なんか楽しそうだな。
この中に入っても大丈夫だろうか?
邪魔にならないかな?
そう思いつつも、私もヘタレと蓮見と弟に声を掛ける。
「東條様、おめでとうございます。蓮見様に悠斗も。お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう、神楽木さん」
「ありがとう」
「姉さん!ありがとう」
「惜しかったわね、悠斗。あともう少しで勝てたのに」
「そんなことないよ。ギリギリだったし……やっぱり先輩方には敵わないよ」
「まぁ、そんなことないわ、悠斗くん。だって、去年は勝てたじゃない」
「あれは……たまたま運が良かっただけです」
私たちが談笑していると、甲高い声が響く。
「奏祐様ぁ!!」
げえっ。現れた……。
「姫樺……」
「奏祐様、お疲れ様でした!レモネードですわ。よろしかったらお飲みくださいな」
橘さんはタオルとレモネードの入った水筒を蓮見に差し出す。
蓮見は「ありがとう」と言って水筒を受け取り、レモネードを飲む。
橘さんは微笑みながら、「よろしかったら、東條様と悠斗様もどうぞ」と言って、コップに入れたレモネードを差し出した。
ヘタレと弟も「ありがとう」と言ってレモネードを受け取った。
「……美味しい。これ、美味しいね」
「まあ、本当ですか?とても嬉しいですわ。ありがとうございます、東條様」
橘さんが嬉しそうに頬を染める。
そんな彼女を見て、美咲様が少し面白くなさそうな顔をしている。
おい、ヘタレ!美咲様が拗ねているぞ!もっと考えろ!
「これ、自分で作ったの?」
「はい、そうなんですの。これは奏祐様と私の思い出の味なのです」
「へえ……蓮見さんとの」
弟が興味深そうに蓮見を見つめる。
しかし、蓮見の表情は変わらない。
「思い出と言っても、二人で小母さんから習った、というだけだろ」
「それでも、私にとっては思い出なのです」
橘さんは懐かしそうに微笑む。
いいな。
幼い頃の蓮見との思い出が、彼女にはたくさんあるのだろう。
少し、羨ましいな。
懐かしそうに蓮見と話をしている橘さんが羨ましくて、私はそっと目を伏せた。
体育祭のラストを飾るのは毎年恒例のリレーである。
今年はヘタレと蓮見もギャラリーとして見学をする。
「初めてだなぁ、こうしてリレー見るのは」
「そうだね」
興味深そうに見つめるヘタレと蓮見。
なんだかこの二人と一緒にリレーを見学するのに違和感を感じる。
なんというか、とても不思議な感じだ。
「そろそろ始まるね。うちのクラスは優勝できるかなぁ」
「さぁ?」
「たぶん、優勝できると思いますわ。だって、アンカーはカイだもの」
私がそういうと、ヘタレが不思議そうな顔をする。
「へぇ?ずいぶん、矢吹君を買ってるんだね?」
「えぇ、まあ」
「どうして?」
「幼馴染みだから、でしょうか。見ていればわかりますわ」
「ふぅん……?それは、楽しみだな。ね、奏祐?」
「……そうだね」
少し、不機嫌そうな声で蓮見は返事をした。
そんな蓮見をヘタレは面白そうに見つめる。
どうしたんだろう?
なんで蓮見は不機嫌そうなのだろう?
私が首を傾げていると、美咲様はくすりと笑う。
美咲様は蓮見が不機嫌になった原因を知っているのだろうか?
そんなやり取りをしている間に、リレーが始まった。
トップバッターは飛鳥である。
飛鳥はヘタレや蓮見ほどではないにしろ、足は速い部類だ。
今のところダントツ1位である。
さすが会長。ハイスペック。よっ、いいおとこ!
飛鳥は涼しげな顔をしてバトンを次の人に渡した。
「飛鳥くん速いね」
「まぁ、会長だしね」
「さすが飛鳥くんね」
……なんだろう、この、飛鳥だから当然、みたいな雰囲気は?
そんなに信用されてたの?いつの間に……。
リレーは進み、あと少しでアンカーである。
うちのクラスは少し順位を落として現在4位。
これでも奮闘している方ではないだろうか。1位との差もあまりないし。
あとはカイトの頑張り次第だ。
そしてバトンはカイトの手に渡った。
そこからあっと言う間だった。
あっと言う間に3人を抜かし、1位に躍り出る。
そして2位との差をぐんぐんと広げ、余裕のゴールである。
久しぶりに見たけど、やっぱりカイトは足が速い。
下手したら、ヘタレや蓮見よりも速いんじゃないだろうか。
カイトはゴールしたあと、くるりと宙返りまでする余裕っぷり。
本気じゃなかったのだろうか。息も乱れていないようだし。
「す、すごい……」
「ああ……ここまで速いとは……」
「悠斗くん、あっと言う間に抜かされちゃったわね……」
「ええ」
弟は途中まで1位だったのだ。
それをカイトは軽々と抜かした。
カイトは弟に近づき、なにか声を掛けている。
きっと、「ユウがんばったね~!結構速くなったんじゃない?」とかじゃないだろうか。
遠目で見ているだけだから微妙だけど、弟は悔しそうな顔をしていたように見えた。
そんな二人を見ていると、カイトは私たちの視線に気づいたようで、大きく手を振りながら笑顔で私たちに近づいてきた。
「リンちゃーん!おれの活躍、見ててくれた?」
「ええ、ちゃんと見てたわ。相変わらず速いわね」
「でしょでしょー!昔より速くなったんだぁ!おれすごい?」
「すごいわ。さすがカイね」
「えへへ」
嬉しそうに笑うカイトに、ヘタレと蓮見は微妙な顔をしていた。
それはそうだろう。
自分たちと同じくらいの実力の弟を軽々と抜かしていったのだから。
「あ。すばるんにはすみん!」
すばるん?はすみん?
いつの間にそんな風に呼ぶ仲になったんだろう。
「今度おれと100メートル勝負しよーね!負けないから!」
「……面白いね。僕も負けないよ?」
「もちろん!はすみんもね?」
「ああ。もちろん」
3人の間に火花が散る。
なんだろう。これって男同士の友情ってやつのなのだろうか?
実に暑苦しい、と思ってしまった私は正真正銘の女子に違いない。
……たぶん。




