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机に落書きがされて以来、備品への嫌がらせが増えてきた。
そう、例えば、上履きを片方隠されたりだとか、机にごみが入れられていたりだとか、まあ、よくある苛めのパターンである。
典型的だなあ、と思いつつも地味にダメージがくる。
よくある苛めというのは、ダメージがあるからこそよくされるものなのだと、あまり実感したくないことを実感した。
なにはともあれ、もうすぐ修学旅行である。
桜丘学園では毎年海外へ修学旅行に行っているので、今年もきっと海外だろう。
どこかなあ?
ヨーロッパ?ハワイ?オーストラリア?
ああ、どこだろう。楽しみだ。
「えー、今年の修学旅行は、世界情勢を考えて、国内に変更になった……らしいぞ。え。まじか。俺、カジノで遊びたかったのに……」
えええ!!?
なんで今年に限って国内!?
というか、担任が教師にあるまじき発言をしていた気がするのは気のせいか?
飛鳥をちらりと見ると、飛鳥の眉が寄っていた。
これは、担任の発言に眉を寄せているのか、それとも修学旅行が国内になったことに対して眉を寄せているのかは謎だ。
ちなみに、今年も担任は去年と同じ伏見だ。
相も変わらずダルそうである。もっとしゃんとしろ。
クラス中からブーイングが飛ぶ中、伏見は面倒くさそうに「静かにしろ」と言う。
「決まったものは仕方ない。諦めろ。ええーと、今年の修学旅行先は、北海道だ。北海道ねぇ……なんか楽しいとこあったかぁ……?」
伏見は紙を見ながら眉を寄せる。
楽しいとこ?それって大人の遊びをするところじゃありませんよね?
「札幌あたりにあるか……よし。一色でも誘って夜は繰り出すか……」
一色とは、生徒会顧問である一色孝先生のことだ。
なんでも二人は同級生でとても仲が良いのだとか。
ダルそうな伏見と腹黒そうな一色。
そんな二人がタッグを組んでいるこの状況に頭を抱える教頭先生の顔が浮かぶ。
生徒の前で夜の予定なんて言っていいんですかね~。
それも教師が、夜の街に繰り出すなんて、いいんですかね~?
生徒に示しがつかないんじゃないですかね~。
「先生!」
カイトが元気よく手を挙げて発言する。
伏見は怪訝そうにカイトを見つめる。
「なんだ、矢吹」
「おれも連れて行ってください!」
「だめに決まってんだろ。大人の時間だ、子供は寝てなさい」
「えぇ~。おれもいきたーい!お酒飲みたーい!」
「は?未成年がなに言ってんだ。未成年は飲酒禁止って法律で決まってるだろ」
「え?イタリアでは16歳からだよ?おれ普通に飲んでたし」
「ここは日本だボケ!」
ナイスツッコミ伏見。
カイトは「あ。そうだった」とペロッと可愛らしく舌を出した。
そんなカイトに伏見は疲れたようにため息をつく。
「おまえの相手は疲れるわ……」
「えへへ。よく言われる」
言われるんかい!とクラス中が内心でつっこんだに違いない。
それ褒めてないからね、カイト。わかっているよね?
班分けをすることになった。
男女4人の班分けだ。
ここで事件が勃発した。
「おれがリンちゃんと一緒の班なのは決定で~」
「ちょっと待って。まだ決定じゃないよ、矢吹君。勝手に決めないでほしいな」
「凛花、もちろんと私と一緒の班になってくれるでしょう?」
3人に詰め寄られる私。
誰か助けて!ちょっとそこの蓮見と飛鳥!助けてくれ!
「え、ええ。もちろんよ、美咲」
「リンちゃん、おれは?」
「神楽木さん、もちろん僕と一緒の班になってくれるよね?」
「えっと……その……」
困る。困るんだけど。
誰を選べばいいの?
私としてはできるだけ蓮見と一緒の班になりたいのが本心だけれど!
「やめろ、君たち。神楽木が困っているじゃないか」
飛鳥が仲裁に入ってくれて、私はほっとする。
さすが生徒会長。頼りになる~。
「アスカもリンちゃんと一緒の班になりたいの?でも譲らないからね!」
「飛鳥君もライバルか……負けないからね?」
「なんでそうなる!?」
カイトとヘタレの勢いに生徒会長もタジタジである。
ああ……この二人相手ではさすがの飛鳥も負けるか。
それまで黙って成り行きを見守っていた蓮見が口を開く。
「もう面倒くさいからじゃんけんにすれば?」
「じゃんけんかぁ。いいよ!受けて立つ!」
「わかりやすくていいよね」
「……これって俺も参加するのか?」
ただ仲裁していた飛鳥も巻き込まれ、男4人の仁義なき戦いが幕を開けた。
いや、ただのじゃんけんなんですけどね?
そしてちゃっかり蓮見も加わっているね?いつの間に。
そして蓮見の掛け声のもと、じゃんけんが始まる。
「最初はグー、じゃんけん……」
「ポン!」
あいこだ。
4人は再びじゃんけんをする態勢に入る。
「じゃんけん、ポン!」
またもやあいこだ。
ちょっと緊張してきたな……参加しているわけじゃないのに。
「じゃんけん、ポン!」
「あぁ!!!」
「負けたか……ふぅ」
カイトと飛鳥がパーを出し、チョキを出したヘタレと蓮見に負ける。
飛鳥はため息を吐き、カイトはとても悔しそうに地団駄を踏んだ。
ヘタレと蓮見はハイタッチをし合う。
え?そんなに喜ぶこと?
でも、蓮見と一緒の班かぁ。
「良かったわね、凛花?」
「へっ!?」
「奏祐と一緒の班になれて」
美咲様がからかうように笑いながら言う。
私はあわあわしかけて、いけないと思い直し、私は余裕の笑みを浮かべた。
慌てると余計に美咲様にからかわれそうな気がしたからだ。
「ええ。美咲も、良かったわね?東條様と一緒の班になれて。二人きりになれるように協力するからね」
「まぁ、凛花ったら……」
ちょっと困ったように美咲様ははにかむ。
今日も美咲様は天使だ。
美咲様のはにかみ顔は天使よりも愛らしい。
私が美咲様のはにかみ顔にデレデレしていると、ヘタレと目が合う。
そしてヘタレが意味ありげな目線を送ってきた。
なんだ……なんなの?
アレか?嫉妬しているの?美咲様のはにかみ顔を私が独占していることに?
フッ……これが同性の友人の強みさ。
異性に生まれ落ちた己を悔いるがいい。
あれ?ちがう?
ちょっとなんでそんな残念な子を見る目で私を見るの?
なに?喧嘩売ってるの?
買いませんよ?どうせ高い値段吹っかけてくるんでしょ?
そんな手口に私は騙されないからね!元庶民なめるな!
そんなことを思っていたら、いつかみたいに携帯がブッブッと鳴った。
『僕に協力してくれる約束、忘れないでね?
そのかわり、僕もちゃんと協力するからね☆』
予想通りのヘタレからのメールであった。
え?なにその最後の星マーク……。
というかなんの協力ですか?
なんかこわい……。
とにかく、全力でヘタレに協力しよう。
私のために。




