90 ライバル令嬢
美咲視点です
薄々、気が付いていた。
奏祐のことを慕う子たちの穏やかではない動きに。
始めは私の思い込みだと思っていた。
だけど、日を追うごとに思い込みだと思い続けることが難しくなってきた。
決定的に彼女たちの不穏な気配を感じ取ったのは、クリスマスパーティーの時。
私は昴たちと楽しく会話をしながらも、彼女たちの様子をじっと観察していた。
凛花と悠斗君が登場し、仲良くダンスを踊っている間も、彼女たちは冷たい視線で凛花を見ていた。
他の皆は微笑ましく彼女たちのダンスを見守っているというのに。
やがて奏祐が姫樺さんを連れて登場した。
しかし、彼女たちは奏祐にべったりくっついている姫樺さんに対しては、凛花に向けていたような視線を送らなかった。
おかしい。
彼女たちは奏祐と仲の良い凛花を妬んでいるから不穏な動きをしているのだと思っていた。
だけど、凛花以上に奏祐にべったりとしている、突然現れた外部の人間に動揺することもなく、ただひたすら凛花だけに冷たい視線を送る彼女たちは異常だ。
なにか、ある。
私はそう直感した。
密かに彼女たちと姫樺さんの繋がりを調べたけれど、繋がりらしいものはまったく見当たらなかった。
どういうことだろう?
なぜ、彼女たちは凛花にだけあんな敵意を抱いているの?
奏祐が、凛花を好きだから?
いや、違う。
奏祐は自分の気持ちがあまり顔に出ない人だ。
奏祐の気持ちを知るのは、きっと奏祐に親しい人だけだ。
凛花と接している時の奏祐は、いつもと変わらないように見える。
よほど親しい人でない限り、奏祐の表情の違いなんてわからないだろう。
凛花と奏祐はよく一緒にいる。だけど、それは生徒会の仕事があるからだ。
それ以外で二人が一緒にいることは滅多に見かけない。
それに、今更、というのが気になる。
凛花と奏祐が生徒会に入ったのは去年のことで、去年から二人が一緒にいる姿を見かけることは多々あったはずなのに、今年に入ってから、それも2年の途中から、急に奏祐を慕う子たちの凛花への態度が変わった。
この辺りも怪しいところだ。
彼女たちの態度が変わった頃、なにか、凛花にあっただろうか?
考えて思いつくことは2つ。
1つは、姫樺さんに買い物をしている時に出会ったこと。
もう1つは、凛花の幼馴染みである、矢吹くんが編入してきたこと。
矢吹くんは、日本に来たばかりのようだし、彼はこのことに関しては無関係なはずだ。
無関係だと言い切れないのは、彼の裏が読めないからだ。
彼には、裏の顔がある。それは私の勘だけれど、きっと外れていないと思う。
だって、彼は時々背筋が凍るような笑みを浮かべている。
凛花は気づいていないようだけれど、私の中で彼は要注意人物だ。
私の中で一番怪しいと思う人物は、姫樺さんだ。
彼女は凛花に敵意を向ける理由もある。
それにパーティーの時に彼女たちが姫樺さんを睨まなかったのも、彼女が関わっているからだとしたらしっくりくる。
姫樺さんは厄介な存在だ。
来年入学してきたらよくよく注意しなければならない。
そう思っていたのに、彼女は早速凛花に接触してきた。
そして宣言をしたのだ。奏祐は渡さない、と。
まずい、と思った。
これは早急に手を打たなければと思い、できる限りに彼女たちを抑える努力はしてきた。
しかし、それももう効かなくなってしまったようだ。
あからさまに向けられる敵意。そして陰口。
凛花は平気な顔をしているけれど、傷ついていないわけではない。
ただ、それを表に見せないだけ。
だけど、こうして彼女たちが動きだしたことによって見えてきたものもある。
姫樺さんと奏祐を慕う子たちは繋がっている。
これは確実だ。
そして、今朝見つかった、凛花の机に書かれた落書き。
これは彼女たちの誰かが書いたものだろう。
それにしてもブスとは酷い。
凛花はアライグマのように可愛いのに。
いや、レッサーパンダでもいいのだけれど。
私は凛花の机に書かれた落書きを消しゴムで消すのを手伝いつつ、さりげなく周りを観察する。
ひそひそと話をする人。眉をひそめている人。
そして、クスクスと笑っている人。
私は彼女たちの顔をしっかりと見て、顔を覚えた。
よくも私の大切な友人にこんな仕打ちを。
倍返しにして、返してあげなくては。
とにもかくにも、私は凛花から詳しく話を聞いた。
目に見える嫌がらせをされるようになったのは、凛花が体調を崩して休んでからだという。
凛花が倒れたあの日、凛花が倒れているのを一番に発見したのは、奏祐だった。
奏祐は血相を変えて、凛花を抱えて保健室に連れて行った。
凛花には言ってないけれど、お姫様抱っこをされて凛花は保健室に運ばれたのだ。
去年のいばら姫を観た生徒たちは、大変興奮していた。
もちろん私もそのうちの一人なのだけど、それは今は置いておく。
その時、奏祐と凛花はとても目立っていた。
しばらくその話で持ち切りになるくらいに。
きっと、それが気に入らなかったのだろう。
奏祐に大事にされている凛花。
そんな凛花を見て、彼女たちは嫉妬の炎を燃えあがらせた。
それが、今回の嫌がらせの発端。
そう私は推測した。
さて、どうしよう。
どうやって、彼女たちを懲らしめる?
「美咲。なにか、悪巧みしていない?」
私は昴の声に意識を浮上させる。
そして昴を見てにっこりと笑う。
「悪巧みなんてしてないわ。ただ、ちょっと困った羽虫をどうしようかしら、と悩んでいただけ」
「……そ、そう。ほどほどにね……」
昴は引きつり笑いを浮かべた。
「本当に……どうしようかしら……」
私がポツリと呟くと、昴は真面目な顔をして、「神楽木さんのこと?」と聞いてきた。
「なぜそう思うの?」
「僕の耳にも、噂は入ってくるからね。聞いたよ、神楽木さんの机に酷い落書きがされていたんだって?」
「……ええ、そうなの。酷いのよ。凛花はアライグマのように可愛いのに、ブスと書いてあったの。書いた人の目はどうなっているのかしら。病院に連れていきたいわ」
「アライグマ……。ま、まぁ、確かにそうだね。……その仕返しを考えていたの?」
「まあそんなところ」
「ふぅん……なるほど」
昴は考え込むようにしてしばらく腕を組んでどこかを眺めた。
そしてゆっくりと私の方を向くと、とてもいい笑顔で笑った。
それは悪巧みを思いついたような、満面の笑顔で。
「神楽木さんに嫌がらせをしている子たちは、奏祐のファンでしょ?なら、奏祐にギャフンと言ってもらえば、大人しくなるんじゃない?」
「逆効果になってしまうかもしれないわ」
「逆効果にならないくらい、奏祐を怒らせればいいんだよ。本気で怒った奏祐は、僕でも震えるくらい、怖いから」
「……どうやって?」
「簡単だよ。彼女たちを罠に嵌めて、奏祐を怒らせるようなことをさせればいい」
「だから、どうやって?」
「そうだなぁ……しばらくは、様子見、かな。彼女たちの行動パターンを分析して、罠を仕掛ける。ああ、そうそう。ついでに自称奏祐の婚約者さんにも付き合ってもらおうか」
笑顔のまま、昴は毒を吐く。
「僕たちの大切な友人にこんなことをするなんて、いい度胸しているよね」
クスクスと笑う昴の台詞に私は頷きかけて、私は固まる。
昴は、今、なんと言った?
僕たちの大切な友人と、言っていた?
「ねえ、昴……」
「なに?」
「今、大切な友人って、言った?凛花のこと、大切な友人って……」
「あ……」
しまった、という顔を昴はする。
そしてぽりぽりと頬を掻くと、罰の悪そうな顔をして言った。
「……そうだよ。神楽木さんは僕にとって、大切な友人、だよ」
「……どうして?だって、昴は凛花に……」
「きっぱり振られたんだよ。だから、もういいんだ」
「昴……」
「心配しないで、美咲。僕が落ち込んでいるように見える?僕はちゃんと前を向いているよ」
「……そう」
「今は僕のことよりも神楽木さんのこと、でしょ?」
「そうね……凛花への嫌がらせをなんとかしないと……」
途中で昴に誤魔化せられたような気がしなくもなかったけれど、私たちは真剣に凛花に対する嫌がらせへの対応を話し合う。
きっと、私たちにしかできないことがある。
私たちが下手に行動すると凛花への嫌がらせが酷くなってしまうこともある。
そうならないように気を配りつつ慎重に動かなくてはならない。
そうして、私たちはこっそりと、動き出した。




