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 私は2日間寝込んだ。

 頭の痛みと重さがなかなか引かなかったのだ。

 3年生が始まったばかりなのに、いきなり2日も休むなんて、ありえない。

 真面目なのが私の取り柄なのに。


 今では頭痛も治まり、頭の重さも感じない。

 もう少し休んだら、という家族の意見を跳ね除けて私は登校した。

 生徒会の仕事だってあるし、なにより今年は受験生なのだ。

 そんなに休んではいられない。


 私が教室に入ると、美咲様が心配そうな顔をして私に駆け寄ってくれた。


「ごきげんよう、凛花。具合はもう大丈夫?」

「ごきげんよう。ええ、もう大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

「そう……本当に、良かった」


 ほっとしたように美咲様は微笑む。

 私も微笑み返し、自分の席に座ろうとした。

 その時、冷たい視線を感じて振り向くと、そこには私を冷たく睨む女子生徒たちがいた。

 特に親しくもない相手。

 なのにどうしてこんなに冷たい目で睨まれているんだろう?


「おはよう、美咲、神楽木さん。神楽木さん、具合はもういいの?」

「ごきげんよう、東條様。ええ、もうすっかりよくなりましたわ。心配してくださってありがとうございます」

「そう、良かった。君が倒れた時の奏祐の顔、君にも見せたかったよ。滅多に見れないくらい動揺していたから」

「ええ。私たちもあんなに動揺した奏祐を見たのは初めてよ」


 クスクスと笑い合うヘタレと美咲様に、私は嬉しくも照れくささを感じ、照れ笑いを浮かべた。

 その時、冷たい声が私の耳にすっと入って来た。


「いいご身分ね。蓮見様にも東條様にも優しくされて」


 その声に私の心がすっと冷えた。

 私にだけ聞き取れるように呟かれた声。

 美咲様とヘタレは聞き取れなかったようで、普通に話を続けている。

 声のした方を向けば、先ほどの女子生徒がやはり私を睨んでいた。


「お二人にいい顔をして、お尻の軽い人だわ」

「本当に。はしたない」


 なんで?どうして、私はこんな敵視されているの?

 私は突然向けられた敵意に戸惑う。


「凛花?どうしたの?もしかして、また具合が?」

「あ……なんでもないわ。気にしないで?」

「本当に?無理をしてない?」

「ええ」


 私は笑顔を作り、美咲様を安心させるように微笑む。

 その時、ふと、橘さんが言った言葉が蘇る。


『どんな手を使ってでも、貴女から奏祐様を引き離してみせますわ』


 もしかして。これが彼女の手?


「おはよう」


 その時、蓮見が教室に入ってきて、私たちのところへやって来た。

 ヘタレと美咲様がそれぞれ挨拶を返す。

 蓮見は私の顔を見て少し口元を緩めた。


「おはよう、神楽木。具合は良くなった?」

「ごきげんよう、蓮見様。ええ。もうすっかり良くなりましたわ。ご心配をお掛けしました」

「それは、良かった。でも無理はしないように。もうあんな気持ちになるのはこりごりだから」

「ええ。気を付けます」


 蓮見は柔らかく微笑む。

 私はその微笑みを見て思った。

 引き離されたくない。私は、蓮見の傍にいたい。

 たとえ、気持ちを伝えられなくても。私は蓮見の傍にいたい。

 だから、負けるものか。

 ―――私は、絶対に橘さんの手に、屈しない。




 その日から、私は細心の注意を払って高校生活を送った。

 荷物は全部持ち帰る。大切なものは持ち歩く。

 漫画で凛花(ヒロイン)が受けていた苛めの数々を思い出し、できる限りその対策をする。

 陰口や悪口は手の打ちようがないけれど、これは気にしないことにした。

 とはいえ、やはり自分の悪口を言われると気分の良いものではなく、傷つく。

 しかし、どうやらこの私に対する嫌がらせを行っているのは蓮見ファンの人のみのようである。

 他の人たちは普通に接してくれるのはまだ救いだ。


 この嫌がらせが、私の親しい人たちの耳に入らないことを祈る。

 自分が嫌がらせされているなんて、あまり知られたいことじゃないし。



 私が朝登校すると、私を見てひそひそと話す声が聞こえる。

 それに嫌な予感を覚えた私は教室に急ぐ。

 そして教室に入り私の机を見ると、予想はついていたけど、落書きがされていた。


『調子に乗るなブス』


 ブス……ブスねぇ……。

 これでも一応、ヒロインなんですけどね?

 みんなにキャーキャー騒がれている我が弟の顔と似ていると周りからよく言われるんですがね。

 まあ、人の美醜って人それぞれだものね。

 うん、これ書いた人にはブスに見えているんだ。


 いや、それよりも落書き消さなきゃ。

 こんなの美咲様に見られたらあとでこわ……あ。


「ごきげんよう、凛花」


 にっこりと笑顔で挨拶をする美咲様は相変わらず美しい。

 美しいんだけど、なんか背後に黒いオーラが見えるんだよね。

 これ私の気のせいかな?


「ご、ごきげんよう、美咲」


 私は引きつり笑いで挨拶をし返す。

 美咲様はにこにこと笑顔のまま、私に問いかける。


「なんだか教室が騒がしいようだけれど……その理由を知っている?」

「え?さ、さあ……?美咲の気のせいじゃないかしら……」


 おほほほほ、と誤魔化してみるが、美咲様の目が据わっている。

 あ、これだめだ。


「凛花。なにか、私に隠しているんじゃなくて?」

「いやぁ、まさか!美咲に隠し事なんてしてないよぉ」


 そんな恐れ多いわぁ、と笑って見せるがぎろり、と美咲様に睨まれた私は、蛇に睨まれた蛙だった。

 今なら蛙の気持ちがわかる。


「凛花?嘘は良くないわ。そこをどいて頂戴」

「いや……そのぉ……」

「どいて頂戴」

「……はい」


 迫力満点な美咲様に撃沈した私は渋々どいた。

 そして私の机を見た美咲様の顔が強張る。

 あーあ。だから見られたくなかったのに。


「なんてことを……凛花がブスですって……?これを書いた人の目は腐っているのかしら……?凛花はアライグマのように可愛いのに」


 あらいぐま?


「あの、美咲……?」

「いえ、レッサーパンダかしら……ううん、やっぱりアライグマ……」


 もしもーし?

 悩むようなことじゃないと思いますよー?


 ぶつぶつと言っている美咲様は、しばらく呟いたあと、私の顔を見て微笑む。

 その微笑みに私はぞくり、と悪寒が走った。



「凛花、いつから、こういう嫌がらせを受けているのかしら?詳しく、話してくれる?」



 美咲様の笑顔は、相変わらず美しかった。

 まるで氷の花。


 これがライバル令嬢、水無瀬美咲の、本来あるべき姿。


 決して敵に回していけない人なのだ。

 そんな人が今、私の味方にいることに、私はほっとしたような、怖いような、複雑な心境になった。





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