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翌日、私がいつも通りの時間に登校すると、なにやらざわざわと騒がしい。
なんだろう?なにかあったのかな?
私は少し気になったものの、騒ぎの中心を見に行こうとは思えず、そのまま教室に向かい歩く。
しかし、その途中で声を掛けられた。
「あら。神楽木さんではありませんか。ごきげんよう」
甘ったるい、高い声。
聞き覚えのある声に私が恐る恐る振り返ると、そこにはやっぱり橘さんがいた。
私は無理やり笑顔を作り、「ごきげんよう」と挨拶を返す。
よくできた私。えらいぞ、私。
「おはよう、神楽木」
自分を褒め称えていると、さらに馴染み深い声に挨拶をされる。
私が声のした方に顔を向けると、そこにいたのはやっぱり蓮見だった。
蓮見と橘さんは仲良く腕を組んでいた。
ん?腕を組んでいた……?
私がカッと目を見開いて蓮見たちを注目すると、橘さんが一方的に蓮見の腕をとって蓮見の腕にしがみついていた。
ああ、これか。これが、騒ぎの原因か。
「ふふ、ちょうどよかった。私、神楽木さんと一緒にお話をしてみたいと思っておりましたの。少しだけ、お時間を頂けませんか?」
にこにこと笑いながら彼女は言う。
正直嫌な予感しか覚えないから断りたい。
でも断るのは逃げるようで嫌でもある。
私は悩んだすえ、頷いた。
すると彼女はでは、こちらへ、と私を誘う。
私は彼女に誘われるまま、ついていく。
蓮見とすれ違う際に、蓮見が少し不安そうな顔をしているのが目に入った。
「話とは、なんでしょうか?」
彼女が人気のない場所で立ち止まってすぐ、私は彼女に話しかけた。
できるだけ彼女と一緒にいない方がいいような気がしたのだ。
「貴女、私の忠告を無視したわね」
「忠告?」
「奏祐様に近づくな、と忠告したはずですわ。私、奏祐様が卒業されたら正式な奏祐様の婚約者になれますの」
「その話は、聞いています」
「聞いている?それなのに、よくも貴女、堂々と奏祐様の隣にいられるわね!私が奏祐様の婚約者なのよ!私の邪魔をしないで!」
「……それは、約束できかねますわ」
「なんですって?」
「約束をすることはできない、と申しました」
「まあ……!」
ギロリと彼女が私を睨む。
怯みそうになったけど、私は踏ん張って彼女の視線を静かに受け止めた。
「貴女なんかに、奏祐様は渡さないわ。どんな手を使ってでも、貴女から奏祐様を引き離してみせますわ。覚悟をしていらっしゃいな……!」
そう私に宣言すると、彼女はくるりと私に背を向け立ち去る。
私はその姿に既視感を覚えた。
私、このイベントを、知っている。
視界がゆらり、と揺れる。
思い出した……。
セカコイには、スピンオフ作品もあったのだ。
蓮見奏祐はセカコイの人気キャラクター。
蓮見も誰かとくっつけて!というファンの要望が叶った作品。
タイトルやヒロインの名前は思い出せないけど、その作品は蓮見とヒロインのラブストーリーだったはずだ。
はず、とつくのは、私がそれ読んだのは最初の1話だけだったからだ。
その続きの記憶がないところから考えて、前世の私は続きを読まずに死んでしまったのだろう。
橘姫樺は、その作品でのライバルキャラクターだ。
美咲様と違い、彼女は本当の悪役令嬢として描かれていた。
さっきのイベントは、その漫画の第1話にあった。
ただ、あのイベントは高校卒業後の話で、橘さんが大学に乗り込んでヒロインに先ほどの台詞を言っていた。
そっくりそのまま、同じ台詞だったはずだ。
なんてことだ。
セカコイと同時期にスピンオフの話も始まってしまっているとは。
セカコイと違い、スピンオフはどういうストーリーなのか、私は知らない。
でもただひとつ言えることは、私はスピンオフのヒロインになってしまっている可能性が高い、ということだ。
でも、おかしい。ヒロインは凛花ではなかったはずなのに。
それに、時間軸が違う。
どういうことなんだろう。
私は突然激しい頭痛に襲われ、その場に座り込む。
頭が、痛い……。
頭痛に苦しんでいる場合じゃない、考えないと。
そう思うのに、頭痛は一向に治まらず、むしろ考えようとすると激しさを増す。
まるで、考えるな、となにかに言われているかのよう。
やがて視界も掠れていく。
あまりの痛さに、私はとうとう何も考えられなくなって、意識を手放す。
意識を手放す瞬間、蓮見の匂いがした気がした。
目を覚ますと、白い天井が見えた。
見覚えのない天井に、ここは自分の部屋ではないのだと理解する。
ゆっくりと周りを見ると、ベッドはカーテンに覆われていて、消毒液のにおいがした。
そして、ここは保健室なのだ、とようやく理解できた。
頭が、重い。
まるで鉛を頭に乗せているかのようだ。
そのせいか、思考がどうも鈍くなっているようだ。
頭がうまく回らない。
私はゆっくりと上半身を起き上がらせると、頭に痛みが走った。
痛いけれど、我慢できないほどではない。
そもそも私はどうして保健室にいるのだろうか。
確か、橘さんと話をしていて、漫画の記憶を思い出して、そしたら急に頭が痛くなって、意識を失った。
それからどうやって保健室へ?
「ああ、姉さん。目を覚ましたんだね」
「……ゆうと?」
「無理しちゃだめだよ。まだ起きるの辛いんじゃない?」
「ありがとう……ねえ、私、どうやってここまで来たのかしら?」
「ああ。倒れている姉さんを蓮見さんが発見して運んでくれたんだよ。保険医の先生が言うには貧血だってさ。あとで蓮見さんにお礼を言っておきなよ?」
「そう……蓮見様が。わかったわ。あとでちゃんとお礼を言っておくね」
「うん。姉さん、今日はもう帰ろうか。顔色、悪いよ」
「そうね……そうするわ」
「じゃあ、車を呼んでくるから待ってて。それまでゆっくり寝ていて」
「ええ。ありがとう、悠斗」
私は弟を見送るとまたベッドに横になる。
本当に頭が重い。どうしちゃったのだろう、私。
朝まで元気だったのに。
「……神楽木?起きている?」
「蓮見様?」
私が返事をすると、蓮見がカーテンを開けて入って来た。
起き上がろうとすると、いいから、と止められる。
私は申し訳なく思いながらも、横になったままでいることにした。
起きているより寝ている方が楽だから。
「目を覚ましたんだ。よかった」
「蓮見様が私を運んでくださったそうですね。ありがとうございました」
「いや。これくらい、普通だろ」
蓮見は気まずそうに視線をそらす。
久しぶりに見た照れた蓮見に私は思わず笑みをこぼした。
「ねえ……姫樺になにかされた?」
「いいえ。なにもされていませんわ。私の具合が突然悪くなっただけです」
「本当に?」
「本当ですわ」
私が蓮見の目をしっかり見て答えると、蓮見はほっとしたように息を吐いた。
「そう……姫樺が君になにかしたんじゃないかと思ったけど、俺の勘違いだったみたいだね。よかった……」
心から安心したように蓮見は呟いた。
橘さんは蓮見に大切にされているんだな、と感じて、私は少し胸が痛む。
ああ、なんて狭量なのだろう、私は。
「帰るんだろ?気を付けて。無理はしないように」
「ええ。ありがとうございます」
私は弱々しく笑う。
すると蓮見は困ったような顔をする。
「君がしおらしいと、調子が狂うな……」
「……どういう意味でしょうか?」
「別に?深い意味はない」
「……そうですか」
ああもう、蓮見は本当に意地が悪い。
でも、それも蓮見らしい。
私はさっきまで膨れていたけど、気づけばふふっと笑っていた。
蓮見はそんな私を見て柔らかい表情を浮かべた。
「やっぱり君は、そうして笑っていた方がいい」
蓮見はそう言うと、私の額に口づけをする。
そして耳元で「お大事に」と囁いて去って行った。
やばい。なに今の。
反則だ。レッドカード退場だ。
あ、もう退場してたか……。
私の心臓が、頭の重みを忘れるくらい激しく動く。
「姉さん、車来たよ。姉さん?」
「あ……わかったわ」
「顔赤いけど……熱あるんじゃない?」
「大丈夫だから。ちょっと暑いだけなの」
「は?今寒いくらいだけど……やっぱり熱が」
「本当に大丈夫よ。それより肩貸してくれる?まだ一人で動くのはつらいの」
「あ、うん、わかった」
私は弟の肩を借りて歩き出す。
歩くたびにズキリと頭が痛む。
でもそれよりも。
蓮見に口づけられた額が、熱い。




